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2 列車での出会い(脱走)


   二   



 ジェゼロの厠はとても清潔だ。八百万の自然宗教の結果、厠の神なるものも認めている。不浄の場だと忌まず、清潔清掃が基本で、汚いままだと呪われて夜半時に汚い穴に連れていかれるそうだ。子供に対する教育の一環の寓話だが、疫病対策として汚物処理は重要だ。それにジェゼロは湖を穢されることを殊の外嫌うので、下水が整備されている。


 それらの管理仕事は中々の高給取りで、議会院の試験を通らなければならない。国外ではどちらかというと蔑まれる職だと聞いて驚いたものだ。


 そんなことを思い出しているのはリンドウと同乗していた列車から乗り換え、普通の帝国列車に乗車したからだ。


 ジェーム帝国からジェゼロ国手前まで線路が続いているがこれは母の希望というよりも帝王陛下の要望らしい。線路を一本引いてしまう所が怖い。無論、それは主線ではない。今走っている線路の方が本線だ。帝都へは更に北上するが、今は南東へ進んでいた。


 乗車している車両は特別仕様ではなく一般的な車両だ。それも幾種類かあり、一番安いものは一車両にずらりと席が並ぶもので、一番高級なものは寝台にもなる座席の四人用個室だ。


 馬車の旅よりも格段に速くなったとはいえ、列車旅でも数日はかかる。寝台列車といっても夜間は数時間停まったりもするので、安価に移動したい客は途中の駅で下車して野宿や宿を取るそうだ。僕らが乗っているのは夜間も停まらない一番高い特急寝台というものらしくかなり旅程を詰めることができている。


 そうなれば、無論列車にも厠がある。個室には流石についていないので、丁度自分が使っている車両の厠が使用中だったので隣の一般車両へ移って用を足したが、汚さだけではなく、中々の衝撃だった。


 夜半時に連れていかれる汚い穴はまさにこれではないだろうかと感じたのだ。


 便座の下には拳二つ分ほどの穴が開いていて、下を何かが高速で流れていた。初めは何かわからなかったが、それが枕木だと気づいたときにそっと目を瞑った。自分が排泄したものが、そのまま線路に落下しているのだ。


 帝国の特別列車三日では特に感じなかったが、乗り換え一日目で文化の違いに衝撃を受けている。


 排泄物による感染症の媒介やら、色々考えだして、頭がぐるぐるする。


 それに折角の肥料を有害に変えているのだ。

「もったいない」

 誰かが隣で僕と同じ言葉を呟いた。厠の近くは少しだが場所があるので人がいる事は不思議ではないが、腕を組んで真剣な顔をしているのは子供だった。


「……もったいない?」

 妹のソラくらいだろうか。赤毛の子供は声をかけられてこちらを見上げた。僕は今は女の恰好なので声は少し高めにしておく。


「……垂れ流しで害にするくらいなら、いっそ貯めて売ればいいのにと思いまして」

 見上げた子供が偉く落ち着いた声で返してくる。


「ああ、確かに、移動しているので痩せた土地で降ろすこともできますしね」


「はい。列車毎ではそこまでの額にはなりませんが、最近は列車本数の運行も安定していますし、乗車賃も下がりました。それに比例して今後は黄害も深刻になると予測されます。汚物は昔から肥料として使われていますから」

「ただ、機構としては考えないといけませんね。既にかなりの本数の列車は作られているでしょうから、型が統一されていればいいですが、取り付けと内容物の取り出し、清掃のしやすさは重要ですね」


 帝国専用車は線路が見えるようなことはなかった。安全面を考えれば当たり前だ。人が侵入できずとも、爆発物を投げ入れる事は可能だ。何年も前に開通したので列車も改良されていないとは考えにくい。まったく同じ種類の車両ばかりとはいかないだろう。


 子供が横掛けの鞄から何か取り出す。見ると紙の質の悪い筆記帳のようだ。目的の頁を開くと、見やすいように傾けてくれた。


 きっちりと定規を使って描かれた線は簡略的な列車の構造が書かれている。素人が書いたにしてはしっかりしている。


「この列車は最新ではないですが比較的新しい車体です。車両の高さが比較的高いので下にスペース……空間が一部あります。特に厠は落下した汚物が跳ねて汚れる事を考慮して近くに重要な機関がないので、取り付けは可能です。一日の移動量と乗車量を観察するに、容量はこの程度で……食堂車への搬入などで定期的に長めの停車がありますから、そこで交換などをすれば運行にも支障は出ません」


 紙を覗き込み、いくつか質問をしたり、案を出していく。厠の前なので数人が不思議な者を見るような視線を送ってきては去っていく。


 これは、実際に実用化したら、どれだけ経費が掛かって儲けに繋がるだろうかと頭の中で計算していると、じっと黒に赤が射したような目が見上げていた。ふっと、視線が下がる。


「初対面のお嬢さんにお話しするような内容ではありませんでした。つい、話を聞いてくださったので」


 男の子か女の子か判断にあぐねていたが、どうやら少年らしい。あまり顔は変わらないがすこし恥ずかしそうにしている。


「いえ、人間食べた分は出るものですから。目を瞑るのではなく解決しようというお考えは大事です。それに世辞ではなく現実的な範囲で模索しているのが興味深いです」


 妹のソラは特殊な人材だと思っていたが、井の中の蛙なのかもしれない。帝国は子供でも新しい改善や発想を持っているのが普通なのだろうか。


「………残念ながら子供の空想に過ぎません。知人は汚れものと言うだけで拒否するでしょうから……」


「そうですか……私の知り合いがもしかしたら興味を持つかもしれませんから、案を話してもよろしいですか?」


 ここまで練り込んでいるならば列車関係の家族がいるのだろうかと思ったが、そうではないらしい。ならばジェゼロのオーパーツ大学で実用化できるかもしれない。どこかの部署が列車の設計などの計画に噛んでいた筈だ。


 オーパーツ大学はオーパーツ好きの母が何となく発案し、議会院が却下した後、帝国が全面資金提供返済不要で造られたジェゼロの教育研究機関だ。旧人類の英知オーパーツを扱うが、オーパーツの概念は精密電子機器とするか機械全般とするかで範囲が大きく変わる。面白く役立つならばオーパーツと言う非常に緩い規定で括られたので、列車はもちろん、今回のあまり機械らしくない機構でも管轄内になるだろう。オーパーツは金がかかるので細かい特許で金を稼がないとならないのだ。


 帝国とは良好な関係なので、列車の改良自体はできると思う。オーパーツ大学の職員が着手したがるネタかどうかが問題なだけだ。


「……構いません。私では手を出せませんから。ただ……実用化の際は一度お話を伺えれば幸いです。少し待ってください」


 言うと、持っていた鞄から別の紙を取り出した。


「帝都にあるハリソン商会に伝手があります。エルトナに話があると言って頂ければ連絡が取れるかと。これからヒスラの街にしばらくは居ますので、そちらでも構いませんが」


 名刺にはワイズ・ハリソンの名前が書かれている。裏にエルトナと署名をして渡される。


「この方は?」

 元奉公先か何かだろうか?


「ああ、友人です。手広く商売をしている人ですが、臭いものには興味がないと断るでしょから、あなたの方で今回の案は活用できそうでしたら使ってください。都市計画に下水管理は必須ですから、個人的に興味があるので結果を知りたいだけです。発案料などとは申しません」


 後で金銭を要求したりしませんよと冗談交じりに返される。それよりも行先に驚く。


「わたしもこれからヒスラの街へ行くんですよ」

 この路線で一番大きな駅らしいので同じ場所へ向かっていても不思議ではないが、可笑しな縁もあったものだ。


「……もしやジョセフコット研究所へ?」

「研究校の方ですけれど。あなた……エルトナは?」

「似たような感じです。こんな場所で厠の活用法で盛り上がる方とお会いできるとは思いませんでした。また機会があれば、商売について話しましょう」


 出された手を握り返す。

「ええ、このような可笑しなご縁ですもの、またの機会もきっと」


 連れが心配しますのでと礼儀正しくエルトナが去っていく。

 ジョセフコット研究所の名前が出ていた。親がそちらで働いているのだろうか。職員の子供ならばまた機会があれば会うこともあるだろう。



 妙な出会いの後、もう一つ先の車両へ移る。ドアがなく、席が並んでいるだけの車両だ。服の格からして先の車両の人たちよりもやや劣る。列車はまだ高いようなので、こちらの席でも使えるのはある程度の裕福層になるのだろう。それに広大な帝国を走るにはまだまだ線路の数が少ないので未だ馬車が主流の移動手段だ。道路も整備されていないので自動車も多くは普及していない。


「あっ」

 もう一つ先の車両の案内が書かれている。食堂車と書かれているのを見て、入ろうとして立ち止まる。


 お金を持ってきていないことに気づいたのだ。入って注文する前でよかった。ジェゼロならば、後で払うと言えば問題なかったが、今は身元を保証する事などできない。


「はぁ」


 ジェゼロの食事は正直に言って素朴だ。不味いとは言わないが、とても簡単な調理しかしない。素材の味を慈しむと言えば聞こえがいいが、美食ではない。隣国ナサナは美の国と言うだけに芸術だけでなく食事も凝っていて美味しい。ナサナ国に行ったわけではなくナサナ出身の双葉の店の双子の店主にごちそうしてもらっただけだが、ジェゼロとの違いに驚かされた。ジェーム帝国の食事は帝国側が準備してくれて列車内で取っているとはいえ、こういう大衆的な場でも嗜みたかった。


「どうかされました?」

 声をかけられて振り返る。


 長い金髪を靡かせた女性がそこにいた。一度視線を落として、自分のスカートを見てから顔を上げる。


「……財布を席に置いてきてしまったと思い出したところです」


 一度戻ったら、カシスに見つかるだろう。お手水と言いながら警護当番だったミトーを撒いてきていたのだ。そうなれば再び戻ることは難しい。それくらいはわかる。お恥ずかしい話ですと、仕方ないので席へ戻ろうとした。


「まあ、でしたらお茶の一つでもごちそうさせていただけないでしょうか? わたくし一人旅で、そろそろ誰か話し相手が欲しいところでしたの。駄目かしら?」


 身なりはいいので、それほど怪しくはなさそうだ。食事に何か盛られても、余程の毒でなければそれほど効果が出ない体質だ。それに退屈はよく理解できる。列車の旅は、窮屈でやる事がなくなる。揺れるので暇つぶしに絵も描けない。


「あまり長居はできませんが、それでよろしければ」

「まぁ! では行きましょう」


 戸を開けて、車両を移る。ふわりと美味しそうな匂いが漂っている。


 席に案内され、大きな窓を横に向かい合うように腰かけた。


「わたくしはワイズといいます」

「ユマと申します……あの。人違いでしたら申し訳ないのですが、ワイズ・ハリソンと言う名前では?」


 男の名前だと思ったが、ワイズと言う名はつい先ほど耳にしたばかりだ。何かの謀りかと少し警戒度を上げる。


「……ええ、確かにワイズ・ハリソンと申しますが。どうしてご存じなのかしら」

 警戒度を上げたのは相手も同じのようだった。


「先ほど、エルトナと名乗る子どもから、連絡先として伺いました。同じ列車に乗られているのでは?」


 淑女のように取り繕っていた顔が一瞬だけ歪む。

「エルトナと趣味が似てしまっているのでしょうね。もし、エルトナと再会されてもわたくしがこの列車に乗っている事は黙っていてくださいますか? その……あの子が心配で実は同じ列車に乗っていますの。勿論元々ヒスラの街へ仕事の用事があったのですけれど、本当は数日後に出発すれば問題がないったのです。エルトナが知ったら過保護だと気を害してしまいますから」


 エルトナは知っているが同乗しているわけではないらしい。流石に子供の一人旅ではないと思いたい。馬車の旅よりは安全だが、列車内も完全に安全とは言えない。


「ご友人を心配するなら別に怒られはしないのでは?」


 エルトナが友人だとは言っていたが、三十前後に見える婦人と友達と言うのはなんとも不思議な聞こえだ。だが、当のワイズは嬉しそうに声を上げた。


「まぁ! 友人と伝えてくれていたのですか!? 下僕程度にしか思われていないと考えていましたわ」


 声をかけてきたときは富豪の婦人のような落ち着きが見えていたが、世間知らずのご令嬢のようにも見えてきた。明らかに上流階級の恰好をしているのに子供から下僕と思われていると言うあたり、どこか可笑しな人ではないかと疑いが浮上する。


「こほん。失礼しました。エルトナにはとてもお世話になってきたので、新しい地に向かうのをとても心配しているのです。しっかりしているとは言ってもあの見た目ですから」


「そうなんですか」

 どういう関係だろう。


「とても美しいお嬢さんが困っているとお声掛けをしたら、まさかエルトナを知っているとは。世の中は本当に狭いですわね。ふふ」

 目を細めて笑うと、席に置かれていた注文票を手に取った。

「ああ、注文がまだですわ。何がよろしいかしら」


 当たり前だが薬茶はない。適当に同じものを頼む。数種類の茶があるが、よくわからない。数学や言語などの教養は比較的しっかりと学ばされてきた。今後発展するオーパーツに関してはかなり知識を持っている。だが、少なくとも一国の王の子としては教養が足りないのはわかる。変人が多いジェゼロ王にそういった一般常識は求められていないのかもしれないが、王にならないからこそ、妹たちの恥じにならないように振舞いくらいは学んでおいた方がいいだろう。


「花のお茶ですか……」

「ええ、ユマさんのように華やかで美しい香りでしょう?」


 ワイズのような豪奢な金髪ではないものの、見た目がいい自覚はあるので曖昧に笑って置く。一緒に頼んでくれた茶菓子も少し甘すぎのきらいはあるが花の香りがするお茶はとても美味しい。


「ヒスラにお仕事だと話されていましたが、どのような事をされているのですか?」

「わたくし、これでも商いをしていますの。不定期に行われる競売が今回はヒスラで開催されるので、それに参加するために向かいますの」


 競売と聞いて、母が昔買ってきた古いオーパーツを思い出す。何にでも価値を見出す人はいるが、人によってはただのガラクタだ。それでもわざわざ長距離を移動するくらいだから、余程の収集癖か商売に関係しているのだろう。


「ユマさんは、どちらにいかれますの?」

「私もヒスラへ。留学ですが」

「ではリンレット学院かしら?」

「いえ、ジョセフコット研究校です」

「それは、とても優秀なんですのね。何科かしら、医学科が有名ですけれど、他にも色々とありますものね」

「美術科です。新しい学科らしいので、功績などはまだないかと」


 リンドウは元々他の学科でもと話を持ってきていたようだが、僕の絵を見て新設される旧人類美術科へと推薦してくれたそうだ。初めはただ留学をさせる目的だったのだろうが、少なくとも僕の絵は気に入ってくれているようなので依頼の絵は期待に副えるように仕上げたい。


 医術科ほど有名ではないが、ワイズの目がそれまでにない鋭い光を宿した。目の届く位置に置いていた革の鞄を膝に乗せると中から薄い木箱を取り出した。蓋を開けてから丁寧な手つきでそれを差し出してくる。


「美術にお詳しいのでしたら、こちらの絵にご意見を頂けないかしら。お話しした競売に出す予定ですの」


 それほど大きくはないが、木箱の上には薄い硝子板を乗せて更に保護をしている。

 身を寄せて中を覗き込む。


 小さな絵に描き込まれたとは思えない程繊細な筆遣い、人の手で作られたとは思えない造形の建物が並んでいる。配置や色彩よりも独創性に目が行く。旧人類の終末期、文明が最も発展していた時の街はこのような状況だったと耳にしたことがある。あまりにも緻密な線をよく見ると、とてつもなく小さな粒の集まりだ。


「……これは、絵ではなく印刷ですか? 現在の技術ではここまでのものは不可能でしょう。そういった意味で価値は高いでしょうが、先十年で値は崩れてしまうかもしれませんね。ただ、絵としてはとても面白いものだと思います。現代では見る事のない街並みはまるで神話の世界のようです。独特の世界感をよく表しています」


 じっと、観察してから顔を上げる。それまでとは違った、真剣な目で見られていた。丁寧な仕草で蓋を閉めて絵を鞄に戻す。このような場で本来晒すものではないだろう。それに、肌身離さず持っているようだ。


「競売に参加すると言うのは、出品者なので?」

「いえ、その競売会は少し特殊な形態で。競りに参加したい者は出品もしなくてはならないのです。出品物は主催者の眼鏡にかなわなければなりません。そうでなければこれを売りになど出しませんわ」


「売りたくないものを出すほど、他に欲しい作品が出品されるのですか?」

 それは興味深い。ワイズのものは歴史的にも価値のあるものだ。それ以上に価値があると考える作品とは、どんなものだろう。


「主催者に一割手数料として取られますが、自分が出品したものを落札することは許可されています。一割を参加費と割り切れば、手放す必要はなくなります。それに、出品したものを担保に競りに参加もできますから、予算以上の商品も落札ができるのがよいところですわ。もし買い手がつかなくても、主催者が最初につけた最低落札額で買い取ってくださいます」

「面白い催しですね」


 参加できたら楽しそうだなぁと考えつつも、作品を鑑賞することは好きだが、所有欲が少ないのでわざわざ買いたいとは思わない。ただ、どんな芸術品が出るのか、見るだけ見てみたい。


「是非にと言いたいところですが、私も紹介で参加する身ですからお誘いできず申し訳ありません」


「いえ、先ほど会ったばかりですし、面白い話が聞けました。本職は画商か何かそういったご商売ですか?」


「本職は貿易業や装飾関係などを少々。美しい方はそれだけで商売相手としては十分ですから、これを機に……お付き添いの方かしら?」


 言われて振り返ると、初老の男が涼やかに微笑みで近づく。普段無表情のカシス・メーデーが作り笑いをしていると、とても怖い。ばれる前に戻ればよかったが、お茶に付き合ったのがまずかったようだ。だが、面白い作品を間近で鑑賞できたので悔いはない。





 カシス・メーデーはため息をついた。やはり自分では役不足だったと言わざるを得ない。


 エラ・ジェゼロ国王陛下は前国王陛下サウラ様に比べればまともだと言われている。

 ユマ・ジェゼロ様は、妹のソラ・ジェゼロ様に比べれば常識人だと言われている。


 比べればの話だ。エラ様はサウラ様以上に突飛で周囲へ大きな影響を及ぼす事をやらかすし、ユマ様はソラ様のように荷物に隠れて国外へ行こうと画策はせずとも、護衛に睡眠薬を盛って列車内を散策程度はやらかす。


「ユマ様、見知らぬ人には着いて行ってはならないなど、ララ様の歳でも知っている事ではありませんか?」


 末姫のララ・ジェゼロ様は上二人と違い大人しい。歳の離れた妹姫ですら知っている事を、どうして平気でやらかすのか。


「ララの年齢と違って。僕はいざとなれば逃げられます」


 頭が、痛い。


 オオガミ・トウマとベンジャミン・ハウス。それにシューセイ・ハザキからユマ様の警護長として帯同して欲しいと頼まれた。

 無論エラ様からの任命の形だが、王の命令となれば断れないので、先に打診という形で三人から話が来たのだ。


 最初にオオガミからの依頼には断わりを入れた。もう若くはないと。ベンジャミンからの頼みは断るのを躊躇った。幼いころから知っている青年が、真にユマ様を案じ、自身が直接お守りしたい中、信頼できるものを頼んできたのだ、無下にはできない。シューセイからは費用や期間、権限などを詰めた話を持ってきた。あいつは完全に引き受けると踏んできていた。ある意味一番質が悪い。シューセイの孫のナゲルはユマ様の真の危機には命を投げてでも助けるだろうが、それ以外は役に立たないどころか悪事を手伝いかねないので死なない程度に教育しても目を瞑ると付け加えてきていた。つまりは次いでに教育もしろということだ。


 実際、ナゲルはユマ様がふらりと出ていくのを軽く見送っている。おまけに警護で付けていたミトーに睡眠作用のある茶を飲ませるのも黙認していた。


「ユマ、大丈夫そうか?」

 ナゲルが気安く問いかける。いくら身分を隠すにしても、あまりにも馴れ馴れしい態度だ。


「ああ……知らない女の人とお茶したけど、震えも出なかった。普通に会話もできていたから、女だと認識されていれば問題なく生活はできそうだよ」


 ユマ様が自分の手を見て小さく頷く。ユマ様の女装癖はジェゼロでは有名だ。理由を知るものがいない所為であらぬ誤解と共に、男性警護の中に本気になってしまう者が出て問題になった。それほどまでに美しいので、ジェゼロ王子でなくとも警護は必要だ。


「女性恐怖症の症状は治まったと言う事ですか?」


「……いや。ジェゼロでは女装していても男であるのは周知の事実だったから。今の僕は誰が見ても女の子。だから、女性として女性に接する分には忌避感が出ないだけだと思う。この調子なら、急に倒れることはないと思います」


「ご自身の現状を確認するためにしても、一人で抜け出すのは止めていただきたい。あの場で倒れていたらどうされるおつもりですか」


「……善処します」

 目を逸らして言われても信用などできない。


「ナゲル。お前に阻止しろとは言わん。せめて付いて行け」


「俺が行くと、倒れる確率が上がるんで。それに今なら確実にどこかしらに帝国の間者が息を潜めていてると思うんすよ。何かあればすぐに対処してくれると」


 考えなしでないことを褒めるべきか。確証のない……いや、確実にいるが、帝国任せにするのを叱るべきか……。


 本来、警護対象にもしもの事があれば、警護長である己は最悪死罪、よくて名誉を失う。だが、ジェゼロ王と議会院からは、裏切り行為など明らかな過失がない場合はいかなる場合も処罰の対象としない旨を口頭だけでなく書面でも通達されている。命じた側も三人しか警護を付けていないことに無理を感じているのだ。


 しかもジェゼロの血筋、騒動に巻き込まれるのも首を突っ込むのも趣味で特技のようなものだ。


 リンドウ様からは、リリーとミトーの教育方針も伝えられている。ほぼ一人でユマ様の警護と管理をしなければならない。これで逃亡したユマ様に何かあれば責任を問われるようでは正直割に合わない。


「安心してください。僕、そんじょそこらの男なら、複数人相手でも負けませんからっ」

 ため息をつくのを見て、ユマ様が何かあれば自分の身は守れますよと言う。確かにそうだろうが、そうではない。


 一番の敵は警護対象だとカシスは理解した。




ユマ視点が半分くらい、他は色々な視点になるとおもうので、なるべく誰目線かわかるように頑張ります。

栄えある最初の別視点はカシス隊長。隊長と言っても部下は二人だけしかいません。

結構年配でこれから苦労しかしません。

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