128 子どもの友達との夕食会 3
「うむ。こちらからは以上だが、何かあるか?」
ジェゼロ王と正式に会える外国人はかなり少ない。質問されてばかりでは楽しくないだろう。
「その失礼ですが……ユマ様の、姉ではなく母君なのですか?」
「歳を喰っても童顔だと言われるが、ちゃんと三人とも腹を痛めて産んでいるぞ?」
「とても若くあらせられるので驚きました」
天然さんなのだろうか。単に王様としての威厳が足りないのだろうか。前のユマの部下三人には一回会っているのに、道場では認識されなかったし。
「やはり、ジェゼロ王の血はFKシリーズの末裔なのですね」
さらりと妙なことを言う。
「ほう……どこまで知っている」
「ロミアが研究していた女系の血族で……ユマさんの怪我が非常識なほど治りが速かったことと、陛下がとても若く見える特徴から推察しました」
「そうか」
ロミアがそんなことを言っていたか。いや、血が特殊なのは知っていたがFKシリーズという名称は初めて聞いた気がする。
ロミアが開示する情報は多くない。都合の悪い事は言わなくても不思議がない。
ふと、一年前の秋に行われる儀式のことを思い出した。
神子として神域へ行き、神と対話する日。その日は神だけでは開けられない場所が開く日。
神との契約で、神子は墓ではなくその神域に祀られる。
ロミアはそこへ入ると、調べたいことがあると私をその場から退席させた。
ジェゼロ王の血は普通とは違う。一般的な人間から考えれば、夢のようなものだ。まさに、神が選んだと言えるような奇跡のような部分が確かにある。だが、私たちは全てを知らされているわけではない。
「他には何を知っている?」
「病にはかかりにくく毒にも耐性がつく。けれど、いくつかの不調が起きることと、長生きか短命かの二つに分けられることが多いと聞いています」
ジェゼロ王は長生きしないことが多い。だが、オオガミのように年をとっても若々しく元気なものも確かにいる。
「癌というか、細胞増殖で内臓機能に損傷がでることがあるため、定期的な検査が必須であること。また、普通の交配では特異性が薄くなることがあるので定期的に人為的な調整が好ましいと。私が知っているのは、FKシリーズの特徴が普通の人への転用が可能かの研究だけですので、ほんのさわりだけです」
「……そうか。転用は可能だったか?」
「そう言った調整体を作れば可能ですが、受精卵を作るときの段階での話ですから、普通の人には利用できないと。ただ、いくつかの副産物ができていたはずです。私自身が研究をしていたわけではないので詳しくは」
私が知っているよりもジェゼロの異常さを彼女はよく知っているようだ。
「では、例えば、内臓機能が低下して、死亡したものを、蘇生させるような実験はしていなかったか?」
「………完全に死んでいるのであれば、いくらあのシリーズとはいえ不可能です。むしろ、完全に死ぬことができるように、土葬を禁じ、火葬でのみの埋葬と決められていました」
頭が随分と良さそうなので、既に私の方が知識はないと理解していそうだがそう答えてくれた。
「そうか。随分深くまで知っているようだが、今後シリーズ名はもちろん、特徴なども人に話すことを禁じさせてもらう。口外したと耳にした場合、相応の対処は覚悟して欲しい」
レッドルの記憶というだけならばまだしも、もう一人、ピンクラルというものの記憶の方が余程現代には危険だ。
ロミアが治療したということは、殺す必要はないということだし、こんな理由で殺生はしたくない。
「それと……あまり子供たちを妙な目では見ないでやってくれ」
「旧人類の負の遺産と言う意味では、私も同様です。ユマは奇異の目で見るのではなく、忘れてしまった今もずっと心配してくれていますから……あだで返すようなことは致しません」
うむ、ユマが惚れるくらいだから、余程いい子なのだろう。
帝王命で仕事をしているくらいだから、恐らく帝王はこの子の特異性も知っている。ジェゼロに害があると考えれば私が手を下すまでもなく帝王が対処しているだろう。
「強制はせぬが、子供たちとはこれからも仲良くしてやってくれ。友人である以上、悪意を持って害せぬ限り不敬でも咎めることはないから安心していい」
「はい。ご配慮ありがとうございます」
立ち上がり、どうせ外でドアを守っているだろうベンジャミンの許へ行く。内からノックをするとドアが開いた。
「ベンジャミン、話は終わった。エルトナ殿を……そうだな、もう遅いからこのまま城に泊まってもらうといい。ユマ、案内を」
廊下にはユマも待っていたので声をかける。
「本日はありがとうございました。陛下の寛大さに感謝を」
退出前にエルトナが深々と頭を下げる。
後はユマに任せて、ベンジャミンと三階の自室へ戻った。執務室の長椅子にへたり込む。
「いかがされました?」
「ちょっとな」
流石にベンジャミンにも相談できない案件だ。
それに、これはただの妄想だ。妄想で終わるかは秋にある儀式でわかるだろう。
母である十三代目ジェゼロ王は病でお隠れになった。
私がそこを訪れたのはユマを産んだ後だった。
地下の聖域には、今ではちょっとした裏技を使えばいつでも入れるが、歴代のジェゼロ王を祀る場所は儀式の日にしか開かない。
そこには、朽ちることなく特殊な薬剤で管理されたジェゼロ王たちがいた。母もその中の一つに入っていた。
母が隠れた時、彼女はまだ死んでいなかった。間違いなく、死を目前にしていたが、死んではいなかったのだ。
完全に死んでいれば助けられないが、死んでいなければ助かるのではないのだろうか。そんな事が頭に浮かぶ。
無論、妄想だ。そもそもなぜとも思う。治療だけならば療養と言う形を取る方がいい。隠れたと、死んだと言われれば、治療が成功しても戻れない。
「いや、まさかな」
母は死んだ。そうあるものが生きていればと考えるのは人の業だ。
だが、もし生きていたら、孫たちを見てどんな反応をするだろう。私を相手にするように引き攣った顔をしていただろうか。
十三代目ジェゼロ王、サウラ・ジェゼロは豪胆で破天荒で毒草好きだった。他の者が評するサウラ・ジェゼロと、私の知る母はまるで別人だ。
私の前では口数も少なく、毒に慣らすための授業くらいしかまともに話した記憶もない。叱られることもなかった。私に興味がないのだと思っていた。
ベンジャミンが言うには、裏では随分と褒めてくれていたとのことだが、やつは私に気を使うのでどこまで信じられるか微妙だ。だから、娘である私をどう思っていたのかちゃんと聞いてみたいとは思ってしまう。母親になっても、親の評価や愛と言うものは、気にかかるものだ。
良くも悪くも人は死ぬ。会えなくなった者に会いたいと思うのは仕方ない。だが、もし、万に一つこの異常な血は死すら遠ざけるというなら……、何よりも私以上にサウラ・ジェゼロを欲するものがいる。
「ベンジャミン」
「なんですか?」
夜なので執務室のドアは閉めている。ノックなしに入ってくるものはいない。
長椅子に転がったまま両手を広げた。
「大変怖い想像をしてしまったから、慰めろ」
「……何かあの者に問題が?」
長椅子の近くに膝をついて、抱きしめ返してくれる。ここでそうだと言ったらユマのいい人でも処理してしまいそうで怖い。いや……流石にできないか。ユマに嫌われたらベンジャミンが病む。
「あれは中々有益だ。だがこちらに取り込めば帝国が流石に黙っていまい。それに、ユマが見つけた獲物を母が奪うのはよろしくないだろう」
「いいんですか。ユマ様が成人したら、帝王はこちらに配慮せず取り込むのではありませんか?」
私はエルトナの話をしたが、ベンジャミンはユマの話を始めた。
「経験から、好いたものを守るためなら、帝王の傘下に入るのも厭わないでしょう」
ああ、話が繋がった。
「だが止めないだろう」
「ユマ様の敵には回りたくありませんから」
可笑しいな、怖い想像してしまったので慰めてもらうはずがベンジャミンを慰める立場になっている。まあいいか。甘えてこられたら甘やかしてやろう。
「よしよし。子離れができて偉いぞー」
まだ二人残っているとはいえ、ユマは第一子で、それはもう可愛がって育てていた。ソラもララも可愛くて仕方ないが、稽古とか男の子だからこそできる戯れもあったろう。
これは国を出た後もしばらく慰めてやらんといかんな。まあ、自分の男が弱っている姿と言うのも、中々乙なものがあるから構わない。
この少し下にある☆☆☆☆☆をぽちっと押してもらえると大変喜びます。
もちろん数は面白かった度合いで問題ありません!
ついでにイイねボタンやブックマークをしてもらえると、さらに喜びます。とても喜びます。