122 双葉のお店
情けない。
女装しているのに、危なかった。
「やっぱまだダメか」
「正直に言って……ジェゼロから出してくれた母には感謝するよ。まあ、余計にジェゼロ国内の女性が怖くなってるけど」
馬だったら走って逃げただろう。
ナゲルが馬を近くに繋いで、本屋のそばにある双葉の店で待ってると言っていた。あえて指文字で伝えたのはその後の僕の予定を他に聞かせないためだ。
もっとも、僕がここらにいたら双葉の店に寄る可能性は高い。待ち伏せするならこの路地は最適だったろう。
「はぁ、エルトナにカッコ悪いところを見せてしまった」
「はいはい。でも、あれだな、エルトナに手ぇ握られてたけど、死ななかったな」
言われて思い出す。震える手を心配そうにエルトナが握った時、一瞬血の気が引いた。けど、相手はエルトナで心配されていて、恐怖はあったのに、恥ずかしさが混ざった。
「情けないなぁ」
双葉の二人はやはり大丈夫だ。そして薄々事情を察知してくれている。僕が来る予定があれば、ほかの客を返すことすらある。ナゲルが先にこっちへ来たのも、そういう配慮のためでもあった。
少しして、落ち着いてから左右の二人に拉致されたエルトナを助けに行くことにした。左右の二人は、とてもいい人だし信頼しているが、新しいおもちゃには目敏い。
ノックをして、返事を待つ。服を剥いている最中だったら困るし後ろにナゲルがいるから勝手に開けずに返事を待つ。
「どうぞ、ユマ様」
「お入りください」
「えっ、ちょっと待って」
なんだか噛み合わない声が最後に聞こえたが、僕が開けるまでもなく内側からドアが開く。
予想通り遊ばれていたエルトナが、真っ赤な顔でこっちを見ている。別にあられもない状態でもない。普通に可愛らしい服を着ているだけだ。そう言えば、スカートを穿いているエルトナを見るのは初めてだ。
「可愛いですね」
エルトナはいつも地味な恰好をしている。化粧もしていないだけでなく、髪の毛も碌に梳かないからあまり髪質もよくないが、磨き上げれば、可愛らしくなると思っていた。
「スカートは、これでいいですが、上の服は、ここにフリルをつけて、可愛くしてもいいと思います。髪と同じ朱を刺し色に使いたいですね」
「ふふ、実はこちらの服は前よりも後ろが可愛いんです。ほら、これです」
右のなすままに回らされ、エルトナの背中側が見える。大きなリボンが一つ。肩甲骨のあたりにある。
「流石ですね。それだとあえて前は薄味にしておくべきですね」
「そうでしょう。エルトナ様には、前面に押し出した可愛らしさよりも、こちらの方が合うでしょう?」
「解釈が素晴らしい」
そうか、ジェゼロを出て成人したら、二人に服を頼めないのか……。
ソラが言っていたことを思い出す。
「……右さん、左さん、少しお話したいことがあります」
真面目な顔をしたので、燥いでいた二人もすっと顔を引き締めた。
「直ぐにではないのですが、僕に付いてきてはくれませんか?」
「……」
二人が驚いた顔をしている。エルトナも目を見開いてこちらを見ていた。そう言えば、エルトナにも成人する事は伝えてなかったか。
「まだ細かく詰めていないのですが、王族の地位から降り、自身で生計を立てたいと考えています。これは、僕の我が儘ですが……お二人が手伝ってくださればと……もちろん、命令などではなく、ただのお誘いです」
左右の二人が同じ表情で顔を見合わせた。実は結構性格と趣向が違うが、こういう時は本当にそっくりだ。
ふふっと二人が少女のような笑みを浮かべた。
「覚えていらっしゃいますか? ユマ様が初めてうちの店に来られた時、怒っていらっしゃったのを」
「ユマ様は、なんでもっとかわいい服を母に作ってくれないんだって」
二人して思い出を笑い合っている。何ともバツが悪い。
「最初は、失礼な子供だと思ったんですよ。王族の品格から、使える布は限られていますし、私どもの産まれたナサナとジェゼロでは文化も違います」
「それでもエラ様のお子様ですから、適当にお話しして帰ってもらおうと思ったら、私たちよりも余程エラ様に似合う服の構想をお持ちでした」
「うう、あの時は失礼しました。母がそもそもかわいい恰好をしないのを二人のせいにして……」
無邪気と言うよりは無知な子供だった。あの後から、二人に被服について色々と習った。
「王室から依頼を受けている身ですから、直ぐに移動はできませんが、前向きに検討いたします」
「エラ様への御恩もございます。直ぐにお返事はできませんが、ユマ様が必要としてくれるならば、何らかの形でお手伝いをしたいと存じます」
言ってから、子供が将来お店を開いたら雇ってあげると言っているような無計画さに急に恥ずかしくなった。
そもそも、二人にはジェゼロでの仕事がある。
「う、すみません。もしかしたら、二人ともう服が作れないかもしれないと思ったら、つい」
「いいえ、誘っていただけて嬉しいです」
「私たちもユマ様の服を他のお店に任せるのは嫌ですから」
和やかな雰囲気になっている間にエルトナがそっと着替えに行こうとするのを、二人が見もせずに肩を掴んで止めた。
「さて、新しいお仕事の依頼も頂きましたし、こちらの服を仕上げましょうか」
「すみませんが、高級店の服を買うほどのお金は持ち合わせておりません」
エルトナはさっきの本屋で結構散財していた。本は高いので、双葉の服を買えないと言われれば納得する。
「ユマ様にはいつもお世話になっておりますから」
「印象が変わるので、ユマ様、軽くお化粧をお願いしてもよろしいですか?」
二人が気にせず、ずいずいと進めていく。エルトナが眉尻を下げて困っている。それはそれで困り顔の子犬のようで可愛い。
「そう言えば、ソラからは僕が化粧品も売ったら売れるとか言ってましたね」
「まあ! それは素敵ですね」
「わたくしたち、被服以外の美容についても一通り教育を受けていますからお役に立てると思いますわ」
嬉しそうに笑い合いながらも、一人がエルトナをがっちりと留め、もう一人が化粧道具を持ってくる。二人の商売道具なのでベンジャミン先生が言っていたような毒性の心配はないだろう。
エルトナという尊い犠牲でユマが元気になった。
どこまで本気かは知らないが、ジェゼロ以外でも双葉の店が展開されそうだが、ユマに店のノウハウはない。これから色々計画を立てていくことになるのだろう。
「うう……悪徳商法にひっかかったようです」
化粧までされて弄ばれたエルトナがぐったりしている。
エルトナの大きさの服がよくあったなと思ったが、ニコル用に作っていたらしい。そう言えばニコルとエルトナの背格好は似ている。ここで、ニコルは男だぞというツッコミ役はいない。潜入などをさせる可能性があるため、女装というのも手駒の一つとしては悪くない。ユマが命じれば男の威厳などなくニコルは普通に女装するだろう。
「まあっ! やっぱりユマ様の技術は素晴らしいですわ。これなら、確実に売れます」
「雇っているお針子さんで、なんとかお店を切り盛りできるでしょうか」
二人もやる気になっている。
ユマが王様の子供だからと言う理由で言われるままに服を作っていた訳ではない。二人もなんだかんだで楽しんでいた。
「三人とも、そろそろエルトナを解放してやったらどうだ?」
流石に見かねて言う。
「化粧、落としてきていいですか」
「……嫌でしたか?」
エルトナがげんなりしていると、ユマがとても悲しそうな顔をした。これまでエルトナがユマの顔面凶器でたじろぐ姿は見たことがなかったが、記憶障害の後遺症か、うっと困った顔をした。
「嫌と言うよりは、苦手と言うか、私が女性らしくしても似合わないでしょう」
エルトナは女を捨てているというか、性別に特にこだわりがないように思っていたが、実は可愛い恰好にも興味があったのか。
「エルトナ様、似合うことも大事ですが、何よりも大事なのは着たいかどうかです」
「似合わないのを言い訳にして、学ばないのはいけません」
双葉の二人が熱っぽく語る。
「とても可愛らしいですよ。あ、鏡がそっちにあるので見てください」
ユマはエルトナが女っぽくないから大丈夫なのかとも思ったが、今の恰好はユマの化粧もあって普通にそこそこ可愛い女の子だ。その近くにいても特に発作は起きていない。いたって楽しそうだ。
「………」
鏡を見て確かに可愛くなっているから感動するかと思ったが、エルトナはとても嫌そうな顔をした。
「普通です。化粧を落として、着替えてもいいですか」
恥じらうでもなく、とても淡々とした物言いに流石に三人が燥ぐのを止めた。
奥の更衣室へ入っていくのを誰も止めない程度に場が凍っている。
「ユマ様、すみません……遊び過ぎてしまいました」
「いえ……僕もつい興が乗ってしまいましたから……」
まあ、ユマと並べばある程度の美人も見劣りする。横に並んで鏡の前に立つのは嫌がらせだろう。
「ユマ、この後どうする」
「ああ、一応、湖の方に行こうと思ってる」
「じゃあ馬持ってくるか」
左が施錠していた出入口の鍵を開けてくれた。
外に出ると直ぐに五人の女子に囲まれる。
「なんだ、ナゲルじゃん」
「ユマ様帰ってるんでしょ!」
などと口々に話し出す。左右が言っていた待ち伏せしていた女子二人も混ざっている。
「ユマ様に何の用だ」
「何って……ちょっとお会いしたいなって」
「あんたみたいにむさいのじゃなくて、ユマ様のあのご尊顔を拝みに来たのよ」
「ユマ様もきっと私に会いたいはず。あんなに顔を赤くしてたし!」
いや、前からこういうのはちょいちょいあったのだ。
去年は一人から手を掴まれて倒れたが、一年間もジェゼロを離れていた弊害だろう。流石に留学の話も知られているだろうから、この機会にとやってきた数が多い。
留学以前ももちろんあったが、基本はオーパーツ大学の行き帰りとちょっとした買い物での外出くらいだ。それでもそこまで珍しいものではないし、王族への不敬は大人がいい顔をしない。だが、供給が閉ざされての暴走か。
戻ってから注意はしていたが、女好きならまだしも女性恐怖症のユマには地獄だ。
「……これ以上ユマ様に付きまとう場合、議会院へ報告する。散れ」
あえて高圧的な声で命じる。その権限は与えられている。
「お前達の雇先や親からどういう評価がされるかよく考えろ」
あからさまに舌打ちをするものもいる中で、散っていく。それが掃けてから、ユマと同級生の男子が二人こちらの路地へ入ってきた。
「ナゲル。道は見張っとく」
親衛隊もとい元ユマの友達が配置についた。
彼らの正式人数は知らないが昔認識しただけでも十人はいた、正式に治安維持隊として登録している。俺や街警護などの指示なく手は出さない。ユマが困ったりこういう状況になった時、俺の体一つでは警護できない時にやってくる。
毎回いるわけではないが、街で見かけたらそっと守られるのだ。多分抜け駆けか何かをしたら他の親衛隊から物理的か精神的に血祭りにあげられるだろうから、彼らはユマには無害だ。
やつらも一年ユマがいなかったからか、ユマと出歩くたびに気配を感じていた。
とりあえず馬を取りに行って、ユマを迎えに行く。
ユマは変なところ鋭いが、こういうのには全くもって鈍い。
ジョセフコット研究所では男連中で似た事が起きかけた。悪い方、つまりは規則がない女子連中のような状況だ。アルトイールに心配だと愚痴を言ったら、冬の間に整備が進んで、抜け駆けで贈り物をするものはいなくなった。嫌がらせをしてきていた女子たちも、上手く止めさせたようだ。
「それでは、できるだけ早く服をお届けします。新しいものはお送りいたします」
「はい。無理を言って申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
馬を連れてくるとユマが二人と挨拶をして、出てくる。
エルトナは化粧を落として服も戻っている。顔周りの髪が少し濡れたままだ。




