129 エルトナと僕の関係
客室は既に準備がされていた。
ジェゼロ国内の治安はいいが、事件が全くない訳ではない。何だかんだでエルトナは女神教会の司教を養父に持っているので、大学までの道中に何かあっては事だ。
僕が考えなく馬に同乗させてしまったので、今拘束している女子以外に危険があるかもしれない。
「今日は、色々と忙しくさせてしまって……大丈夫ですか?」
部屋に案内してから、問いかける。
部屋と言っても、ヒスラの街の屋敷に用意した部屋よりも格段に小さい。
ジェゼロ城は狭いので、客室は寝台と机がある程度のとても質素なのだ。
「……その、少し話をする時間はありますか?」
僕の方が背が高いから、自然と上目遣いになったエルトナが問う。
薬の作用か、僕を忘れたというエルトナは、以前の中性的か男性よりの雰囲気が減って女の子っぽさがある。
「なんですか?」
トーヤ達三人の時と違って、母はベンジャミン先生まで排して二人きりでエルトナと話をしていた。それは彼女が持っていた他人の……彼女の先祖の記憶に関係しての事だろう。
深く聞いていいのだろうかと、少し悩みながら後ろでドアを閉めた。
正直に言って、エルトナの状態は僕には理解ができない。妙な体質であるという点では僕も似たようなものだが、種類が違う。
勉強していないのに、知識がある。体験したことがないのに知っている。それは本を読むのに近いのだろうか……。
「その……違っていたら、大変に恥ずかしいのと、不快にさせるかもしれませんが……、私とユマさんは……もしかして、恋仲だったのでしょうか」
「…………」
うちの母は、王としては尊敬しているが、母親としては色々と足りないところが多い人だ。エルトナの言葉を聞いて、ぐっと目を瞑ってそんなことを冷静に考えていた。
「私のような、ちんちくりんとはつり合いが取れないので、ないとは思っていますが……。私から好意を示していたのかもしれませんし。その、どういった関係だったのでしょうか」
目を開けて見下ろすと、エルトナは子供のような不安そうな顔をしていた。
案外と普通に接してくれるから、深く考えないようにしていたけれど、エルトナの中には僕の存在が消えてしまっている。だけど、生活の中に僕の位置がぽっかりといなくなってしまったのは自覚があるらしい。
ふと、悪魔が囁いた。
恋人だったと言ったら……エルトナは僕の事をそう認識するのだろうか、と。
「…………」
「すみません。万が一にそうだったらと」
言葉を必死に飲み下していたら、エルトナがそっと視線を逸らした。
「あの……」
再び見上げられた目から、つい視線を逸らしてしまう。
「エルトナが僕をどう思ってくれていたのかはわかりません。ただ……僕はエルトナに対して、友人以上の気持ちもありました。……僕の事は忘れてしまったのは、仕方ありません。知らない相手から、好意を抱かれるのは不快かと思いますが………また、友達になってくれれば、嬉しいです」
自覚はしていた。
異性は怖い存在になってしまって、怖くはない女性は僕をちゃんと個人で見た上で、配慮してくれる人ばかりだった。僕もその人たちを恋愛対象とは見ていなかった。
エルトナに対しては、そもそも長い間同性だと思って接していた。
だから、女の子だと知ってから、とても動揺して、意識して、もしかしたらと思うようになって……いつからか。確実に、好意を向けるようになっていた。
異性として好意を向けられるのは恐ろしく、煩わしいものだった。だから、エルトナにそう思われるのが怖かった。
それでも、忘れられたとしても、思い出すか新しい関係を築けるように……一人の男として見られたいと、成人も決めてしまった。
「………」
エルトナが困ったような顔をしている。
知らない男に、それも平時は女装をしないとまともに外も歩けないような男に言われても困るだろう。
「その、ユマさんは……実は視力が凄く悪いとか、何か、変わったフェチズムをお持ちだとかですか?」
困った顔から困惑したような顔に変わっている。何か変な誤解をされているようだ。
「目は悪くないです。まあ……女装はしていますが、色々と事情があっての事です」
いや、女装に関しては、美しく仕上がっているのを鏡で見るのは好きだし、周囲からそう思われることは決して嫌いではないが……。
「では……女神教会への牽制ないし取り込み。もしくは……私が持つ知識などが目的でしょうか」
「正直、あまり女神教会とは係わりたくないです。知識に関しては、感心しますし、独自の考え方にも好感が持てます。ルールー統治区の治世への助言は大変に助かりました。そういう世話を焼いてくださったり、そういう時間を共有したから好意を抱いていったと言われれば、否定はしません」
好きになった理由を淡々と答えている。これはどういう状況だろうか。
「…………ユマさんは、変わったご趣味なんですね」
あまり伝わっていないようだが、まあ、意図は理解してくれたようだ。
「困らせるつもりはありません。色々と厄介な立場であることは、僕自身理解しています」
僕と結婚してもお姫様にはなれない。エルトナはそんなバカみたいな事は考えないだろうが、彼女の立場……養父との関係を考えれば、あまりにも重い肩書だ。それこそ、僕を好いていなくても、そうだと言わなければならない状況になってしまうかもしれない。女神教会に神子の子を取り込むためなら、女神教会は何でもしそうだ。
「………忘れてしまって、すみません」
「仕方ないことです」
エルトナが決めた結果、失ったものが僕との記憶だけならば安いことだ。
エルトナは、治療の前に男の姿ならば間違えて好きにならないと言っていた。二つ目の記憶で僕に好意的だったと。少なくとも、エルトナは僕に対して好意的だった。男女のそれでなかったとしても。
僕の事を忘れるまえに、僕の事をどう思っていたのか、ちゃんと聞いておけばよかった。
「今日は、疲れたでしょうから、ゆっくり休んでください。朝に、迎えに来ますから」
「……はい」
「おやすみなさい」
客室を出て、そっと扉を閉ざした。
現実に戻ったように見慣れた廊下と、そこに飾られた僕の絵が目に入る。
赤い可憐な花を描いた小さな絵画だ。
あの時、どうしてこの花を選んだのかは覚えていない。だけど、とても綺麗だと思ったのだ。
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