120 保護者と稽古
ユマ様から離れてどれだけ経ったろう。二十日ほどか……。
ほぼ毎日ニコルとアリエッタと共に朝早くに道場へ向かう。門下生と共に道場の掃除をした後、稽古に参加させてもらう。
こちらは片刃の刀と言われる長剣が主流で無駄のないとても洗練された戦い方をする。それに対して野盗か殺し屋のようなニコルの戦い方が珍しいようで、興味を持たれている。ニコルの剣技をこちらの流派に直させるつもりはないらしく、正規の綺麗な試合ではない乱取りのような稽古で対応してくれていた。
リリーも掃除が終わるころに顔を出していて、ほかの女性たちとアリエッタの稽古の面倒を見てくれていた。中には城の侍女や掃除婦もいるそうだ。城内で何かあった場合、王族を守るのは城警護だけではないという認識で、護身術などを定期的に訓練しているという。特に次期国王が幼いため、身を入れて訓練しているとのことだ。
自分はニコルと違いこちらの流派も覚えさせられている。二人と違って、身辺警護としての教育をされていると実感する。ただ強ければいいわけではなく、礼儀作法を含め、ユマ様のそばに立って恥とならないようにしなければならない。
朝食後はそれぞれが指示された場所へ向かう。アリエッタだけが城へ入ることを許され、侍女としての教育を受けている。夜にへとへとで帰ってくるが、どこかやり切った顔をしていた。歳はまだ幼いが、もう一人前の侍女の気概がある。
ニコルは一般教育に一番力を入れられているようだ。ゾディラットから頭を叩かれながらも学び、多少マシにはなったが時間経過とともに戻っている。今の年齢ならば稚児と思われるだけだが、これからはユマ様の品格も問われる問題だ。
かくいう俺も剣術よりも他の事に重きを置かれている。
ニコルよりも厳しく、所作だけでなく、護衛学も学ばされた。文句がないのは、初日にきたナゲルの祖父と男の恰好の時のユマ様によく似た男性を見たからだろう。あの二人は、隙がなかった。剣技だけを取っても今の俺では敵わない。それだけでなく、国の要職に付いている。ただ腕に自信があるだけでは、駄目なのだ。
これでも時間契約を結ぶ前はアッサルで騎士をしていた。警護の形態や注意箇所くらいは知っていると言いたいところだが、ジェゼロ国のそれは自分の知るものとは違った。そもそも、警護対象と言うよりは将としての扱いだ。そして、その将は勝手をする時があるため、それを加味して対処を考えなくてはならない。それに関しては、身をもって知っている。
「あー……おはよう。……三人とも、頑張っていたみたいですね」
もしかしたら、認められるまでユマ様と会うこともないのではと考え出した次の日、道場に行くと仰向けで倒れているユマ様がいた。傍らにはナゲルも倒れている。今日はいつもより少し遅くに来るようにと命じられていたが、ユマ様達が使っていたからのようだ。
「ゆっ、ユマ様、大丈夫ですか」
ニコルがユマ様に駆け寄ろうとして、足を止めた。道場にいたのはユマ様を除いて四人、三人は直ぐにわかった。ナゲルの祖父シューセイ・ハザキ、ユマ様が信頼するベンジャミン。そしてユマ様と同じく倒れているナゲル。
ただ一人、少年……青年? がいる。黒髪を後ろに束ねて質素な道着を着用していた。
ニコルが足を止めたのはシューセイ・ハザキの殺気によるものだが、見慣れない者に自分はむしろ注意がいった。
「予定より時間がかかってしまいましたか。多少は成長したようでなによりです」
シューセイがすっと一歩引き、それに合わせてニコルがユマ様に駆け寄った。
「ああ、大丈夫。心配しないで、いつもの稽古だから」
「稽古カッコ鬼カッコ閉じ」
ナゲルが苦しそうに起きあがるが、恐らく余裕を残して倒れたふりをしたのだろう。その後ろからシューセイが音もなく近づき、背中を踏みつけた。
「ぐぇっ」
「相変わらずの悪癖。まあ、こちらも余力がある。孫と遊んでやろう」
「あっち、あっちの二人と遊んでやって」
ナゲルがこちらを売った。だが求めていたことだ。
「よろしければ……手合わせを願えませんか」
視線は国王付き、ベンジャミンに向いてしまう。体力を削がれていたとはいえ、瞬殺された。
「ベンジャミン、相手をしてやれ、どの程度できるか見ておきたい。そっちの子、二人に水を持ってきてやってくれ」
見た事のない少年がアリエッタに指示するとユマ様に肩を貸して道場の隅へ連れていく。ナゲルは祖父に半ば投げ飛ばされて端まで行った。虐待にも見えるが、加減はしているのだろう。虐待するものは本人の怒りの管理ができていない上、真の意味で鍛えた事のないものがする行為だ。
「……若い方は私が引き受けよう」
「まあ、小さい方が楽しめそうですからね。お任せします」
短い打ち合わせの後、相手が決まったようだ。アリエッタは初めから対象外だ。
防具をつけるでもなく、木刀だけで稽古が始まった。
成人すると伝えたら、ナゲルがじゃあついでに俺ももう成人しとくかと言い出した。ナゲルの家系は結構早くに成人してしまうので、大分遅いくらいだ。
昨日、休暇が終わって、すぐに忙しくなるからと朝の間に保護者による成人祝いが行われた。
今回は僕の相手はベンジャミン先生。ナゲルはシューセイ・ハザキだった。
僕は二撃与えることができた。受けた方は数えていない。ナゲルがどの程度健闘したかは不明だ。気にする余裕なんてない。
「ちょっと見ない間に、随分と強くなったんだな」
母が、扇ぎながら褒めてくれる。
多分、母には勝てる。試合なら。
けれど、真剣なら、負ける。
母はこれまでに踏んでいる場数が違う。
「ユマ様、お怪我などは?」
アリエッタが二人の稽古を気にしながら心配する。
「大丈夫。いつもの事だから」
今日はまだマシだ。
ベンジャミン先生対トーヤはベンジャミン先生が楽しそうだ。
ハザキ外務統括対ニコルは、予想以上にニコルが善戦している。
「ほう、あの子供、面白いな」
母も感心している。
ニコルは変わった動きをする。以前に増して、無駄が省かれている。そして、致命傷を避け捕獲用の殺さない程度の攻撃場所を探している。
僕はできるなら殺して欲しくないという希望を出す。だから足の腱を切りに行ったり、死なない程度に目つぶしを行おうとしている。時折繰り出されるハザキの容赦ない一撃を受け流した後、急所を狙いに行ってしまう癖がみえる。
二人が真剣を持ったら、互いに加減ができずにどちらかが死にそうだ。
「ニコル! 爺に一発かましたれー」
ナゲルがニコルの応援をしている。絶対後で殴られるだろうに。仲がいい事だ。
トーヤはかなり善処しているが、技量で負けている。だが以前に比べ随分切っ先が伸びている気がする。
一度、トーヤの剣が先生の急所を掠めた。だが真剣で相手をしていたらトーヤは先に何回か死んでいる。
しばらくして、飽きた母が手を叩いて止めた。ここまで持っただけでも十分だろう。
アリエッタが、四人のために水を準備する。それ以外も布を持ってきてくれていたりと色々と動いていた。
「うむ、高額だっただけに能力が高いな」
二人が息を整えるのを待ってから、母が偉そうに言う。いや、実際ジェゼロで最も偉いのだが、トーヤがこちらに視線を向けて困惑気味に誰かと問うている。
「三人とも、こちらに」
指示して、三人を母の前に並んでもらう。ナゲルがトーヤに膝を突けと指示してそれを理解したトーヤが膝をつき頭を垂れた。二人も倣う。王への敬いにうるさい二人がいるので母への対応は大事だ。
「うむ、面を上げよ。後、今は非公式だからあまり改まらないでくれ」
母が許可して、顔を上げた三人は三様だ。
トーヤはちょっと顔が引き攣っている。一番の常識人だから、こんなところに警護もなくのほほんといるのが王だとは認識できなかったのだろう。前に会わせた時は、正装まではいかずともある程度威厳のある恰好だった。
ニコルはとても嬉しそうな笑顔だ。単に久しぶりに僕に会えたのが嬉しいだけかもしれない。
アリエッタが一番驚いていない。お城で色々教育を受けていたのだから、母についても耳にしていたのか。ちゃんと気づいて気づかないふりをしていたのかもしれない。
「陛下の御前で失礼いたしました」
「よいよい。お前達が敬うべきは私ではなくユマだろう?」
トーヤの畏まった言葉に、母は何とも軽い。それに答えたのはニコルだった。
「ユマ様が敬う方に失礼な態度など取ることはできません」
前にあった時よりもずっと綺麗な言葉遣いだ。変な抑揚もない。
母が、僕の方を見てお前私を敬っているか? という目で見てくる。
「そうですね。僕は母を尊敬していますが、今の望みはあまり畏まらない事です」
「わかりました」
言うと早々にニコルがちょこんとした座り方をした。
「では、ユマは退席していいぞ」
母も胡坐をかいて座るとそんなことを言い出す。
「お前がいたら、息子のあれやこれやを聞けないだろう」
いい顔で何を言い出すのか。だが、この場にはベンジャミン先生だけでなくハザキもいる。むしろ、何故か他の人がいない。
「ユマ、汗流したら大学の方に行こうな」
ナゲルがあきらめろと肩を叩き出ていくのを促す。
最初の紹介の時は休み前で時間がなかった。休み明けも忙しいが、その日の内に済まさなければならないほどではない。
「ユマ様、三人に我々へユマ様のことを話す許可を頂けますか?」
ベンジャミン先生がにこやかに聞いてくる。
今この場で余計なことは言うなと命令はできるのかもしれない。だが、それに従って口を噤めば彼らの評価を正しくできない。
「はぁー……ここにいる人たちには、留学中の事を話して構いません。僕たちの保護者で、なによりも信頼している人たちです。僕は一旦離れますが、また近いうちに会いにきますから」
悪い事は言われないだろうが、いい事と思ってダメな事を話されそうで怖い。




