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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
研究生 一年目

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14 夏季休暇

   十四   



 ユマの世話を焼く学生生活は慣れたものだ。今回通例と違うのは男が群がる点だろう。


 二年なんかに途中から入るのは元々医師をしているものがほとんどだったらしい中、若い自分が二年で、地元の有力者に目を付けられたので同じ教室の連中もほぼ遠巻きだった。まあ勉強には支障はないし、シュレットとアルトイールが世話を焼いてくれていたので不便もない。


 一学期も後半を過ぎ、学期末試験を前にした頃、似た質問を何度も受ける事になった。無論勉強についてではない。


「ユマさんは、本当にシュレット様の婚約者ではないのか?」

「地元に決まった人は?」

「彼女のご趣味は? 普段何をして時間を過ごしている」


 基本の質問は男の趣味とか決まった相手がいるのかとか、贈り物には何が喜ばれるかだ。


 シュレットとアルトイールが着いてきて一緒に下校することが多かった。まあ帰る先が一緒なので手間を考えると結果そうなるし、シュレットはユマを気に入っているので下心もあるだろう。傍目から見ると、シュレットの婚約者がともに過ごすためにここへ通っているように見えていたらしい。


 最近になって、ここに来るまで見知らぬ関係で特に何かあるわけでもないとわかると、勝手に色めく馬鹿が出てきたのだ。


 昔から、ユマが好きな女の子はどんなのかと聞かれていたので、ユマの好きな男はどんなのかと言われて苦笑いが漏れる。


「あいつの理想の男性像は、身長は俺よりいくらか上で、細身だけど実用的な筋肉。剣術に長けてて、頭もよくて場の空気を読めるうえに、美麗な顔立ちっすね」


 女の好みと違って、明確な一人が浮かぶ。因みに女の趣味は多分あれの母親に似た女の人だと思う。


「やっぱり、誰か好いている相手が……」

 今日の男子生徒は三年だった。あまりに具体的なのでがっくりと肩を落としている。

「そうすねー。ユマには敬愛してやまない相手がいますから」


 追い返して医療棟へ歩みを進める。今日は解剖実習で二年三年合同となったので他学年に捕まったのだ。先輩にあたる青年は打ちひしがれ別の生徒に慰められている。


 そんなやり取りをアルトイールが困った顔をしていた。

「いっそシュレット様を婚約者と偽った方が楽かもしれないね」

「はは……後々迷惑かかるって確定してることはなぁ」


 あいつがあんな恰好が引くほど似合うが本質はオスだ。万一相手が男でもいいとなったとしても、ユマは拒否一択だろう。


「その……ナゲルはユマさんのこと、好きなんじゃ……」

 控えめに問われるこの言葉もよくある質問だ。これはジェゼロでも度々聞かれた。


「こんだけ一緒にいりゃ、嫌いなわけないだろ」

 アルトイールがかあっと頬を染める。今は専攻が違うのでシュレットはいない。その方がこいつはよく喋る。


 ぱたぱたと手を振って追加事項を伝える。


「兄弟みたいなもんなんだよ。これで俺は一人っ子だから。色恋じゃなく兄弟愛だ」


 夫婦仲がいいので妹か弟ができても不思議はないが、兄弟はいない。よく下に兄弟がいると勘違いされるのは、ユマやソラ達を面倒見ているからだろう。まあ、学校の勉強はユマに面倒みられていた教科もあったか……。


「きょっ、兄弟とはいっても、血が繋がらないのだろ?」

「……お前も、シュレットとは昔から一緒だろ?」

「? ああ」

「シュレットに惚れてるか?」

「は? 仕えるべき相手で、そもそもそういう対処ではないだろう」


 訝しんで返されるが、まさにその心境だと返したい。


「俺にとっても、ユマは心配なお……兄弟みたいなもんで、惚れた腫れたの対象じゃないんだよ」


 わかったか? と言っても納得されないのが常だ。男のユマと一緒にいても女子から似たことを聞かれていたのだ。女の姿しか知らない連中からしたら、俺がユマを異性として好きでないのはありえないのだ。そして片思いという設定だ。兄弟愛では相思相愛だというのに。


「ほれ、無駄話に付き合って時間ないぞ」


 解剖実習はヒスラの街の中や近郊の村で亡くなった遺体や、近くの収容所で獄中死したものが基本だ。善意の解剖検体は謝礼が払われることで一定数が確保できているが、獄中での処刑と違いいつどんな検体がくるかわからない。長期間保存もできないので授業が急に変わることがあった。


 医術科は座学を主とした研究校の棟以外に、研究所内の実際の医療を行う医療棟での実習がある。解剖や実際の手術は医療棟で行われている。


 その近くで見慣れない集団がいた。


「あ、ナゲル」

 気安く声をかけて近寄ってくる。周りの高尚そうな一行はユマの学友だろう。医術科と毛色が全く違う。


 さっきの三年や、他の生徒からの視線が痛い。


「こんなとこで写生か?」

 画板や画材道具を持っているのを見て嫌な予感がする。


「これから解剖実習の見学をさせてもらうんですよ」

「お前が原因か」

「失礼な。私は人物画を描くために見学したことがあるとお話ししただけです。ヴェヘスト教授も昔はそういう事もしていたと仰られていたので、今回見学依頼を出して承認されたから来たんですよ」


 人目があるので可愛らしく喋る内容にげんなりする。


「お前はともかく、何人か倒れるんじゃないか?」

「そこは、ほら……自己責任で」

 目を逸らしい小さくユマが返す。発案した本人も通るとは思っていなかったのだろう。


 聞き耳を立てて不自然に近づいてきていた生徒から他の生徒へユマが参加するらしいと言う話が伝わっていく。今日は妙にやる気を出して馬鹿な失敗をするのが続出するだろう。


「君がユマ殿の御友人の」

 ユマの一行は今後起きるだろう悲劇を感じさせない楽し気な雰囲気でやってくる。


「ナゲル・ハザキといいます。皆さんのおかげでユマが楽しく過ごしていると聞いています。遅くなってしまいましたが、改めてお礼を言わせてください」


 全員ではないらしく六人と挨拶する。権力と金の匂いがじわりと漂ってくるような面々とユマは親し気だ。面の皮が厚いというか。鈍いというか。


 一人から、いい筋肉をしているから今度裸体をかかして欲しいと真顔で頼まれる。ユマの学友らしく、変人ばかりなのか、それはいいと勝手に盛り上がるが、丁重且つはっきりと却下しておいた。


 何人か倒れると予想した写生組だが、一人がそうそうに運び出された以外は、終わりまで耐えていた。死にそうな顔で必死に書き留めていたり、逆に興味津々で質問攻めの生徒もいて、医学科の生徒はかなり引いていた。


 注目の的のユマは、集中してもくもくと筆を走らせて周りを困惑させていた。倒れたのを助けられると思った馬鹿もいるだろうが、ユマからは切り口が甘いなどと小さく罵られ半泣きになる医術科の生徒が続出していた。




「……一か月?」


 ニコルからまた表情が抜け落ちた。


「夏季休暇の間、国に帰るから、それくらいの期間は、ここには来られません。先に生活費は渡しておきます。何かあればメリバル邸に連絡を入れるようにしてください」


「……あの、ユマ様は、帰ってきますか?」


 無理やりの作り笑顔で問われる。勿論と答える前にトーヤが一歩前に出た。


「ユマ様、その期間の間、ゾディラットにニコルの教育を仕事として頼むことを許可いただけないでしょうか?」

「……教育?」


「はぁ!? 何を言い出すんだっ」

 ゾディラットも聞いていなかったのか、動揺している。


「はい。ニコルは高い能力を複数持っています。ですが、今後ユマ様の許に置くには所作があまりにも子供じみています。このままではまともな職にもつけないでしょう」


 ほぼ教会は整えてしまったのでニコルがいなくてもトーヤだけで事足りるのだろう。何かすることを与えないとならないのはわかる。このまま教会を整えるだけだと立派過ぎる庭園ができてしまいそうだ。


「俺はそんなことしないからな」

 少し離れた場所にいるゾディラットは納得していないようだ。将来を考えれば、ニコルは話し方含め、色々学ばせた方がいいことはわかる。


「少し失礼します」


 すっと頭を下げると、トーヤがゾディラットの首根っこを文字通りに掴んで奥の扉へ引きずっていく。大人と大して変わらないゾディラットを軽々と連れ去るのを見て、改めて前職は何だったのだろうと考えてしまう。


「ユマ様は、僕がちゃんとしたら、一緒にいさせてくれますか」

 懇願するような言葉に困る。できれば手に職を付けるなりまともな雇い先を紹介したいのだ。


「ニコルは、どうして私に尽くそうとするのですか?」


 結果としては救ったことになるのかもしれない。ニコルは最初に消えるのではないかと思ったが、固執されている。


「……ユマ様は、ペロを殺せと命令しないです。僕は、ユマ様に喜んでもらえるなら何でもします。ユマ様がして欲しい……喜ぶ命令をしてください」


 匂い探索は躾ほど上手く進んでいないと聞いたが、それでもニコルは癇癪を起すことなくとても辛抱強く対応していると言う。それに、犬をとても可愛がっている。それを殺す以外なら本当に喜んでやりそうで怖い。


「どうして、動物……犬が好きなんですか?」

「? だって、嫌な時は噛みついたり引っかいたりするし、お腹が空いたら食べようとするけど、動物は絶対に、嫌な事を命令してこないです。それに、温かくて、傍にいてくれる、です」


 彼にとっては、人と違って動物は対等な存在なのだろう。


「ユマ様の役に立ちます。だから、捨てないで」


 笑顔に絶望が見えると言うのは、なんとも不思議なものだ。捨てられた子犬だってもうすこしマシな鳴き方をするだろう。


 捨てたりしないと言うのはとても簡単だ。だが、実行できるかは別だ。


 議会院が許可しないとジェゼロへ移住はできない。仕事も、僕の命令を聞くでは成り立たない。


 結果、明確な言葉を避けてしまう。

「問題が起きない限り、後期学科までには帰ってきます。だから、喋り方から頑張りましょうか」


「……絶対ですか? ちゃんと、帰ってきますか?」

「私は神様ではないから、絶対かはわからないけれど、自分の意志でここに帰ってこないことだけはないですよ」


 道中の列車で問題が起きないかなど僕ではわからないし、ソラの妨害も否定できない。


 ニコルとの問答をしている間にトーヤたちが戻ってくる。


「私の所作や言葉遣いはニコルには向かないでしょう。彼は育ちがいいのか作法は一通りできます」

「給料はもらいますから」


 ぶすっとふてくされているととても育ちがよさそうではないが、ここを纏めているのはトーヤだ。その判断を尊重しよう。





「一時帰国ですか」


 内勤の同僚がいなくなることに眉を顰める。


 最初ユマ・ハウスを使う事は悩んだが、今ではとても使い勝手よく働いてくれていた。


 冬は研究校が休みで、研究所に籠ってしまう馬鹿が多いとは聞いていた。夏は帰らない生徒が半数ほど、補習などで残る生徒も多いが、ユマもナゲルも問題なく授業を終えているので残る必要はない。


「道中もあるので休み一杯のひと月ほどになる予定です。その……早く戻れそうなら、少し余裕をもって早めに帰れるように、とは考えていますが、いかんせん自分では決められない部分があるので」


 仕事の山を見て同情された。


「いえ、ゆっくりしてきてください。私は、いつ所長が戻られてもいいようにこちらに残ります。御尊顔を一度も拝見しないままこのような役目を与えてくださった方ですから」

「……まあ、心中お察しします。出発まではお手伝いしますから」


 結局所長は一度も研究所に戻ってこなかった。せめて、所長代理を替えるか、ユマのような手伝いを常勤で入れて欲しい。いや、それは高望みだ、一日かけてユマの仕事量ができるだけでいい。


「ありがとうございます。手伝いの給料ですが、出発前に一度まとめて払いましょうか」

 年に何人かは夏の終わりにも戻ってこない者が出る。ユマにはそうなって欲しくないが、ここまで働いてもらって、無給というわけにはいかない。


「そうですね。キリの言い分を頂きましょうか。妹に土産を買わなくてはなりませんし」

「下に兄弟が?」


 何となく一人っ子のような気がしていたが、そうではなかったらしい。


「ええ。神に愛された妹達が」

 困ったような表情を神の寵愛を受けた顔でする。


「ユマさんの妹ならばとても可愛らしいんでしょうね」

「……そうですね。可愛いことには可愛いです」


 なんとも言葉を濁されてあまり聞かない方がいいのだろうと話題を変えることにした。


「ルールー一族の嫌がらせはひとまず止んでいると思うのですが、他にも嫌がらせをするものがいるようですね」

「ああ、とても小さい器量の方ばかりですし、学友が助けてくれるので最近はほとんどありませんよ」


 三人のみすぼらしい恰好を見たうえで直接手を出す馬鹿は出ていないようだ。アゴンタ・ルールーは命じておきながら助ける事をしなかったのも要因だろう。


 本人は気にしていないようだが、研究校としてはリンドウ様の推薦入学のユマに何かあると困る。あの働かない所長代理自らが動いたのもユマだったからだろう。


「放っておけるメンタル……精神をお持ちでしたらそれでいいのですが。ああいうのは汚れた雪のようなもの。知らぬ間に積もって潰されることがありますから、必要でしたら相談してください。私は使える人間をこれ見よがしに贔屓しますから」


 人間は仕事のできる者、仕事ができない者、居るだけで仕事の効率を悪化させる者の三種類しかいない。ある意味で仕事ができない者よりも仕事ができても居るだけで邪魔な者の方が厄介だ。それが余程の天才でない限り捨ててしまったほうがいい。そうしなければ、仕事ができる者が潰されてしまうのだ。


「ふふ、有能なエルトナに評価いただけて嬉しい限りです。ここで働くのがひと段落したら、私が引き抜きたいくらいですから」


 実家がどこで何をしているのかはあえて聞いていないし調べていない。知ってもいいことはないだろう。知らなくて困ることはよくあるが、知って困るようなことは、無知よりも恐ろしいことである。


「私を引き抜くのは少し難しいでしょうが、職場環境がいいならばお願いしたいくらいですね」

「? 無理なのですか」

「命令でここには来ているので」


 言葉を濁して置く。帝王命で来ている以上逃げることはできない。


 ひと月屋敷を空けるならばと、別の疑問を聞いて置く。


「それで、買った人たちはその間どうするんですか?」


 農場などでは非公式の農奴がいる。彼らは単純労働で読み書きもできない者たちがほとんどだ。そういう者はあの競売にすら上がれない。ユマが買ったのは何らかの特典がついている。それをあっさり解放してしまったが、全員まだどこにも行っていないそうだ。ネイルに村の廃教会を確認してもらったが、少年と大人の男がせっせと働いて、まるで貴族の別荘のように美しく整えていたと聞いている。村人との関係も良好で、問題はないようだ。メリバル邸にいる女性のうち成人している方は買い出しなども任されるようになったようで、たまに街に出ている。身なりにも問題なく扱いが厳しいと言うことはなさそうだとヒスラの女神教会に寝に戻った時に話を聞いていた。


「……みんな元気ですが……凄くぼ……私に固執する子がいて。努力を惜しまず、なんというか、色恋なんて可愛いものじゃない愛を求められているようで、どうすればいいか、少し悩んでいます」

「餌をやった野良犬がずっとついてきて困っているような顔ですね」

「いやはや、まさにそんな心境です」


 その顔ならば、全てを捧げてでもと寄ってくる男は居そうなものだ。ある程度あしらう事はできるユマが困っていると言うのは相当に重いのだろう。


 見た目で苦労する経験は理解できたが、見た目でなく固執されて困っているようだ。


「負い切れないなら、はっきりと切り捨てるのも必要です。いい人ぶって他人の人生を背負い込む義務なんてありません。それで罪悪感を抱いてしまう程度に思い入れがあるなら、諦めて背負い込んだ方が案外楽かもしれませんよ。荷物も、持ち方ひとつで疲労が変わりますから」


「……ぅう。そうですね……」

 諦めの方を既に選んでいるのか、肩を落とした。


「与えるだけの良い人は、他人の都合の良い人でしかありませんよ」


 上手く利を得つつ与える慈悲ならばいいが、誰彼構わない慈悲は自分を殺す。


「むしろ、一粒の飴をもらうためなら、火にも飛び込みそうで……そんなことさせないように首に縄付けておかなきゃいけない感じです」

 むしろ、全力で都合のいい存在になりたがっているのか。


「まあ、頑張ってください」




時間契約者を買ってしまった以外、平凡に授業を受けて真面目な学生生活を過ごしていたという感想のユマ。

なんだかんだで周りは苦労を掛けられています。

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