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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
研究生 一年目

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24 薬草園へいこう


   二十四  



 薬草園への遠足、もとい視察は日が昇り始めた早朝に出発だ。日が昇る前には仕度をはじめたので、集合場所のメリバル邸の屋敷の正面に向かう道中も目が眠かった。ナゲルも同様だ。


 到着するとエルトナがこちらへ向かっているのが見えた。付き添いらしい女性を見て、ぱっと目が覚める。大きな特徴のない女性だが、普通に歩いているだけなのに隙が全く見えない。冷やりとしたものを感じた。理由はわからないが、怖いと思ったのだ。


「お待たせしました」

「あ、いえ……時間丁度ですよ」

 いつものエルトナの態度ではっとする。


「エルトナ、迎えに来るまで勝手に帰らないようにね」

「はい」

「それでは、私はこれで」


 こちらには特に挨拶をせず、付き添いの女性はすっと戻っていく。ニコルの怖い笑顔を見たような不気味さが漂っていた。野生の勘が僕より強いナゲルがその背中を凝視しているので、多分感じた違和感は正しいのだろう。


「あの、さっきの方は?」

「ああ、養父の部下で女神教会で働いています。ヒスラにひとりでやるのは心配だからとつけてくださった方です。いつもお世話になってます」


 何のことはないように言われて、あの横で平然としているエルトナに驚く。それに養父は帝都の教会の司祭だと言っていたが、やはり大きな宗教には深い闇が存在しているのだろう。


 そんな話をしていると、メリバル夫人が屋敷から出てきた。すぐにエルトナがそちらへ挨拶に向かった。


「お初にお目にかかります。ジョセフコット研究所で事務をしているエルトナと申します」

「メリバル・アーサーです。ツール司教の養子だそうですね」

「養父をご存じなのですか?」


 驚いたような少し警戒するような声色でエルトナが問う。


「ええ、これでも帝王陛下とは親しくさせていただいていましたから」

「左様でございましたか」

 養父も帝王と知り合いのような事を言っていたので、司教の中でもかなり上位なのだろう。


「ユマさん。お早いですね」

 シュレットとアルトイールがいつものきらっとした格好ではなく、狩りに行くような動きやすさを重視した格好でやってくる。


「遠足のようで、早くに目が覚めてしまったのです」

 向こうで食べる昼食は本館の厨房で作ってくれる予定だったが、カシスからの進言でこちらはこちらで用意をした。朝早くからお弁当をナゲルとミトーと作っている。リリーは箱詰め係りだ。お茶を入れることは侍女としての訓練でできるようになったが、料理はジェゼロ飯らし過ぎてとても外には出せない。今日はひとりお留守番のアリエッタにもお弁当を作っている。安全配慮のため本館で預かってもらうが、お揃いのお弁当にとても喜んでいた。


「おばあ様っ、お願いです。後生です。わたくしも行くことをお許しくださいっ」

 正面玄関の広くなった場所でそれぞれの荷物が車に乗せられていく中、悲壮な声が響く。


 本当に久しぶりにちゃんと見たメリバル夫人の孫のペニンナ・デリーだ。今日は騎乗用のズボン姿だ。


「ペニンナ」

 名を呼ぶだけでメリバル夫人の声には冷やりとするような響きが籠っていた。一階から出てきたので本当に使用人用の場所に閉じ込められていたのだろう。それほどまでに、リンドウ様から預かった客として遇している僕たちに毒になるものを摂らせたことが問題視していたことがわかる。


「後学のためです。車だって、警護たちと同じで構いません、客人たちとは離れておきます」


 必死な姿にメリバル夫人は心打たれることはなかったらしい。


「わたくしが、あなたがけしかけていた事を何も知らないとお思いですか? 館内では真面目に反省している振りをしていても、学内ではわたくしの孫として随分なふるまいをしているようですね」


 女性に対して甘そうなシュレットも、食事の席で寝落ちという失態をさせられているので擁護することはなかった。僕も特に助ける義理がないので傍観だし、エルトナも学内の事は把握しているので何も行動しなかった。


「ユマ様、折角の機会ですから楽しんでらしてください」


 打って変わってにこやかにメリバル夫人に促されて外へ出る。執事がペニンナを外に出さないようにしているのがちらりと見えた。膝をついて頽れている。


「夜になる前にこちらにつけるようにお気を付けください」

 何事もなかったようにメリバル夫人が警護にも聞こえるように注意する。

「はい。車も貸していただいて助かりました。移動時間が半減しますから」


 車用に整備された道ではないのでそこまで速度は出せないが、動物である馬を使う場合は長距離の移動では休憩を挟まなければならない。いざという時の為に警護の大半は車ではなく馬に乗っているが、馬車を引くのと人一人を乗せるのでは速度も馬の疲労具合も違う。


 メリバル夫人と挨拶をして、車に乗り込む。列車からの送迎に使われているものとはまた別の車種で高さがある。中も少し狭くなっている。


 向かい合う形で長椅子が並んでいて、一番奥にリリーがまず入り中を確認する。女性警護は車内のような密室では必須らしい。カシスは助手席に乗る。ミトーは騎乗で着いてくる。


「仕事での視察だと言うのに、無理を言って申し訳ありません」

 出発するとシュレットがエルトナに声をかけた。


「結果的にシュレットさんの警護もお借りしましたので問題ありません」


 ある意味合同警護訓練の様相を呈している。

 メリバル邸の警備体制は現在複雑だ。元々のメリバル邸の警備、主に門や塀からの侵入者を警戒し、館内で不測の事態に対処する。それに加えて去年からはイーリス家であるシュレットが来ていたためシュレットの警護。彼らの仕事は当たり前だがシュレットの警護なので特別に僕らが関わることはなかった。それに加えてジェゼロからの三人と帝国が付けてくれている警護だ。帝国とメリバル邸の警護は連携している。


 カシスが主立ってその二つとは情報共有を行っている。

 基本ジェゼロ以外の警護と僕は接触がなく、遠巻きにいる人たち程度の認識だ。それでも、同じ屋敷に四つの組織があるのだ、それなりに譲り合い協力しなければ悪手となる。カシスから聞くに、メリバル邸の警備とシュレットの警護はあまり仲が良くないらしい。


 シュレット自身は身分を笠に着て振舞うことはないようだが、彼の警護はそうではないようだ。確かに、僕に対して厭らしい視線を送ってくるものがいた。


「薬草園には珍しいものが多いと伺いましたが、ユマさんも薬学に興味が?」

 しばらくシュレットはエルトナと話していたがこちらにも話を振る。


「今日は状況資料用に簡単な絵を描く予定です」

「そうなのですか。それは豪華な資料ですね」

「いえ、美術科の中ではまだまだ勉強が必要な身です」


 職として画家や芸術家を名乗っている方もいる。流石と言いたくなるような技術や観点、構図が素晴らしいので、僕はまだまだだと思ってしまう。


「シュレットさんたちも、休日にわざわざ薬草を見に行きたいとは、勉強熱心なんですね」

「やはり外科手術を行う際には、手術の技術だけでなく使う薬剤も重要ですから」


 シュレットは産婦人科系を重点的に先行しているらしい。ナゲルも帝王切開などの手術は技術習得したいといくつかの講義や実習が被ったらしい。手先の器用さはアルトイールが上でシュレットは案外不器用らしい。適材適所で下手な外科医になるよりも優秀な内科になった方が世のためだろう。


「そうですね。手術医は華やかで目立ってしまいますが、実際に手術が必要な事態より未然に薬や処置で対処できることの方が多いですから、必要性が高いと思います。患者の状態を把握できて、体に害を少なく薬を選べる事はとても重要ですものね」

「はい、私もそう思います。緊急の対処の為にも手術ができるに越したことはありませんが、それ以外も重要だと」


 旧人類の医術は現代の比ではない。高度な機器に高度な技術、研究され蓄積された情報をもとに考えられた手法。今よりも細かく診療科が分類されていた。その英知は現在も一部受け継がれているが、そもそもオーパーツがなければ不可能な事が多い。切り捨てられた技術は多くあり、少しずつ復刻されている。


「あの、よろしいですか?」

 普段あまり会話には入らないアルトイールが、会話が少し途切れた時を見計らって声をかけてくる。


「ナゲルは放射線断層画像装置に詳しいのですが、ユマさんもご存じなのですか?」


 ジェゼロのオーパーツ大学には二台の放射線断層画像装置がある。放射線撮影は放射線鉱物を使う事で電気を使用せず写真を撮る技術として残っていた。材料費などがかなり高価なのと管理届を怠ると厳罰が厳しいのでジェゼロには三施設しかなかった。従来の写真はオーパーツと言うよりも化学技術だが、断層画像は電気的に放射線を発生させて機械的な所が大きい。画像の再構成処理はまさにオーパーツ技術と言える。


 因みに磁気共鳴断層装置と言うものもあるらしいが、それらは帝国が対応していてソラは関係していない。本を読んだことがあるが、旧人類の知能の高さに慄くようなものだった。


「ナゲルの後ろで見学したことがある程度です。装置は多少触れますけれど、画像の読影は違和感を覚える程度ですよ」


 ハザキが解剖前に全身撮影をさせていたので、死体の断層写真は見慣れている。生きている人間の画像を見たことがあるが、専門的に学んだわけではないので正常かくらいしかわからない。


「ユマさんは本当に博識ですね。医術科でも十分に学べたのでは?」

 シュレットの言葉に曖昧に笑う。

「わたくしには、高い使命感がありませんから。応急処置ができればそれ以上は」


 ナゲルは生きた人間を手術できる異常な精神の持ち主だ。残念ながらそんな特殊な能力は持っていない。自分の手の上に人の命を乗せるような行為は無理だ。



 昼にはまだ数時間はある時間に着いた。


 まるで魔女の住み家のようだと言うのが第一印象だ。少し歪んだ小さな家が二つ。その家を囲むように緩やかな段々畑のように草木が植えられている。小さい小川には水車が回り、その奥には温室のような建物も見えた。


 きっちり計算されているようで、何か歪んだような不思議な空間だ。ただ、どの植物も愛情をもって育てている事だけは感じられる。


「好奇心をくすぐる外観ですね」

 車から降りるとエルトナが感想を述べる。


 確かにそうだ。なんというか、わくわくする見た目をしている。完璧な計画で造られたものではなく、行き当たりばったりに拡張されただろう見た目。そこに感じる紆余曲折と人間味のある歪みが興味深い。


「これは、どこから描くか悩みますね」

 今日は描けるかどうかわからないがしっかりと画材を持ってきている。天気も良くて風も少ない。


「先に挨拶だからな」

 ナゲルに制されてエルトナの後ろをついて行く。家とは少し離れた場所に車を止めて歩いて向かう。


 いびつな放射状に広がる道は蜘蛛の巣のように間に道を挟んでいる。一年草と多年草、低木や実のなる木も所々に置かれている。なんというか、見ている分にはなんとも楽しい見た目をしている。意味があるのかないのか、想像する余地の残った景色だ。


 先に帝国の警護がこの薬草畑の管理者を呼びに扉をノックしている。出てきたのは顔を薄布で覆った修道女姿の女性だ。帝国の者と二・三事言葉を交わしている。


 何となく不穏な気配を感じて斜め後ろに視線をやると、後ろについているカシスが酷く冷ややかな目をして前を見ていた。


「ジョセフコット研究所から来ましたエルトナと申します。今回は視察と研究成果の報告確認に参りました」


 エルトナが初めに代表として挨拶をする。研究所内の様に所長代理を上手く盾に使うのかと思ったが、今日は連れてきていない。修道女姿の女は子供と嘲る雰囲気もなく丁重に返す。


「帝王陛下よりこちらの薬草園の管理を任されております、ミイサ・ホームです。わざわざのお越し、お手数をおかけします。先に施設の案内をして、昼食後に報告といたしましょうか」


 申し出に従い、薬草園について説明を受ける。水車は乾燥した薬草の粉末化などに使っていると説明があったが、中を覗き込むとオーパーツが見えた。隠しているが発電装置として活用しているようだった。

 よくよく観察すれば、所々にオーパーツが使われている。温室は二種類あった。温暖な気候再現は案外とできるものだが、夏に涼しく管理することは難しい。それらもオーパーツを使っているようだった。シュレットとアルトイールもいるので口には出さないで説明に耳を傾けるだけに留めた。


 説明は手早く終わったため、昼食まで一度休憩だ。今日はソラからもらったケータイも持ってきているが、勝手に撮影するのはあまりいいことではないので後で確認する機会があれば撮らせてもらうつもりだ。エルトナが報告用も兼ねて絵を描くことを伝えていたので用意されていた簡易の椅子に座り、画板に紙を広げた。


「随分怖い顔をしていますが、何か問題が?」

 周りに人がいなくなってから前を向いたままにカシスに問う。


「顔を見せぬことに不審があるだけです。お気になさらず」


 普段感情が読みにくいカシスが明らかに不快気にミイサと名乗った女性に一瞥を向けた。今はエルトナが細かい質問をしに行っている。


「ユマ様、絵筆をとられるのは久々では?」

 これまで特に話題にしてこなかったが、気づかれていない訳はなかったか。


「……少し落ち着いたので。妹の様にずば抜けた才能はないですし、末子の様に使命もありませんから、特技くらいは大事にしなければなりませんから」


 肩を竦める。視線は向けていないが何となく困ったような雰囲気が後ろからする。

「ユマ様は平凡であれば、私などただの老人でしょう」

 カシスなりに労わった言葉に小さく笑いを漏らす。


ミイサ・ホームが出ていたのは逃亡のほうの話です。ばればれの偽名です。

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