3ヒスラの街とメリバル邸
三
ヒスラの駅は中規模駅だ。
駅が作られる要因はいくつかある。街の大きさや利便性、地形、予算、地元の権力者の口添えで変わることもある。旧人類の終末期にあったのと大して変わらない列車は帝王の一存が大きい。それが帝王の考えか、帝王を選ぶ神官の考えかはわからないが、高度に考えられた計画を感じる。
ヒスラの駅はジョセフコット研究所建設のために帝王が作らせた駅だ。
駅には改札はなくて、代わりに荷物の確認場所がある。基本的には乗車時に危険物の持ち込みがないかを確認されるので降りるときには確認がない。切符売り場もあるが、まだ簡単なオーパーツが使われているだけなので、乗車オーバーになることがあるらしい。そういった面は、旧人類にはまだまだ追いついていない。完全予約制になる寝台列車に関しては、一週間以上前でないと切符が買えないなどの面倒もあるが、馬車よりも安全で早いので、今後はさらに普及するだろう。
駅の構造や人の流れを観察していると名前を呼ばれる。
「エルトナ。こっち」
名を呼んだハリサは私と違い目的の相手だけを見ていた。
保護者である養父の部下であるハリサ・ハザキが同じく彼の部下であるネイルに手を挙げて場所を知らせている。養父の影響で二人とも修道女と神父として女神教会で働いている。
「荷物はこれだけか?」
ネイルが軽々と荷物を持ち上げると問う。元より持ち物は少ないのだが力持ちが来て助かる。
「はい。今回は女神教会には寝食の提供を頂きますが、仕事は別で行いますから、必要なものは先方が準備してくれています」
そうかと頷き歩いて行く。
ロータリーらしき場所があって、乗合馬車が行先を掲げて並んでいる。女神教会行きへ向かいながら辺りを見回す。
「あっ」
自動車が二台止まっているのが見えた。まだそれほど多くは走っていない。何より悪路が多いため、ジープのような車種しか目にしてこなかったが、黒い装甲に洗練されたフォルムの旧人類でも高級車と呼ばれていたようなタイプの車だ。今の時代だと何倍も高級なものだ。
丁度そこへ向かう人が見えた。黒に近いこげ茶の長い髪が揺れる。
「どこかのお姫様?」
ハリサが目を細めて呟く。
一昨日トイレの前で汚物処理について語った少女だ。身なりはそこまで高級品ではなかったし、一人でふらふらとしていたが、あの車に案内されると言うことはかなりの財閥か権力者の関係者だろう。
「妾か売られてきたんじゃないか?」
ネイルがそんな推察を交える。恰好を考えると、確かにそれでもおかしくはないだろう。
人身売買は禁じられているが、抜け道がない訳ではない。誘拐や戦争で奴隷を作ることは死罪もある重罪だが、本人の希望で身売りをすることはできるのだ。無論、年端のいかない子供に意思の確認ができるかは別だが。時間単位正確に年単位で自由を売り先払いで金を得る事ができる。丁稚奉公や娼館へ売られる子供とはまた違った制度だ。
あの暢気さから、意思に反しての身売りではないだろう。ジョセフコット研究校に行くと言っていたから、地方から出てきた学生がいいパトロンを得たのだろう。
「はら、乗るぞ」
乗合馬車に乗せられ、席に着く。両サイドをハリサとネイルに固められると、ぱっと見は二人の子供のようだ。実際口にしたらハリサが切れそうなので口にしないでおく。
人数が集まると馬車が動き出した。
列車が通っていなかったら、帝都までひと月では済まなかっただろう。それを考えると文明の力の有難味を再確認する。途中まで大きな揺れがなかったが、分かれ道からガタゴトと大きく揺れ出した。もう一方の道は整地されていたが街行きの道は昔ながらの石畳だ。時折板張りの椅子からお尻が浮く。
「ツール様はお元気か?」
ネイルの問いに頷く。
「私について行くと聞かなかったので、ハリサが縛り上げていました」
文字通りに縛り上げていた。ネイルがあきれ顔でハリサを見る。
ネイルは筋骨隆々とした体躯が神父服を着ていても隠せないような大柄の男だ。今は普通の恰好をしているのでさらにムキムキ加減がよくわかる。そのネイルではなく一見華奢に見えるハリサが大の男を縛り上げた状況を思い出し、養父の有様にため息が出る。
「ツール様に乱暴な扱いはしないように」
「仕方がないでしょう。ツール様の安全を第一に考えた結果よ」
上司というよりは主に近い。二人とも私の養父を第一に考えている。なので、命令とあれば養子の自分が派遣される街へも付いてきてくれている。二人が拒否すれば本気でヒスラの教会に移ってきかねないので二人は仕方なしだ。
「お二人にはお手数をおかけします。滞在先は職場から提供してもらってもよかったのですが……」
別に私は女神教会の信徒ではない。養父のツールが女神教会で司教職に就いているから教会内で生活をして雑用を手伝っていただけだ。今回は帝国命なので、宿舎くらいは準備してくれただろう。
「もとより清めは我々の仕事だ。ツール様が必要とお考えになられたのであれば粛々と従うまでだ」
「私は正直ツール様から離れるのは嫌だったけど。頼まれてしまったからにはちゃんとするわ」
小さな町に馬車が入る。建物は木造であまり設計がきっちりされていない。増築で三階から四階建てになっている。火事になったらかなりの人が死にそうな危険建築を屋根のない馬車から見上げた。雨が降れば布をかけられるようだが、今日は晴れているので青空がよく見える。
「ここはヒスラの門前町といったところだ。最近は土地代が上がってこっちへ移り住む住人も増えている。ジョセフコット研究所ができたこともあるし、それ以前から貴族の留学先として有名なリンレット学院も街の中にあるからな」
秋の終わりからヒスラの女神教会に席を移していたネイルが教えてくれる。
「さっきの分かれ道は研究所への物資運搬用ですか?」
「ああ……途中ヒスラを取り仕切るアーサー家の横を通って続いている。アーサー家は帝王に任命されてこの街を収めている。研究所とも少なからず関係があるが、街以外のこの地域はルールー一族が納めている。そちらは研究所建設時に色々手伝いをしていたらしいが、最初はかなり揉めたらしい。アーサー家とルールー一族はあまり仲が良くないそうだ。面倒事には巻き込まれないように注意しろ」
馬車の中では女神教会の事はあえて口にしていない。装束を着ていなければ、関係者には見えないのだ、あえて周囲に身の上をばらす必要はない。
「……検問だ」
下町を抜けると塀の間に門が見えた。治安管理の一環なのだろう。身元証明を確認するため馬車から全員下りて検問所で確認を受ける。入管管理局と言えば恰好がいいが、チップの入ったパスポートがあるわけでもなく、出身地が発行する身分証を出すだけだ。身分証を出すと目を眇めて二度見された。
「十六?」
「はい。小さいころに飢饉に遭ってしまい発育が悪いのです」
意味合い的には事実なのでそう答える。見た目に合った年齢に改ざんしてもいいのだが、ただでさえ歳が若いせいで不利益を被っているのだ。実年齢より下にしても損しかない。
「そうか」
同情のこもった目で見られ許可証を渡された。先に入っていたネイルの許へ行き、後から確認を受けたハリサを待つ。きっちりとした身分証なので問題はない。先に乗っていた馬車に戻り、女神教会前の広場で下りた。下車時に支払いを済ませる。
「大きいですね」
検問のあった正門からまっすぐの大通りの突き当りにヒスラの女神教会があった。石造りの教会はかなり立派だ。この街が女神教会を中心に発展した事が一目でわかる。
「でかいほど中心は腐りやすい。危険だと思えば匿い先は別にも用意している」
小さな声でネイルが耳打ちした。
「ありがとうございます」
ツール司教の秘蔵っ子である自分は、養父にとって価値がある間は守ってくれるものがいる。
ヒスラの街の中を見ることなく、メリバル邸に到着した。教会のてっぺんだけ見れたが、詳細は不明で残念だ。列車内をひとりうろついた結果、カシスの目が光るようになってしまい街を一人歩きできるのは少し先になるだろう。
車で移動後、客室に一度案内され湯あみをさせられた。帝国専用列車では湯あみもできたが一般客室に移ってからは風呂に入れていなかったのでありがたいが、入浴の世話を頻りにしようとされてとても困った。流石に服を脱げば男だと隠しようがないし、その状態で女性に囲まれれば確実に意識を失うか醜態をさらすことになる。
リリーが丁重に断り、一人で湯あみを済ませた。人払いをしてもらい、リリーが髪を乾かすのを手伝ってくれたが中々の不器用さんが発覚し、ナゲルが手伝いをすることになった。その間に警護三人も着替えと体を拭く程度はできた。
旅装から綺麗な格好に着替え、化粧を整えてから家主の許へ案内される。
「メリバル様。ユマ様、ナゲル様をおつれしました」
客室がある三階と同じ階にある応接室で、ジェゼロ城の何倍もある豪華な屋敷にふさわしい婦人が出迎える。
白髪交じりの金髪を丁寧にまとめ、落ち着いた化粧に飾り気が少ないが上等であると一目でわかる皺ひとつない衣装を身にまとっている。灰色の瞳は穏やかに微笑んでいた。
「あなた達は退室していなさい」
案内をしたものと身の回りをする侍女に対して、夫人が指示をする。来たばかりの留学生とその警護以外を排する言葉だが、すぐに従い人払いがされる。ドアが閉まるのを見届けてから、やうやうしく跪き頭を垂れた。
「メリバル・アーサーと申します。こうして相まみえる機会が巡ったことを神に感謝いたします。リンドウ様よりユウマ様については事情を伺っております。故に、今この場でのご挨拶以降、わたくしの無礼をお許しください」
「お立ちください」
小さく息をついて、立ち上がるのを待つ。
「ジェゼロ王の長子、ユウマ・ジェゼロです。この度は急な依頼に応じていただき感謝いたします。こちらの事情につき合わせる以上、互いの身の安全の為にもただのユマ・ハウスとして接していただいて構いません。むしろ余計な気苦労をおかけして心苦しい限りです」
ジェゼロ王の子として挨拶を交わす。
「こちらはナゲル・ハザキ。私と同じく研究校の留学生です。後の三人、カシス警護長にリリーとミトーが国から連れて来た警護となります。彼らに対しても、今後はジェゼロの者として接する必要はありません。警護の者は指示に従えない事もある事だけはご配慮ください。彼らは僕の命を守る事以上に優先すべき命はございませんので」
リンドウから再教育の依頼は来ているだろうが、警護を疎かにしてまでは聞き入れられないと先に告げておく。今後は留学の面倒を見てくれる夫人と下宿させてもらう側で立場が変わるが、それだけは譲れない。
「承知いたしました。帝国軍から、ユマ様の特別警備として人を貸し出されております。後ほど連携など話し合いの場を準備させていただきます。今の間に今後の予定など打ち合わせをさせていただいてもよろしいでしょうか?」
席を勧められ頷く。
淑女教育や警護の教育、学校が始まってからの送り迎えの体制や日中警備についてもカシスを交え概略を決める。
一応はジェーム帝国帝王が大事にするジェゼロ王の子だ。かなり丁寧に対応をされている。
「ナゲルとユマ様の部屋は内密に移動できる状況が好ましいのですが」
滞在する部屋についての話が出て、カシスが希望を述べる。
「外聞がよろしくないのではありませんか?」
女性として過ごすのに、同郷とはいえ部屋を行き来できるのはよくないらしい。
「必要時に移動できないのは問題があります。それと、極力ユマ様の世話に女性を付けないようにしていただきたい」
「その……間違いなどがないように年嵩のいった者を付けることは可能ですが、今のユウマ様のお姿で男性が世話をすることは……」
メリバル夫人が困ったように眉尻を下げる。カシスの言い分だとまるで若いメイドを僕が襲いかねないようにも聞こえるし、男を付ければとんだ男好きに間違われそうだ。
「留学生に世話なんているんですか?」
ナゲルが問う。
「わたくしの屋敷には、他に三名の留学生がいますが、全員お世話をさせていただいています。ご自身で連れて来た侍女などに身の回りを任せる方もおりますが、誰も入れないと言う事はありません。お国では違うのですか?」
基本風呂は一人で済ませるし、着替えだって手伝いが必要な服は正装くらいだ。部屋の掃除に至っては、子供部屋の個室は各自。食事の準備や洗濯は流石にしないが、戻ってきた服は自分で片付けるし、厨房を借りてたまに料理をしたりしていた。
ジェゼロの者が全員困っている。
留学生として行くのだから、そこまで世話を焼かれるとは正直思っていなかったのだ。
「さっき見たんですが、敷地内に屋敷とは別に家がありましたが。ああいった棟をお借りできませんか?」
ミトー・キスラが口を開く。癖のある茶毛に茶色の目をした地味な青年だ。
「離れの事かしら……」
「ユマ様の着替えなどは手伝いを入れられませんし、他から隔離させた場所の方が我々としても都合がいいかと」
「……その、お恥ずかしい話ですが、夫が愛人の為に建てた場所で、今は季節事の使用人の為に使用しています。とても、ユウマ様に使っていただくには品位にかける場です」
準備してくれているのは最も格の高い客室らしい。先に通された部屋はあくまでの挨拶の前に身を整える場所だったようだ。
カシスからの視線を感じて少し考えてから口を開く。
「ひとまず、メリバル夫人のご指示に従ってみようかと思います。不便や不都合が出た際には報告させていただいてもよろしいでしょうか。私の国とこちらでは随分と文化が違うようですから。必要だと考えた場合、離れなども検討の対象とさせていただければ有難いです」
流石に最初から受け入れ準備をしてくれた部屋を無下にはできない。先に連絡がいっていたとして、ほんの数日で準備をさせられたのだ。僕らの出立準備の比ではない苦労があったろう。何せ他所の国の王子を迎えるのだ。
「かしこまりました。人目のある場では聞き入れにくいこともございますので、ご注意ください。それと、お荷物がとても少ないと伺っています。こちらである程度の準備はさせていただきますが……お嫌でなければ衣服はわたくしの方で用意させていただいてもよろしいでしょうか」
「こちらの流行もあるでしょうから、到着してから買いに行こうかと考えていました。少し特殊なので、ご用意いただいても直しが必要になるかと」
こう見えて体系は普通に男だ。仕込みと工夫で女性らしく見せているだけなので、市販の女性ものの服では違和感が出る。
「わたくし、息子ばかりでしたので、娘を好きに着飾るのがずっっと夢でしたの。その、これは歳よりの我が儘として聞いていただければありがたいのですけれど。もちろん。似合うように細工などさせていただきますし、ご趣味などは確認をさせていただきますわ」
カシスにいいのだろうかと目配せをすると小さく頷き返される。
「わかりました。服の基礎型は注文の為に持ってきているので、それを使って頂ければ」
それまでかしこまっていた夫人の表情がぱっと明るくなった。すぐに咳払いをしてすました微笑みに戻る。
「資金などのご心配は不要です。リンドウ様よりご配慮いただいておりますから」
その後一通りの確認が済んで、メリバル夫人が一度目を伏してから顔を上げると敬いを見せていた視線が意を決したように変わる。
「今後は、リンドウ様からの依頼で預かったユマ・ハウスというただの少女として対応します。本来のお立場を考えれば、断罪すべき態度を取ることもあるかと思いますが、お生まれを他者に知らせぬための策とご容赦ください」
ジェゼロを出る時に、国内と国外ではジェゼロに対する見方が違うと説明を受けてきた。一国の王の子に対しての畏怖や尊重はあるだろう。だが、思った以上にメリバル夫人は恐れているようだった。それがジェゼロと言う国に対してか、それに執着する帝王の影なのかは計り切れない。
「わかりました。問題としないことを誓います。ですので、どこに出しても恥ずかしくない淑女になれるよう、ご指導のほどをお願いいたします」
ユマ・ジェゼロとしての話を終えた後。侍女を入れて茶の席が準備される。
他の留学生がリンドウの腹違いの弟の子供つまりは甥っ子とその付き人と、メリバル夫人の義理の孫だと言う。三人とも新入学制ではないらしい。
他にも淑女教育として、作法や舞踊、社交ダンス、それに音楽などの教養の授業が提案される。初めは素養を見るために一通り行って、必要に応じて強化していこうと言う方針に落ち着いた。ついでにナゲルは随伴してもおかしくないように特訓し、リリーは侍女の作法と仕事を学んでもらうことになった。
リンレット学院などの上流階級向けの学校が街にある以上、リリーが侍女らしく振舞える必要は必須らしい。
それにミトーは街と周辺の情報確認などを優先させることに決まった。目立たない外見で、色々目敏いので向いているそうだ。有事に街の状況がわからないと命に係わるので、警護としての質を上げたりするよりも重要課題なのだ。
カシスは色々な調整とか、確認や警護で正直一番大変になる。まことに申し訳ない。
エルトナ視点からのはじまりです。
ジェゼロの王族を数日で受け入れ準備させられたメリバル夫人は大変でした。
本当に大変でした……。




