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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
研究生 一年目

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15 ジェゼロへの帰還


   十五  



 ジェゼロ王となるべく生まれた身として、ジェゼロでなさねばならないことは一つしかない。正直それさえこなせば、他は免除させる力業も可能だ。


 王位は完全なる女性継承で、国王代理は男性でも可能だが、神の許へ向かうとされる神子でもあるジェゼロ王は、王の直子である娘しかなれない。だから、ジェゼロ王は次の王位を継ぐ娘を産むことが義務付けられている。


 十四代目ジェゼロ王として生まれ、授かった一人目は息子だった。難産の家系だけに、死にかけたので無事に育てばもう男でも女でも関係なかった。


 体は丈夫にできているが、出産は向かないのか何人も生むのは難しい。次は女児であれという願いが届いたのか。無事に女の子を出産した。だが、七つの時に死の淵を一度跨いでしまった。


 長女は王位継承を神から免除され、死を覚悟しつつ、神の加護の許三番目を産んだ。空気を読める女の子だ。まだ次女は四歳だが、姉よりも落ち着きがある。


「私の子は見た目だけなら、帰ってくるユマ含めて三姉妹なのだがな」


 執務室でぼやくと、ベンジャミンが出発前にいくつかの仕事を片付けながら苦笑いを漏らした。


「エラ様を入れて四姉妹でも通りそうですが」

「ソラとは似ているが、私はユマとララほど美形ではないぞ」


 ユマは男の恰好では美少年。女装したらただの美少女だ。末子のララも将来が不安になる整った顔をした幼女だ。ソラは可愛い顔立ちだが行動の突飛さに目が行く残念なところがある。


「そうですか? それぞれ違った味わいの美しさがあり、日々目を楽しませていただいています」


 書き物の道具を手早く片付け、いつものように褒めそやす。本心から言っている相手に謙遜する気も失せる。


「そろそろ、迎えに行ってまいります」

「ああ、頼んだぞ」


 今日は朝からそわそわとしていたベンジャミンにユマの迎えを命じた。帝国列車の特別便で送り届けてくれるため、夕刻前には到着する。自動車で向かえば今からでも間に合うだろう。馬車だと半日かかっていたが、便利になったものだ。


 王の執務室の前室である応接室では乳母とララがいつものように静かに遊んでいる。

「かしゃま……ユマくん、帰ってくるのですか?」


 所々舌足らずにドアからのぞき込んでくる。


 白い銀髪に、青い目をした白子で生まれた末姫が仕事の邪魔をするのは珍しい。ララも大好きな兄が帰ってくるのがうれしいのだろう。


「ああ、予定では今日帰ってくる」


 普段表情が乏しくて、ソラとは違った意味で心配になる娘だが、ぱぁっと嬉しそうに笑うとはにかんだ様にうつむいた。


「ユマくん。ララのこと、忘れてない?」

 ユマとベンジャミン曰く、ララは息をしているだけで可愛いらしい。確かに、そうだ。ソラに対しては、縛り上げられて黙っている時だけは可愛いと評している。


 私は一人っ子なので実感がないが、兄弟間でも差別と言うものはあるらしい。うちの場合は姉が虐げられているわけではなく、自業自得だ。ソラにララと同じ扱いをしたら、国が滅びる。


 少しの間ララの相手をしてから仕事に戻る。いつもより遅い時間に夕食の準備がされたころ、ユマを迎えに行った車が城に到着した。




 リンドウ様の心遣いの結果、何の問題もなくヒスラの街からジェゼロへ到着した。


 問題があったとしたら、迎えの車に潜んでいたソラ・ジェゼロが列車に忍び込もうとしたくらいだ。犯人は、列車の構造が気になった。堆肥として活用するトイレの新機構を考えたかっただけだと供述している。


「ユマくん酷いよ。かぁいい妹が迎えに来たのに縛り上げるなんてっ」


 車の中でぶーたれるソラに懐かしい疲労感を覚えた。少し癖のある茶色の髪に、母譲りの緑の瞳をした愛らしい顔立ちの悪魔だ。


 ソラ・ジェゼロは天才で変人で奇人だ。前国王サウラ・ジェゼロの孫だから、と大人は済ます事が多いが、祖母はここまで酷くなかったとも聞いている。


「ジェゼロは変わりありませんか?」

 ソラは放って置いて、わざわざ忙しいのに迎えに来てくれたベンジャミン先生に問う。


 今の自分の見た目が嫌いなわけではないが、生まれ変わるならベンジャミン先生のようになりたいと思う顔立ちに均整の取れた体をしている。それに頭もよくて剣術も恐ろしく強い。僕にとってあこがれの男性像である先生が優しい笑顔で頷いた。


「ソラ様がまた妙な物を作っている以外は平穏でした。ララ様はユマ様がいなくてしばらくぐずっていましたが、今日のお帰りと心待ちにされていましたよ」


「あたしだって、寂しかったもん。ユマくんいないと、ツッコミが足りないのよ。叔父様とロミアとじゃ、どこまでも行ってしまって困る事に気づいたの」


 ソラの面倒は大叔父のオオガミ・トウマとロミアがしている。二人ともオーパーツの第一人者であり、ソラに着いて行けるのはそれくらいしかもういないのだ。


「……はぁ、本当に落ち着きないままだねソラは。しばらく静かにしてて」

 口に人差し指を立てるとぎゅっと口を結んだ。


「学業や生活についてはエラ様と共に伺いましょうか」

 ベンジャミン先生が問いかける。話したいことはたくさんある。


「今の間にいくつか相談をしてもいいですか?」


 自動車に乗っているのは先生とソラ、警護についてきてくれていた三人と、ベンジャミン先生の代わりに車を運転しているナゲルだけだ。


 どうせ三人からも個別に報告がされるので、先にこの場で競売に参加して人を買ってしまった事、随分高く絵が売れた事、それに、ナゲル待ちの間に事務仕事を手伝っていることなどを話した。


「まだ確定ではないですが、女の子は一人、ジェゼロに連れてきて教会の孤児院に預かってもらう事も考えています」


 アリエッタについて、ソラの耳には入れない方がいい情報は濁しておいた。それでもベンジャミン先生は理解して静かに頷いた。


「エラ様と相談する必要がありますが、ジェゼロに不利益が出るような相手でなければ、受け入れはできるでしょう。ユマ様の庇護下には置くことができないでしょうが生活には困らないはずです」


 ココアは力量があるのでこのままメリバル邸に雇われるか、夫人に紹介してもらえば奉公先は見つかるだろう。ゾディラットは、アリエッタと共にジェゼロでの受け入れは難しいだろう。ほぼ成人の歳だし、許可されるだけの状況にない。


「後二人、僕がジェゼロに戻る時の処遇にとても悩みそうな人がいます」


 本心を把握しきれないが、不毛になるかもしれないのに努力を惜しまないのは事実だ。見捨てるには精神的にきつい。


「なるほど……後ほど確認もしますが、使える人材であるならば、国内で使うことだけがすべてではありませんよ。ジェゼロは帝国と同盟を結んでいるとはいえ、世事に疎い小国。国外の情報を探らせるものとして使う事も出来ましょう」


 二人に説明するとベンジャミンがあっさりと解決する。まだまだ追い付くには遠い。


 一通りの報告と相談が終わると、ソラが片手で口を押さえ、もう片手で手を上げた。大事な話の時に茶化したり、割って入ることはしない程度の教育している。


「なに? ソラ」

「何でユマくんの絵がそんな私が作る機械並みに高く売れたの?」


 不思議そうに問われる。別に馬鹿にしているわけでも、自分がいかに凄いかを言いたいわけでもなく、ただただ不思議そうだ。それは自分も思っている事だ。答えをベンジャミン先生に求め視線を向ける。


「ユマ様が出された絵はどのような物でしたか?」

「えっと……結構見栄えのする花の絵が二枚と風景画、それに、教会にあった像を描いたものです」

「なるほど、最高額が付いたのは像の絵ですね」


 頷くと少し困った顔をされた。


「買い付けた者は恐らくユマ様の素上を知っていたのでしょう。ユマ様が描かれる絵はどれも素晴らしいですが、それだけで絵の価値は決まりません。投資目的も考えれば、ジェゼロ王族が女神像を描いた作品。それだけで希少価値が跳ね上がります。帝国の護衛がばれぬようについていたでしょうから、帝王様が金に糸目を付けず競り落とさせた可能性もあります」

「なるほど」


 ソラと言葉がぴったり被る。嫌な顔を返すとソラはなんとも嬉しそうに笑った。


「競り落とした者は、将来的にユマ様の絵はそれ以上の価値になるか、それだけを出しても惜しくないと思ったのでしょう。毎回その価格になるとは思えませんので、驕ることのないように。ユマ様は何枚も描ける性質ですから、作品が多いと一枚の値段は下がるかもしれません。依頼を受ければある程度価値は保てるでしょう」


「むしろ、あのような金額でやり取りされると思うと、筆を取る手が震えます」


「神像の模写くらいは構いませんが、ご家族の絵は売らぬように気を付けてください。ジェゼロは内情隠匿くらいしか特技がないのですから」


 今のジェゼロ王の子が何人いるか、どんな人物か。ほとんど他国には知られていない。



 ジェゼロ城はとても小さいと改めて思う。メリバル邸の離れの部屋より狭い自室。


 そして料理も、やはりこれが故郷のものだと実感する。ヒスラでは料理人が簡素な中にも努力を重ね、しっとりした鶏むね肉に仕上げたり、完璧な固さの卵料理に仕上げてきていた。そのため、リリーでしか再現できなかったパサついた鶏肉に、味付けを放棄した簡素な食事を味わって懐かしさを感じた。


「なんだ。そんなに帝国の食事は合わなかったのか?」


 到着の時間に合わせてくれたのでいつもより遅い時間に夕食を取りながら、母に問われた。この料理に何の努力もしていない食事がとても懐かしくて感動していたからだ。


「いえ、とても素朴で故郷の味だと」

「ふっ……私も国を出てこれほどまでに食の後進国だとは思わなかったからな。だが、乳製品が少ない我が国ではバターもクリームも高級品。他国より健康長寿なので下手に改革もできないからな」


 改革する気がない母の言葉にソラが手を上げる。


「母様、留学生が帰りたくなる理由一位がジェゼロの飯のまずさです。多少高価でも、留学生が香辛料など食材を入手できるようにお考え下さい」


 たまにまともな事を言う。ソラはオーパーツ大学の主のようになっているので内情に詳しい。留学生は下手したらオオガミの娘と思っているかもしれない。少なくともジェゼロ王の娘とは思うまい。


「折角の学生だからな。議会院に出してみよう」

「ふへ、恐れ入ります」


 取り繕い切れないソラの顔に、ソラが欲しいだけだろうと全員が理解したが、そっとしておく。


「休暇は予定通りか?」

「後で、お話しますが、少し早めに切り上げようかと。帝国にも道中伝えています。実際の出発は警護の関係で後ほど話が来るかと」

「安全第一だからな」


 潔く帝国に丸投げする母の図々しい度量の深さには常々感服する。


「ララはもう眠そうだね」

 ご飯を食べながら虚空を見つめる末妹を見る。ララは兄として将来不安になるような美人さんだが、こういう姿を見ていると、まだまだ子供だと実感する。


「今日はユマくんと寝るの、です」

「はい! あたしもっ」


 どさくさに紛れてソラまでが言う。


「うむ、本当に兄弟仲がいいな」


 満足げな母の後ろに控えるベンジャミン先生の方が嬉しそうに食卓を見ていた。




 兄のユマ・ジェゼロは変態だ。妹であるあたしを変人だと言うが、本人は納得していないが同レベルだ。


 男装もとい本来の姿で兄が子供部屋の共同部屋で朝食を取っている。三人でベッドにひしめいて寝ていたのに、あたしだけ置いてララの面倒を見ていた。


 ふくれっ面でいると、お手伝いさんがすぐにご飯を用意してくれた。


「起こして欲しかったのにー」

「ソラたん起こしたけど起きない」


 ララに呆れられている。


 ララも王位を継ぐべきでなくなったあたしの代わりである事を、この歳で納得する変な子だ。


「だって、ララのお布団には呪いがかかっているのよ。あたしを捕まえる呪い」

「……じゃあ、ソラたんともう一緒に寝れないの」


 ぎゅっとしたくなるような顔で言われたのでぎゅっとしに行ったら、手を伸ばして拒否される。猫を構い倒した結果同じ動きをされたのとダブって見える。


「先にごはん」

「あ、はい」


 四歳児に命じられて素直に席に着いた。


「ララは随分ソラのあしらいに慣れたね。偉いね」


 ユマくんがララを撫でる。兄に対しては手を伸ばして拒否することなく目を瞑って受け入れる。ぐっ、この差を生む行動をとってきたから仕方ない。


「守ってくれるひとがいないなら、じぶんで頑張るしかないのです」


 ララも頭に何か埋め込まれてるんじゃないかと思う。いくら本が好きでも四歳にしては大人びている。


「あんまりひどかったら、ベンジャミン先生に言うんだよ?」

「うん。でも、ソラたんは私が可愛すぎるから愛でたいと言う気持ちもわかるから」


 美形兄弟のいちゃつきを見ながら、うちの兄妹まじ尊いと朝ごはんが進む。


「あまり酷いようなら、狼犬を一匹もらって一緒に過ごすようにするから大丈夫」

「わぁ、それは天才だね」


 悪魔は綺麗な姿をしている。


「酷いっ、お姉ちゃん犬嫌いなの知ってるでしょ!」

「だからだよ」

「大丈夫。犬はソラたんの事が好きだから」


 大量の狼犬にじゃれ付かれるという恐怖を体験して以来。イヌ科の動物は本当に嫌いになった。勝手にのしかかって生臭い舌で舐めてくるし、撫でてと強要してくる。歯も鋭くて大きくて怖いのだ。


「どうしてこんな非道に育ったの。ユマくんの悪影響だー」

 抗議はいつものように無視された。


「やはり、ユマ様が帰られるとお二人とも楽しそうですね」


 新しいお茶を準備しながら乳母のリセ・ハンミーが小さく笑う。


 乳母と言っても母より少し年下で、三人とも面倒を見てもらっているので実質育ての母だ。いかんせん本物の母であるエラ・ジェゼロは子育てが苦手でおむつ一つ替えるのにも右往左往する人だ。決して愛がない訳でも悪い母でもないが、育てられる側としては、リセがいてよかったと思う。


「リセがいてくれて本当に助かっています。お子さんの方は大丈夫ですか?」

「はい。もう八つになりましたから」


 あたしの世話がひと段落した頃にリセは子供を産んで、その子育てがひと段落ついたころにララが産まれたのでずっと子育てをしている。ララが産まれなくても城の侍女として復帰予定だったことと、給料を考えれば城で働けるのはありがたいと言ってくれている。


 あたしの聖母たるリセを嫁にしたのは城警備の若い男だ。必要に応じて家庭よりも仕事を優先させることを理解しているとベンジャミンが褒めていたから許すが、可愛いリセを誑かしていたのならけちょんけちょんにしてやるところだ。


「ああ、ソラ、今日は午後から稽古があるから」

 リセまじ聖母と頷いていると、話を終えていたユマくんに声をかけられる。


「ほえ」

「僕の稽古だけど、ベンジャミン先生が時間を取ってくれるから今日はソラとララも来るようにって」

「……それは、今から脱走計画を立てろと」

「その場合、留学先に行くまでの間、ソラとは城では食事を共にしないよ」

「ぴえん」




同世界のシリーズで主人公をしていたエラとベンジャミン。そしてふたりの妹が登場です。

最初はジェゼロから書いていましたが、色々あって列車開始になったので、長かった。


二人の紆余曲折に興味がある方は https://ncode.syosetu.com/n0282fe/ 逃亡中をどうぞ!

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