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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
研究生 一年目

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22 社畜業


   二十二



 次の日はトーヤとニコル、あと次いででゾディラットに今後どうするのかの話し合いだ。


 予定は伝えていたので、いつものようにニコルとトーヤが教会の前で待っている。珍しくニコルの少し後ろにゾディラットがいる。犬のペロは悠然と教会の脇で寝ているのが見えた。


「ユマ様!」

 ニコルが駆け寄ろうとするのを後ろのゾディラットが服を掴んで止めた。

「あ……」


 首を傾げて見ていると、一度深呼吸をしてゆっくりと歩いてくる。


「ユマ様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ、お茶をご用意しております」


 すらすらと言葉が出てきて目を見張る。後ろでゾディラットが無言で頷いた。真面目に教育をしていたらしい。


 案内されるままに席に着く。以前もお茶を入れてくれていたが、今日は滑らかな所作で準備をしている。ほうほうと感心していると前に出されたお茶からはふわりと華やかな花の香がした。


「ユマ様の為にお茶として使える花を摘んでまいりました」

 カップから視線を上げると、口元は微笑みだが、目が褒めてと輝いている。尻尾があったらちぎれそうなほど振っていそうだ。


「この短い間に随分と努力したんですね。私はとてもうれしいですよ」


 すっと頭を撫でるようの位置に準備され、ゾディラットが頭を抱えた。もふもふと撫でて置くと、こういう所は変わっていなくてなんだか落ち着く。


「ゾディラット。ちゃんとニコルの面倒を見てくれていたんですね。感心しました」

 命令する立場ではなくなっているので、正直頼んだが何もしないのではないかと思っていた。


「金が必要だと思っただけです。それに、俺が教師している時は、あいつの頭をいくらでも叩けるからです」

「あら、そんなに叩かれたの? 大丈夫ですか?」

 どこまでが冗談かわからないので聞いて置く。


「たくさん叩かれました。でもグーじゃなくてパーです。あんなのちっとも痛く……教育的指導でしたから、ご安心ください」


 ゾディラットに無言の圧をかけられて、ニコルが慌てて口調を変える。


 思ったよりは仲良くしているようでよかった。


「ユマ様、ペロリアンシュタイナーは少しですが匂いで見つけられるようになりました。ゾディラットがどこかに隠れても見つけられるようになりました」

「それは凄いですね。ゾディラットが迷子になったらすぐに見つけてあげられますね」

「はい」


 まだまだ粗があるが、努力したのはよくわかる。


「他に変わりはありませんでしたか?」

 少し離れて控えていたトーヤに問いかける。ほんの一瞬だけゾディラットへ一瞥をくれた。


「大きな変化はございません」

「わかりました。今日は少し森の散策に出たいと思います。リリー、ゾディラットの給金を一緒に計算しておいてください」


 足止めを命じて森へ向かう。


「それで、何か気になることが?」

 着いてきていたトーヤへ問いかける。


「村人ではないものと、頻繁にゾディラットが接触しています。教会を出ていく分には構わないとユマ様がおっしゃられているので止めるつもりはございませんが、妹は保護されている状況、強硬手段などに出た場合はこちらで始末する事をお許しください」


 始末が殺すと言う事だと頭に浮かんでひくっと頬が引きつる。

「私がいない間にアリエッタの親族というものが来たそうです。その者たちかもしれませんね」


 もし、ソラかララが同じような状況だったら、どんな扱いなのか、本当に無事なのか、心配で仕方ないだろう。気持ちはわかるが、無力な子供に返してその先の生活を考えると安易な事はできない。それにもう、アリエッタは本人の意志も確認し、ジェゼロへ連れて行くと決まった。


「トーヤの身の危険がない限り、殺さずに捕らえるように心掛けてください」

「かしこまりました」


 何か企んでいるにしろ、少なくともニコルの教育はしてくれている。協力的ならばジェゼロに入れないまでも、何か繋がりを作り続けることは可能だ。


「今日はどちらへ?」

 いつもは絵の道具を持っているが、持っていないからだろう。トーヤが問う。


「鈍ったと叱られたので体術の稽古です」

「ユマ様はそんなことしなくていいです……そのような事をせずとも、僕がお守りします」


 驚いたようにペロと共についてきていたニコルが言うが、トーヤは特に驚いていないようだ。


「本来、我々は背を向けるべきでしょうが、ユマ様の手並みを拝見させていただいてもよろしいでしょうか。今はまだ直接警護はできぬ身ですが、この場に来ていただくことが知られているならばこちらで危険がないとは言い切れません。どの程度の手練れかわかっていれば、守り方も変わりますので」


 確かに、本当の深窓の令嬢と僕では有事の際の対応は変わるだろう。カシスへ視線を向けると渋い顔をしている。万が一、ゾディラットではなくトーヤやニコルが間者と繋がっていたら、僕の実力を知ることで誘拐の方法も変えられることになる。


「……警護隊長が許可できないのであれば従います」

「ああ、今はまだ控えてもらう。淑女が戦う姿など、人には見せられるものではないからな」


 今日は乗馬用の服で、動きやすいものだが、大立ち回りをする淑女はいない。


「わかりました」

 トーヤがニコルに声をかけて教会へ戻る。残念なことに帝国の警護は残ったままだ。


「森での訓練とは、昔を思い出します」

「お手柔らかにお願いします」


 スカートをまくって、隠しナイフを木刀に換える。いつもは人形のように表情を変えない帝国の者が、その姿を見て一瞬だけぎょっとした。



 スカートでの戦闘訓練はハザキから受けていた。母は基本スカートを履かないが、祖母は案外スカートも履いていたらしい。色々隠せるからという女性らしさのない理由だが、その祖母の稽古に付き合わされていたので、ハザキはスカートを有効活用し、且つ邪魔にならないよう捌く方法を知っていたからだ。物凄く真面目な顔で、腰に長い布を巻いて指導された。僕は笑ったりはしなかったが、うっかり吹き出したナゲルは尊い犠牲となった。


 訓練の結果、一応カシスから合格点をもらう。

 ミトーは落第だった。何よりも僕と手合わせをして負けた事が本当に悔しかったらしい。


「ユマ様は人が悪いです。あんなに強いなんてっ」

「僕な……わたくしなんてまだまだですよ」


 つい口調が戻るのを慌てて直した。


「ユマ様とナゲルが誰の指導を受けていると思っている。お前では歯が立つわけがないだろう」


 ハザキもベンジャミン先生もジェゼロ国に係わりのあるものが聞けば誰かわかるような有名どころだ。名前は言わないまでもミトーも理解したらしく肩を落とす。


「しゃーないですね」

「カシスも彼らに劣らぬ手練れですから、今の間にたくさん訓練を付けてもらうといいですよ」

 既に扱かれているのだろう、ミトーはげんなり顔だ。


「ミトーは戦闘に特化しているわけではないのですから、苦手な物より得意な分野で活躍してください。色々な情報をまた集めていただかないとなりませんからね」


 ミトーはこれで妙なところ記憶力がいい。些細な建物の色や人の顔は特に覚えがいい。僕も映像暗記は得意な方だが、綺麗なものとか絵にするために目に焼き付ける事を目的としているので何気ない景色を覚えてはいない。


 村の教会へ戻りながらミトーを慰める。


 昨日は暇を与えられたのに結局街をうろうろしてきたミトーから夏の町の事を色々聞いている間に着いた。トーヤとニコルは離れた場所から見ているのではと思ったが、二人とも教会に戻っていたようでリリーたちといた。





 ユマから早めに戻ったので手伝いがあればと手紙が届いた。


 夏季休暇の間は賃金を倍出す旨を書き、丁重にお願いをした。エルトナはこの上なく実感していた。ユマはとてもいい助手だったと。


 ここで働けるものの条件として、第一に機密保持。入試問題を横流しにした事務員がどこに行ったのか、正直に言って私は知りたくない。第二にオーパーツの扱いができる事。これは指導すれば何とかなるところではある。それに広く浅い知識と事務経験があればなおいい。


 特殊技能とはいえ、探せば絶対に一人や二人は確保できるだろう。現にユマはリンドウ様の推薦であっさり決まった。


 他の事務員に手伝ってもらってもいいと申し出たが、入学試験の漏洩は大きな問題だったらしく、この部屋には所長が入れたがらないと許可してくれなかったそうだ。


 ならば他に誰か持ってこいと散々言っている。それが嫌ならば所長代理が働けと!


 今反吐が出る状態に陥っているのは、何もユマが居なくなったからだけではない。

 夏の間は授業がないため、教員職を兼任していた研究員が資料請求や申請許可を大量に持ってくる。既にキャパを超えて日に日に積みあがる仕事の山が増えていた。それでも尚手伝わない屑上司! 


 頭に過るのはいっそ始末した方が私の心の平穏のためではないかという事だ。実際それを実行すると私の仕事が増えるので実施しないが、鈍器で頭を殴ってやりたい。昨日の仮眠では『昔見たドラマ』と同じように所長代理の頭を灰皿で叩き割って目が覚めた。


 吐き気を催しながら仕事をしていると、耳鳴りの間にノックが聞こえた。

「………」

 顔を上げ、ふらふらと鍵を開けてドアを開けると、まるで女神のようなユマがいた。今ほど彼女が輝いて見えた事はない。


「お久しぶりです。あ、所長代理の人から、ナゲルも手伝いの許可が出ているって手紙が来ました。主に私の手伝いをさせますが、よろしいですか?」

 ユマの後ろにナゲル・ハザキが見えて手早く説明をしてくれる。


 差し出された手紙を見ると所長代理の文字で同様の内容が書かれていた。思わずぐしゃりと握りつぶしてしまう。


「挨拶の時間も惜しいので、どうぞ」

「……えーっと、エルトナ。作業効率を考えて、少し休憩をした方がいいと思います。昼に起こしますから」


 ソファを指さして寝ろと言われる。

 私だって寝たい。だが仕事が終わらないのだ!


「エルトナ、いいですか。一人で仕事がこなせない時は、あなたが悪いんじゃありません。仕事をふった相手が悪いんです。相手の失態を背負う必要はないんですよ」


 すいっと座らされ、気が付くとクッションの上に頭を乗せられた。床に膝をついたユマが優しく囁きかける。頭を撫でられる手がとてつもなく心地いい。


「瞼を閉じて、ゆーっくり息をして。少しだけ、ちょっとだけ休憩しましょうね」

 すーっと意識がなくなる。あまりにもあっさり思考が停まった。




「知ってるぞ。社畜ってやつだ」

 ナゲルがあっさりと眠ったエルトナを見下ろして言う。


「そうだね。先生が言ってたんだ。どれだけ忙しくても、最低睡眠時間は絶対に確保しろって。あの人、睡眠時間が異常に短いけど、そんな人が言ってたから、寝不足はよくないと思うんだ」


 あんなギスギスした雰囲気のエルトナは初めて見た。淡々と仕事をこなしている印象だったが、机にたまった書類を見ると、無理をしているのは一目瞭然だ。普段と違って部屋も散らかっていた。


「でも寝かせてよかったのか? 最低限の指示とかいるだろ」

「ああ、ある程度エルトナの仕事は見てきたから。わかるとこだけでも仕事を減らすよ。ナゲルはとりあえず片付けかな」


 書類は分類分けがきっちりされているので、僕が手を出していた分野で優先度が高いものから仕上げていく。ナゲルには印刷した資料をそれぞれ分けてもらい、後でエルトナが確認すればいい状態にしていく。


 山一つが終わるころにエルトナが起きた。


「ユマさん?」

 幼く見える顔でまだ寝ぼけている。ナゲルが水を差し出すとちまちまと飲んでいく。小動物だろうか。


「……ナゲル……さん?」

「ナゲルの手伝いの許可は寝る前にお渡ししましたよ」

 手の中でぐしゃぐしゃになっている紙を指すと思い出したのか覚醒したのか、眉間に深く皺を寄せた。


「どれくらい寝ていました?」

「まだ昼食前ですよ。もう少ししたらナゲルに何か持ってきてらいます。もしくは気分転換に食堂へ向かいますか?」

「……お手数ですが、こちらまで持ってきてください。なんでもいいので」


 のろのろと立ち上がる姿が妙におじさん臭い。


「ああ、やはりユマさんは大変優秀です。是非正規雇用して囲い込んでしまいたい」

 出来上がっている印刷物をささっと目を通しながらぶつぶつ言っている。


 そのあとは顔を洗って目を覚ましたエルトナがどんどん仕事の山を切り崩していく。

 仕事ぶりを見れば、子供を働かせたくなる気もわかる。


 ナゲルがお昼ご飯を取りに行く頃に、エルトナが伸びをして体を少し動かした。


「ちゃんと教会に帰れていますか?」

「……五日ほど、戻っていませんね。そろそろ替えの服がなくなるころですか」

 重いため息をつく。


「ここまでの仕事量はもう許容を超えているでしょう。一度休んだ方がいいのでは?」

 提案すると、疲れた顔で目の前の書類に視線を向ける。

「一日放置する方が怖いんですよ」

 ははっと乾いた笑いを漏らす目は死んでいる。


 この部屋にある特殊な機械での仕事は、エルトナ以外は僕が手伝うところしか知らない。なので、夏の帰郷の間は一人で働いていたのだろうか。


 とりあえず、しばらくは手伝いと生活の管理をした方がよさそうだ。やつれて見えるのは気のせいではないだろう。ただでさえ小さいエルトナが、こんな生活を続けていたらこれ以上大きくならない恐れがある。


「所長はまだ戻られないので?」


 ここの所長は恐らく知り合いだ。こんなに長くいない事が心配になる。


「もし見つけたら教えてください。前後不覚の状態にかまけて殴りたいので」

 エルトナが力なくこぶしを握る。


 僕の知るエルトナは淡々とした子供らしくないところがあったが、睡眠不足と過労で暴力的になっている。かなりきている。これは心配だ。



寝不足は死に直結します。

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