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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
研究生 一年目

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21 ヒスラへ戻ろう


   二十一   



 予定よりも早く戻る可能性は考慮していたので、他二人も警護として直ぐに出発ができた。以前と同程度の荷物を纏めている。ほとんど向こうに置いているので、それほど多くのものを持って行く必要はなかった。


 ユマ様が倒れられたことは街警護から報告が上がっていたのでカシスの耳にも入っていた。まだユマ様の心の傷は癒えていないらしい。留学先では発作が起きていないが、安心はできない。ユマ様が男とばれた時の不利益自体は信用問題程度だ。それも本人の意思ではなかったと言えば大きな痛手はない。だが、未だ女性に対して忌避感が強いのであれば、男としてのユマ様に好意を寄せる子女が出ることが最大の問題になる。


 残念なことに見目のいい顔立ちに基本微笑みなので好意を寄せられていると勘違いするものはいる。ミトーのような地味顔ならば、そんな心配は不要だったろう。


「メリバル邸より迎えが来ます。しばしお持ちを」

 ヒスラ駅へ到着すると帝国からの警護に声をかけられ待機する。


「はぁ」

「まあ、元々早めるかもって話もあったからな」


 列車内ではずっと落ち込み気味のユマ様をナゲルが気安く慰めていた。


「こっちに置いといたのがどうなってるかちょっと気になってたしな。案外教会はもぬけの殻かも知れないよな」

 ナゲルが気安く言う。


「あー、確かに。それはそれで仕方ないよ。首輪を付けられてたのを外されたんだ、自由になりたいなら止めはしないよ。ちゃんと置手紙しておいてくれるなら」

 ユマ様が投げやりだ。


 トーヤとニコルは残っているだろう。アリエッタは連れ攫われないようにメリバル夫人に保護を頼んでいるが後の二人は出て行っても不思議はない。


 来た時と同じく、メリバル邸が用意した車に乗り込み、外回りで屋敷へ入った。

 離れではなく正面へ回り、迎えに出ていたメリバル夫人と横にはアリエッタもいた。


「ユマ様!」

 帰ってきたユマ様を見て、アリエッタが駆け寄ってくる。ユマ様の状態を確認するが、特に顔色は変わっていない。


「おかえりなさいませ」

 本邸で保護だけでなく教育をしてくれていたのか、飛びつくことはなく手前で止まると可愛らしく挨拶をした。


「ただいま、アリエッタ。元気そうでよかった」

「はい。ペニンナ様がよくしてくださいました」


 ペニンナとは誰だとユマ様が首を傾げる。毒を盛った相手くらいは覚えておいて欲しい。


「義孫様です」

 そっと耳打ちすると、ああと頷いた。


「アリエッタ。ユマ様達のお荷物を運ぶのをお手伝いして」

 メリバル夫人が言うとアリエッタは荷物の乗る車へ向かった。


「ユマ様、お伝えしなければならないことが」

 それまで微笑みを崩さなかったメリバル夫人が顔を強張らせる。


 三階の応接室でお茶を準備すると、侍女たちがすっと下がる。ユマ様がジェゼロの王族であると話した時以来の状況だ。


「何か問題がありましたか?」


「まず、アリエッタの親族と名乗るものがこちらへ。身元が確かではなかったため、そのような者はいないと追い返し、後を付けさせましたが東の街中で見失ってしまいました」

「アゴンタ・ルール―がアリエッタの前の主であった可能性がありますが……」

「東はルールー一族の影響が濃い場所ですので否定はできませんが、あそこは貧民が多いので肯定もできかねます」


「他にも?」

 それだけではないだろうとユマ様が促す。


「ココアですが、国に帰ろうと思うと申し出がありました。ユマ様からも申請があれば許可すると聞いていましたので、少しばかりの給金を渡し別れたのですが、先日、ユマ様が戻られると言う知らせを受けて室内の清掃にはいさせたところ……」

 一度ため息をついて、続ける。


「ユマ様のお部屋が何者かに物色されていました。おそらく、ココアがユマ様の絵を盗んだのだと」


 ユマ様が描かれた絵は、先の競売で五人の時間契約者を購入できるほどの高値が付いた。それだけでなく預かっているユマ様の私物を盗まれただけでもメリバル夫人にとっては断罪されてしかるべき失態なのだろう。


「ああ、そんなに気に病まれないでください。絵はまた描けばいいだけですから」

 本心から言っているのか、ユマ様の答えはなんとも軽い。


「アリエッタが不当に攫われなかっただけでも良かったです。ありがとうございました。それにお孫さんが随分よくしてくれていたみたいで」

「いいえ」

 まだ言うことがあるのか、重そうに頭を振る。


「あれは、自分の味方につけてユマ様を蹴落としたいだけでよくしていたのです。直接かかわる事を禁じた結果、どうも学生を使ってユマ様に嫌がらせをしていたようです。重ね重ね申し訳ありません。ユマ様の判断によっては、このまま中退させて家へ帰すことも考えています」


 アゴンタ・ルール―からの嫌がらせや他の生徒からの行為はナゲルを通じて報告があった。ルールー一族以外からも妬まれても不思議はなかったが、こんなところに伏兵がいたらしい。


「厳重注意をしておいてください。それ以外は特には。それほど酷いこともされていないですから」


 女性に手を取られただけで気を失うのに、他の嫌がらせに対してユマ様は全く心動く事がないらしい。これくらい女性に対してもどうでもいいと言う態度を取っていられればと考えてしまう。


「本当に、ユマ様は寛大ですこと。それに比べて……」

 血が繋がらないと言っていただけに、孫娘の扱いは余計に難しいのだろう。


「村の教会にいる三人は問題ありませんでしたか?」

「はい、週に一度ほど確認に行かせていましたが問題はないようです。明日の確認の際に向かわれる日を伝えて置きましょうか?」


 ユマ様がこちらに視線を向けてくる。

「では、明後日に向かうとお伝えください」

「かしこまりました」


「侍女が一人減ったので、その補充をお願いしてもよろしいですか? それと、もしココアが見つかった場合は勝手に処分などされませんように」


 ユマ様の性格を考えると、ご自身が筆を入れた絵を盗まれた程度で重い処罰が科せられては気に病んでしまう。


「学校までは一週間ほどありますが、如何されますか?」

「そうですね。折角なので、以前の続きをご指導いただいて、必要であれば研究所の手伝いにも行こうかと思っています。随分と剣術などが衰えていると言われてしまったので、村の教会で人目につかぬように訓練もしようかと」


 大まかな予定を決めて、荷物の運び入れが終わるとユマ・ジェゼロではなく、ユマ・ハウスとして部屋を出る。




 列車とはいえ数日の移動だったので、警護を休ませる意味も込めて翌日は休暇だ。屋敷からは出ないと約束させられた。


部屋を確認すると、確かに絵が盗まれていた。盗られて本当に困るものはここには置いていないので、被害確認は簡単に済んだ。


「どんだけ盗られてたんだ?」

 僕の部屋に来たナゲルに問われる。指折り数えて丁度両手が塞がった。


「完成とは言えないのが六枚、一応完成と完成が各二枚ずつで合計四枚。後服が一着なくなってるね」


「おまえ……描くのも作るのも好きな割に、自分の作品にあんまり執着も興味もないよな」

「あー。それはあるかもしれない。一度自分の中から排出されたものは、もう自分の一部じゃなくて他の何かだからかな。正式に売ったりしたものに関しては、生殺与奪の権利を渡しているから、興味を持たないようにしてるし」

「なんか、うんこみたいな評価だな」


 多分、これに関してはナゲルとは分かり合えない気がする。


「少なくとも、僕の絵とココアの命を天秤にかけるつもりはないよ」

「まあ……あれだけ高く売れたからな。同じ競売に出てれば、価値は察することもできるだろう」


 舞台裏で僕の絵の値段を耳にしていれば、魔が差しても不思議はない。


「ココアは最初からなんか違和感があったからなぁ」

「悪い人ではなさそうだったけど……」


 自分より立場の弱い者に対しても優しく、上に反発することもなく勤勉だった。ただ自分の事を話さないので、生い立ちはもちろん、謎が多い。


「お前はあれだよな、他人にもあんま興味ないもんな」

 自分の作品だけではないと言われて腕を組む。


「………そう、でもないと思う、よ?」


 確かに、友達が少ないが、今の学友とは比較的仲良く過ごしている。ただ、あまり深く踏み込んだ付き合いはしていない。


「それで思い出したけど、アリエッタと今後の方針を話しておかないと」

 被害確認も終わったので話を切り上げて一階へ降りる。


 一階ではアリエッタが一人で勉強をしていた。こちらを見て顔を上げるが小さく頭を下げるにとどまった。


 数週間だが、本館でメリバル夫人が教育してくれていたらしく、以前よりも落ち着いた物腰と、主従としての距離をとるように教えられたようだ。


 メリバル夫人が許可すれば、このままこの館で働いてもらってもいいのだが、競売が開かれたヒスラの街では誘拐の危険性は否定ができない。


「アリエッタ」

「はい、ユマ様」

 声をかけられて返事をする姿はニコルと同じく尻尾が見えるようだ。


「これからの事を帰郷して話してきた……のだけど、今は大丈夫かしら?」

 咳払いを一つして、口調をナゲルとの軽口から女性らしいものに変える。少しの間素で話すことが多かったので違和感がある。


 そのまま座っているように促して前へ腰かける。勉強用の紙を端に寄せて、アリエッタが背筋を伸ばした。


「冬に帰郷するとき、アリエッタを連れて帰る事は許可がでました。成人するまでは孤児院で暮らすことになってしまうので、このままメリバル邸に残りたいと言うのでしたら、夫人とお話しをしてみます」

「孤児院……ですか」


 不安そうに揺らいだ瞳を見ながら頷く。場所によっては、孤児院は酷い場所だと聞き及んでいる。ジェゼロ城の麓にある教会を併設した孤児院はベンジャミン先生が育った場所だ。以前はあまり環境がよくなったそうだが、先生が給与の半分を寄付しているため発言権があり、今は改善されている。


「それほど怖がる必要はありません。そこで暮らして、学校にも通えますし、将来仕事に就く時にも結婚する時も孤児院出身でも問題はありませんよ」


 アリエッタの視線が落ちて、何度か瞬きをした後、顔を上げた。

「そこに行けばっ……将来、ユマ様にお仕えすることはできますか?」


 可能だとは言えない。

 トーヤやニコルのようにジェゼロに役立つ仕事を任すことは可能だが、僕個人に侍女は必要ない。城仕えとして仕事を斡旋することはできるがそこまでだ。


「私個人ではなく、私の生家での仕事を紹介はできるかもしれません。もちろん、学業が優秀で素行などに問題がないことは必須になります。でも……私は誰かに仕えてもらう立場ではないのです。ごめんなさい」


 アリエッタにとっては縋れる唯一の相手である僕が庇護できない。もちろん、気にかけてあげることはできるが、他人の人生を背負うほどの覚悟を僕は持てていない。


「謝らないでください。ユマ様は、何の見返りも求めず、本当にただの親切心で私達を助けてくださいました。言う事を聞いても、叩かれたり嫌な事を我慢しないといけなかったのが、嘘見たいに、ここのおうちに来てから温かいんです」


 アリエッタが泣きそうな目ではにかんだ笑みを漏らした後、不安そうに視線を泳がした。


「あの……兄も一緒に孤児院に入れますか?」

「ゾディラットはこのままでは難しいでしょう。もちろん、アリエッタが彼といたいから孤児院へはいけないと言うのであれば尊重します。少なくとも成人するまではアリエッタを安全な場所で暮らさせたいというのは、私の我が儘でしかありませんから」


 トーヤとニコルですら国内へ入れる事は躊躇っている。そんな状況で信用に足るとは思えない者を連れてはいけない。兄弟であれば一緒にいたいと思う事は理解できる。だが、彼にはアリエッタを養育も保護もできるようには見えない。


「……兄は、どうなりますか?」

「本人は故郷へ戻りたがっているので、ある程度の金銭を渡して解放するか、将来的にアリエッタと会う伝手を残したいと言うのならば、何か仕事を斡旋できるかもしれません。ただ、冬までの間にどういった行いをするかによります。アリエッタが孤児院に行くことを決めたとしても、どこへ行くのか伝えるつもりはありません。少なくとも成人してアリエッタ自身が望まない限りは」


 ゾディラットも僕と同年であることを考えれば、まだ多少の保護は必要だ。助けたから感謝すべきとも、仕えて欲しいとも思わない。ただ、無条件にずっと養うほど、僕は優しい訳ではない。


「……これで、兄さんと一緒に行かなければ、私は……酷い妹でしょうか」


 ゾディラットはアリエッタほど優遇された環境にはいない。教会へ連れて行って実際に見て知っているだろう。だが、以前のアリエッタの生活と比べれば、雲泥の差がある。


 アリエッタを見ていれば、賢い子だと言う事はわかる。自分が虐待されている間、同じように酷い目に遭っていると思っていた兄がそうではなかったと気づいているだろう。人は平等に不幸であれば大きな不満は起きない。そこに、不平等が差し込まれると途端に腹を立てるものだ。


「兄弟を案じる事は出来ても、どう生きるか決めるのは本人です。私も、アリエッタに提案をできても、強制はできません」


 馬を水場に連れて行ったところで水を飲ませることはできないのだ。どうお膳立てをしたところで、他人の事は自分の思い通りにはできない。


 アリエッタが下げていた視線を上げた。

「私、頑張ります。もし、ユマ様のおうちで働けなくても、ユマ様が心配しなくていいように、一人前になって、ちゃんとお金を返します」

「お金の事は心配しなくても」


 あれは僕のただの我が儘だ。本当にタダで解放したら色々後が困るかもしれないから、買い取り金の貸付と言う形をとっただけだ。期限も利子もないから払わなくても構わない。だが、アリエッタは首を横に振った。


「おばあちゃんになっちゃうかもしれない、ですけど。私は、私の自由を買いたいんです」


 少し見ない間に随分と大人になっていて驚く。メリバル夫人は余程人を育てる才能があるのだろう。


「私、孤児院に行きます。ですから、ここにいる間は、お勉強もしますから侍女のお仕事をさせてください。私は、ユマ様のお役に立ちたいんです!」

 手をぎゅっと握って決心したように懇願される。


 ベンジャミン先生はアリエッタ達と話してみるといいと言ったが、彼女は余程僕よりも強く逞しい。


 来た時の脅えるだけの少女はもういない。助けたかった女の子の姿に安堵していた。

「もう、十分に役に立ってるよ。ありがとう」


 手を伸ばしてソラやララにするように頭を撫でた。困ったような嬉しそうな笑顔で、アリエッタは大粒の涙を零した。



   


排泄物と書いて作品と呼びます。


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