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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
研究生 一年目

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17 夏季休暇の始まり


   十七 



 留学先の平穏はしょせんまやかしだったと肩を落としていたが、オーパーツ大学学長とソラを隔離している倉庫へ入ると、いつもの悩みは一度横に押しやられた。


 街外れの休耕地と森を少し切り開いて作られたオーパーツ大学は神の啓示でこの場に作られた。その中でも最も厳重な警備オーパーツが導入されているのがここだ。基本王族と極一部の限られた者しか入れない。生体認証という生きた状態での本人確認がなされたうえで二重扉を通って入る場所だ。ここにはナゲルも入室許可はされていない。


「おー、ユマくん! おろしてぇぇええ」


 二重扉が開くとすぐに悲鳴が聞こえる。

 悲鳴の先を見ると巨大なオーパーツの上に乗っていたソラが助けを求めていた。


「もれそーなのー!」


 これで妹は天才だ。一部が突出した結果、他の機能が著しく低い。


 自分の欠点を再度突き付けられて落ち込んでいたが、苦笑いを漏らしながらソラが下りるのを助ける。地面に足を付くと、限界が近いのは事実らしく走ってトイレへ向かっていた。


 ソラが乗っていた機械に改めて目を向ける。


 本人は開発したのではなく旧人類技術の復刻版だと言っていた。


 旧人類美術科と名乗るくらいだから、美術を中心にだが旧人類の歩みも学んでいる。工業の発展とオーパーツの進歩は芸術にも大きな影響を与えているので避けては通れない。


 オーパーツは大きく二種類に分けられる。現代も随所にみられる電気を使わないものと、世界の終わりとともに著しく衰退した電気を使った高度な技術だ。後者の中でも使えるものはあったようだが、そもそも発電する装置が使えなくなり衰退した。


 ジェゼロには電気を必要とする電灯が昔から当たり前にある。メリバル邸とジョセフコット研究所には導入されていたが、ヒスラの街にはそれらはなかった。他国での普及は昔からではなくここ十数年の話だ。


 ソラはどちらのオーパーツも得意だが、オーパーツ言語を多用する高度技術においては追従を許さぬ鬼才を発揮している。学長の大叔父ですらただの補佐しかできない状態だ。


 今作っているのは搭乗式二足歩行型作業機だ。名前の通り二本のずんぐりした足の上に人が乗れる胴体には腕のようなものが付いている。人の何倍もの力があるため、数人で運ぶ木材の移動も容易だ。できるわけがないと思っていたが、既に完成間近であることは見ればわかる。


 芸術とは違う、この世界を変える才能がソラにはある。神がソラはジェゼロ王では収まらないと考えても不思議がない。


「はぁー。もう少しで尊厳が死ぬところだったよー」


 ハンカチで手を抜きながらソラが暢気に戻ってくる。


「オオガミは?」

「島休みの関係でお城に行ってるよ」


 王の休暇の間は母だけでなく国王付きのベンジャミン先生もいなくなるのでオオガミが代わりを務めている。その休暇がなければ、ヒスラに残っていたかもしれない。先生が、とても楽しみにしている行事なので戻ってきたのだ。


「これ、完成したの?」

「うーん。細かいとこはまだだけど。一応動くよ。量産はねー駄目だって」


 しょんぼりとソラが言う。量産となれば帝国との話し合いが必要だろう。


 産業革命以前に、軍事革命だ。大量にできて、改良すればとても怖い武器になる。ソラが開発するものは、たくさんあるが、どれも危険なので中々表には出せない。


「あ、うんこ処理の装置は考えたよー」


 女の子として駄目な発言を咎めるべきか頭が痛い。少なくともララの教育によくないが、ララはソラを反面教師として適切に理解しているから問題ないか。


「ユマくんが列車からうんこ垂れ流しだって教えてくれたんでしょー」


 到着を知らせる手紙は書いていたので、そこでオーパーツ大学で改良できないかと問いかけてはいた。ソラは面白そうと思えば汚物だろうがなんだろうが手を出してくる。


「おがくずとか使えば匂いも少なく出来るよ。回収装置もねー。あらかじめ線路に設置すればそんなに停車時間かからないし。線路沿いにいくつか開拓地があるから、そこで搬出するようにしたらいいと思うの」


 机から取り出した設計図を見せられる。


「帝国に権利売ってもいいかな!?」


 ソラが作りたいものには金がかかるので、金策に色々売っている。他国に売るには議会院か母とオオガミの許可がないといけない。今回は僕が発案だから一応先に確認をしているのだろう。


「ちょっと思いついただけだから、いくらか孤児院に寄付して置いたら後は好きに使っていいよ」

「ふへへっ。じゃあ確認して売るね」


 変人だが、ソラは本当に優秀だ。


「あ、それとね」

 ソラの机の引き出しから箱を取り出した。ちゃんとリボンまで括られている。


「ユマくんお誕生日にいなかったでしょ? だから、遅いけどおめでとう」

「ありがとうソラ」


 ジェゼロではあまり誕生日を祝わない。節目歳に祝いがあるくらいだが、ソラは不思議と毎年贈り物を用意してくれる。


 開けるように目が促すのでリボンを解いて木箱を開ける。それほど嵩は高くなかったが、手の平よりも少し大きい移りの悪い黒い鏡が入っている。


「?」


 箱から取り出してぐるりと検分すると、裏には小さな穴が開いた丸が付いている。首を傾げると寄こせと手を出され、渡した。


 横のでっぱりを長く押すのを見て、電源を入れたのだと理解した。初めて見るオーパーツのようだ。


 鏡だと思ったものは画面だったらしい。エルトナの手伝いでも使っている画面も同様に電源を付けなければ真っ暗だった。くるりと光が回るといくつかの四角が並んだ画面になった。


「ユマくんと連絡できないのが不便だったから通信装置を作るついでにユマくんの為にカメラ機能も搭載させました! まあ、目がいいから撮っとかなくてもいいのかもしれないけど、ゲイジュツカツドウには絶対便利だとおもったから。それにね! 帝国の衛星を使ってるからちょっとタイムラグ……時間差は出るけどお手紙が送れるからね、あたしが褒めて欲しいときは偉いねって送ってもらえるんだよ! 緊急通報機能も付けたから、すぐに帝国が駆けつけてくれるの!」


 饒舌にソラが語る。これでも僕は学校の勉強はソラよりも余程賢い。因みにソラは義務教育を諦められている。だが、自分の方が頭は悪いのではないかと思わされるときがある。


「一つずつ説明して欲しいな」

「ではでは、取り扱い説明をするね」


 ケータイと名付けられた誕生日の贈り物の説明と実演を受けて、頭が痛くなる。


 カメラと呼ばれる映像保存機は既に存在している。電気を使わない種類は細々と存在していた。最近はオーパーツに直接取り込め、紙に残す必要がない電気式のものもあった。何年か前の休暇日に母が島で使うようになった。その機能がまずは搭載されていて、かなりの枚数が保存できるらしい。


 他の機能としては母の執務室に設置されている通信機の簡易版が入っていると言われた。一抱えほどの機械がいる機能をどうして手の平に収められたのか……。ここまで小さいと隠密行動でも使えるものだ。間者に渡せばどれだけ簡単に情報が手に入るだろう。これはカメラ以上に恐ろしい機能だ。通信は電報所などが既にあるが、ここまで小型で、電源接続がいらないのが問題だ。


 後は計算機や一言の書き物などを残したり、日付や時間もわかるし起きたい時間に音も鳴るそうだ。


「そして、何より。私とおそろいなのです!」

 ばばーんと見せられて、ため息が出る。


「ユマくんが帰ってくるまでに作ろうと頑張ったの。これで、ララからのお手紙をユマくんに送れるし返事も見せてあげられるでしょ」


 何だかんだでソラはララに甘い。代わりに王様にならなくてはならないララに負い目があるのかもしれない。可愛がり過ぎてうざがられているが。


「ひとまず、島に持って行っていいか。聞いておくよ」


 この才能は常識的考えとは共存できないから、ソラの常識はどこかに行ってしまったのだろう。





 王の休息日が始まる日はいつもより早めに起きて朝食を取り、荷物の確認をする。食材や道具は事前に運び込まれ、前日にベンジャミン先生が全て確認をしている。危険物などが万が一に混ざっていては事だし、最近ではソラが変なものを紛れ込ませることもある。


 母とベンジャミン先生が仕事の最終確認を終えると、馬車で船着き場へ向かい、そこから船で島へと向かう。


 ジェゼロ湖に浮かぶ島は一つしかない。それほど広い島ではなく、教会とそれを管理する小屋。後は神子様が儀式をする神聖な場所として入島には制限がかけられている。勝手に入ることはもちろん、近づき過ぎただけでも捕らえられるので、子供たちにもよくよく教えられている。


 管理者用の小屋にはベッドがいくつかと今日の為に運び込まれた布団がある。荷物をそちらに置くと、母が伸びをした。


「さぁーて。気を抜くぞ!」

 意気込みを持って宣言する内容が酷い。


「存分にだらけてください。……ララ様?」

 父がぎゅっと足にしがみついてきたララに視線を向けた。


「私も、今年からはお父様と呼びたいです」


 父がララを抱え上げて抱きしめると、とても柔らかい笑顔で抱きしめる。それを少し羨ましく思う。


「わかりました。間違えて島の外で呼んでしまわないように気を付けてください」

「うむ。公には父親を公表できない家庭で可哀そうな思いをしているだろうから、存分に甘えてやれ」


 母が言うと僕とソラに手招きする。ベッドに座り込んでいる母の許へ向かうと無遠慮に抱きしめられそのまま強制的に寝転がらされた。


「お前たちも、いつもはベンジャミンだ先生だとしか呼べていないだろう」

「だってー。ベンジャミンが母様の世話をしなかったら大変でしょ。結婚できないのは仕方ないにしても、父親は子供に関われないとか、色々頭おかしい法律はララの代になる前に変えてっ」


 ソラが母の頬をもにもにとしながら抗議する。


 ジェゼロ王は結婚をできない。正式には夫を持てない。子供の世話役として女性を配偶者のような役割にできるらしいが、子の父親として横暴を避けるため父親は政治には関われないし、子と会うこともできない。本来であれば、国王付きという立場でジェゼロ王が産む子の父親になれないのだ。


 だから、父親であるベンジャミン・ハウスを、僕らは普段国王付きとしてしか接することが許されない。父と公的に呼んでしまえば、ベンジャミン先生は国王付きを追われ、僕らといる事もできなくなり、暴走する母の管理をする人もいなくなってしまう。


「僕はもう甘える歳ではありませんよ」


 もうすぐ成人でもおかしくない歳だ。このくらいの男子はむしろ親に反抗すべき歳だ。母に捕まっていると頭を少し乱暴に撫でられる。見上げるとベンジャミン先生が……父さんが優しい目で見下ろしている。


「私の為に帰ってくださったのでしょう? ありがとうございます」

「……日々母の世話と仕事に追われる……父さんをねぎらう程度には僕は大人になってきたのですよ」


 六つの時、この休暇の時にベンジャミン先生から父であると聞いた。ソラにはまだ黙っているようにと言われたし、父と呼ぶことは駄目だと言われた。それを聞いたソラが島の外で間違えて呼ばないためにと。それからは、ベンジャミンと呼び捨てにせず、先生とつけるようになった。父を呼び捨てにしたくなかったのだ。剣術や勉強を見てもらっていたので、先生と呼ぶのは不思議ではない。


 ソラが大きくなってから、父と呼べる時期もあったが、ララが産まれてからはまたしばらく島でもララの前では父と呼ぶのは禁止になった。ララが昼寝をしている時なんかにこっそり呼んでいたのでララは気づいて去年は大泣きしたのだ。一年間間違えずにベンジャミンと呼べたら、今年からララも父と呼んでいいことになっていた。随分早くから呼ぶことが許されて羨ましいと思ってしまう。末っ子の特権だろう。


「腹が減った! 今日のお昼ご飯を作るぞ」

 母がソラ並みの自由行動でばっと起き上がる。この中で一番の子供は母ではないだろうか。


「さて、仕事も責務もしばらくは放り出して、だらしない恰好でも、自堕落な生活でもなんでもできるぞ!」


 そうはいっても、ここには他に誰もいない。ご飯は作らなければ出てこないし、皿洗いや洗濯もしなければならない。ある意味一般的な生活を学ぶ期間でもある。何か良くない事態に遭遇したとき、一人でも生活できるように教えられているのだ。森で訓練や狩りも習ったが、それらとはまた違った普通の生活だ。


 妹たちとは兄弟に違いないが母は母である前にエラ・ジェゼロ国王で、父はそう呼ぶことすら許されない関係だ。だから、この期間だけは、母は家事が苦手な駄目な母で、ベンジャミン先生はそれを甘やかしてしまう困った父になる。


 自分たちの生活は普通ではない責務が多くある。半面、一般的な仕事の多くが免除されている。この生活はそれらを交換する大事な時間だ。ソラは自分で洗濯するようになって、すぐに洗濯機を作った。自分がそれまでに好き勝手汚した服を城の者が洗っていたから労力を理解していなかったが、身に染みて大変だとわかると、洗濯する人が楽ができるようにと考えてのことだ。服を汚す頻度を減らす気がないところがなんともソラらしい。


 今回の休暇の第一回家族会議の結果、お昼はスープを作って、夜にはそれをもとにシチューにすることになった。



ソラは変態……天才です。

その父であるベンジャミンも天才……変態です。

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