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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
研究生 一年目

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25/165

25 嵐の前に

   二十五  



 仕事としていくつかの素描を描き、その中で一番構図がよかった場所で色付けをしていこうと画架を設置する。やはり一部を切り取るよりも、全体像がより美しい。持ってきた紙はそれほど大きくはないので、もっと大きな絵の方が楽しいだろう。細部までは流石に暗記は難しいので、ここからの写真はできれば撮って帰りたい。


 さっと下書きをして、色を乗せる。今日は緑を多めに持ってきたが、青が足りないかもしれない。


「その癖は止めなさいっ」

 ぴりっとした声が横から聞こえて、顔を向けると、ここを管理しているミイサ・ホームが伸ばした手をカシスに捕まれていた。


「何のおつもりですかな」

 全く手を緩める気配なくカシスが問う。ミイサは振り払うでも痛がるでもなくただこちらを見ていた。顔は薄布越しなのではっきりとは見えないが視線が向いていることはわかる。


「絵筆を舐める癖は止めなさい」

 何を止めろと言われたのかピンと来ていなかったが、具体的に指摘されて手元の絵筆に視線を落とした。


 筆先を唇で整える悪癖は昔指摘されたことがある。よく唇に紅ではない色がついて不格好になるので、絵を描いた後は口を洗う癖が付いたが、咥える癖は直していない。この方が、細部が描きよいのだ。


「顔料には毒になる成分が使われていることも多いのです。一度で致死量にならずとも、蓄積すれば障害が出るか最悪死に到ります」


 こんな常識も教えていないのかと手を放さないカシスの方へ顔を向け厳しい声で告げる。


「ご忠告ありがとうございます。それについては以前言われた事がありますが、私は大丈夫ですから」


 元より毒には幼少よりならされている。特に家系で毒には強く怪我の治りも異常に速い。それについては説明できないので曖昧に濁した。


「鉱物毒は駄目です。生物や植物毒よりも蓄積しやすいから。癖が治らないならば使う絵具をよく吟味しなさい」


 強い口調だが、薬草園を管理しているものだから心配してくれているのだろう。薬は基本的に毒となる事が多い。強い有効性にはどれだけの危険性があるのかもよく知っているからだろう。


「どうした?」

 近場にいたナゲルがこちらに戻ってくるとミイサはナゲルの方にも視線を向けた。


「あなたは?」

「ナゲル・ハザキです」

 名を聞いて表情が歪んだように見えた。


「医学科の生徒ですか? 友人が毒を食む癖には目を光らせなさい。どれだけ耐性があろうとも、日常的に体に入れるべきではないものです」

 いきなり叱られて、ナゲルがこちらを見た。絵筆を軽く振ると納得したような声を上げた。


「指摘はごもっともです。俺の目の届く範囲ではしつこく注意するように心がけます」

 ナゲルがカシスに頷くと手を放した。その手をさっと引いたが余程の力で掴まれていたのか、少し跡が付いていた。


「見ず知らずの私に親身になっていただいてありがとうございます。集中すると癖が出てしまうかもしれませんが、気を付けるようにいたしますね」

「絵を描く時は口元を布で覆うようにしてください。それで無意識に体を壊すことをしなくなるでしょう」


 すぐさまに具体的な対策方法を与えられてしまった。描き心地を優先して癖を直さない事を見透かされた気分だ。


「今布がないならばお渡しします。付けずに絵を描くことはここを管理する身として許可できません」


 あまりにも強固な姿勢にハンカチを取り出し、納得してもらう。


「あ、絵を描く許可もいただきましたし、その、写真も撮らせていただいて構わないでしょうか。街に戻ってから大きな絵に仕上げたいので詳細を収めたくて」


 怒られた後なので駄目かもしれないが、日が陰ったら見え方が変わるのでできるだけ早く許可が欲しくてダメ元で確認する。


「写真機までお持ちですか?」

「その、現物はお見せできないオーパーツで」


 ソラが作ったケータイはそれこそ超絶の高級オーパーツだ。簡単に人目には晒せない。


「……建物内部、それと絶対に私が入り込まないように注意するのであれば、好きに撮影しても絵を描いても構いません」

 案外あっさりと許可がもらえた。


「ありがとうございます。あ、申し遅れました。わたくしはユマ・ハウスと申します」

 最初の紹介では代表のエルトナしか名乗っていなかった。その他大勢扱いだったが、こうして話しているのだから名乗らないのは失礼だろう。


「ユマ……?」

 困惑した顔でこちらを見た後、カシスへ顔を向けもう一度こちらへ戻った。


「ユマ様、注意すべき顔料について確認をしておきたいと思います。代わりにリリーを付けますので」

 カシスがリリーに合図を送り、やってくると警護を交代した。


「中で伺っても?」

 容赦なく手を掴んできた相手に家の中へと促されるが、ミイサはそれもあっさりと受け入れた。


「何かございましたか?」

 ふたりが消えてからリリーが不思議そうに首を傾げる。

「僕……わたくし、絵を描くときに筆を舐める悪癖があるので、体によくないと教えてくださったのです」

 ハンカチを広げて口が隠れるように後頭部で縛りながら説明する。ついでにミイサが建物に入ってからカメラを構え先にその場の写真をいくつか撮ってしまい鞄にケータイを戻す。

 昼食だと呼びかけられるまでそれほど時間がなかったにもかかわらず、口に巻いたハンカチが色とりどりになっていて苦笑いが漏れた。




 普段、シュレット様は毒殺を警戒して他人から提供された食べ物には慎重だ。だが、ユマさんが手ずから作ったと言うお弁当はとてもいい笑顔で受け取っていた。アルトイールは主の軽率さを諫めたいと思いつつ、同じく素直に受け取っている身として行動には移せなかった。


「ユマさんは、女子としての戦闘力が非常に高いですね」

 エルトナが感心したように言う。


「戦闘力ですか?」

「ええ、見た目や所作はもちろん、言動や料理・刺繍の技術。それら総合的な女性としての能力です。現在は、やはり女性の最も手軽な出世は結婚です。ユマさんならば養われる必要はないでしょうが、望んだ相手を実力で制することができるでしょう」

「エルトナは面白い感性をお持ちですね」


 ふふとユマさんが笑う。


 確かに彼女は女子としてはとても上位種だ。シュレット様の母君がそうであったように、見た目を使えば高位の若い殿方でも婚姻に持ち込める可能性が十分にある。ユマさんの実際の身分は知らされていないので、万が一に平民であっても正妻にも負けない優遇された愛妾になれるだろう。


 現に、セイワ・イーリス様の息子であるシュレット様は、ユマ様が望めば正妻にしてしまいそうだ。


「やはりエルトナや他の殿方もこういう女子の戦闘力高めの方がお好きなのでしょうか?」

 何となく、何かおかしいと思ったがシュレット様が口を開く。

「ユマさんエルトナは………別に特殊な考えでもないかと」

 言いかけて言葉を止めて無理矢理方向転換をする。ユマさんの横を当たり前に陣取っているナゲルが慌てて首を横に振り言葉を止めたのだ。


 それで、ユマさんはエルトナが男だと勘違いしているのではと仮説を立てた。


 ユマさんのように着飾っていないし、成長が乏しく女性らしさはないがエルトナは女の子だ。男と思って仕事を手伝っているならばもしやユマさんはエルトナに好意を抱いているのでは?


 いつもそばに寄りそうナゲルはあえて危険性が少ないエルトナを置いて置きたいのかもしれない。裏表がないと思っていたが、異性でありながら彼女と留学ができたほどだ。実際は相当な策士なのかもしれない。


「でも、本当に美味しいですね」


 普通、令嬢は料理ができない。必要がないし労働階級の仕事をするなど普通は親が許さない。余計にユマさんの生家の判断が難しい。そもそもジェーム帝国の産まれならばこれだけの美人だ噂くらいはありそうなものだ。


「喜んで頂けて良かったです」

 シュレット様の横にいた為にふわりと笑う流れ弾を受ける。


 シュレット様の母君も相当の美人だが、ユマさんは若さもあってそれ以上の美少女だ。身の丈を知っているので、惚れる事はないが、それでも不用意に揺らぎかける自分がいて何度も諫めた。


「そういえば、夏は国に帰っていたようですが、やはり冬も?」

「そうですね。妹が寂しがるので帰ろうかと。一応私の学科は二年制の予定らしいので、できれば来年も通いたいですね」

「妹君が」


 普段家族の情報を出し渋るユマさんの家族情報にシュレット様が食いつく。


「ええ。とても可愛らしいのですよ」

「その、男兄弟や姉はいないので?」

 家督を継ぐものがいなければ、長女が婿を取ることになるのが一般的だからこその質問だ。


「いえ、わたくし妹しかおりませんよ。私、姉っぽくないですか?」

 少し拗ねたような口調。これは確かに女子としての戦闘力が高い。


「ああ、ナゲルさんがユマさんの兄のようなのでお兄さんがいてるように思っていました」

 エルトナが言うとナゲルが納得したような声を出す。

「あー、確かに、ユマの面倒見てきたから、俺は一人っ子って見られないからな」

「小さいころからよく一緒にいますからね」


「その……それは許嫁などではなくてですか?」

 シュレット様に代わって問いかける。以前からナゲルは聞かれるたびに違うと言っていたが、異性なのにあまりにも仲が良すぎないだろうか。やはりナゲルはげんなり顔だ。


「ふふ、ナゲルとは友人ですよ。確かに兄弟の方が意味合い的にはあっているかもしれませんが。皆さんは、ご兄弟は?」

「自分は腹違いの兄弟が多すぎて、把握しているだけでも十人くらいですね」

 シュレット様があっさりと言う。


「……ああ、恋多き方とは噂で」

「まあ、養育費はしっかり払える地位ですから。母の実家もそれなりに裕福ですから」


 そのシュレット様の母君の侍女が私の母でもあった。

 ユマさんから視線を向けられて曖昧に笑って置く。


「まあ、兄弟の多さで言うなら、数十頭の狼犬と兄弟の様に育ってきた俺の右に出るものはいないだろうけどな」


 ナゲルが大げさにそんなことを言い出す。普段は私と同じでユマさんを立てる位置にいて自分の話をし出すことは多くない。目が合って一瞬気遣うよな視線に見えた。やはり彼はとても良い人だ。彼を傍に置くユマさんは見る目があるのだろう。


「狼犬ですか?」

 エルトナが興味を持ったらしい。聞くと本当に森にある実家では多くの狼犬を管理していたらしい。より一層彼らの謎が増えた。





 ユマ様が楽しそうな休暇を過ごしている。


 ミトーは帰りも一人馬に乗る予定だが、少なくとも久しぶりにユマ様か楽しそうにしているので仕方ないと割り切ることができる。


 ジェゼロ国民にとって、王様は大事な人身御供。他の国では王様は権力闘争やら革命やらで大変で首を切って替えが効く。だがジェゼロではその血筋がとても細く途絶えたら神の不興を買って湖が枯れてジェゼロ国は滅びる可能性が高いので、それはそれはとても大切な存在だ。ユマ様は男なので直接継ぐことはないが、オオガミ様のように将来は国政への助力が期待されている。


 敬うべきと教えられた方が、元気がないと心配になるのだ。後普通に憂いていると微笑みの時とは違う種類が釣れるからこれ以上ユマ様に密かに好意を寄せる哀れな男を増やしたくない。男とわかっていても、たまにどきっとしてしまうくらいだ。


「いいなぁ。お前はユマ様と同じ屋根の下で」

 メリバル邸の警護の一人が腹をさすりながら声をかける。この台詞は最早挨拶のようなものだ。


「腹でも壊しましたか?」

「……少し悪くなってたらしい。今日は暑い方だからな。他のも少し体調が悪くなってるからな」


 夏の終わりとはいえ晴れて暖かい日だ。メリバル邸から持ってきた昼食なのでそれほど心配はしていないが、少し不安を感じる。


「お前たちは平気か?」

「ああ、自分たちの昼食は離れで準備しましたから」


 ユマ様の手作り弁当だとは言わないでおく。やっかまれたくない。


「カシス隊長に報告しておきますか?」

「いや、そこまで酷いやつはいないから大丈夫だ」


 ひらひらと手を振って、巡回に戻っていく。それを見送りながら辺りを見回した。

 風が吹き抜ける中、何故か胸騒ぎがした。




アルトイールは何かを察しましたが、そっとして置くことにしました。

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