12 いやがらせ
十二
「っ!」
警戒はしていたが、その内ひとりがこちらに駆け寄ってくる。体を翻してエルトナを庇う立ち位置へ着き、反射的に腕を上げて顔を庇う。直後、体に液体がかかる。
咄嗟に考えたのは酸性の毒液だ。すぐに流水で流してもかなりの被害になる。身構えたが、ぷんと匂い起つだけで痛みなどの異変はない。冷たい程度だ。
「大丈夫ですか!?」
エルトナが驚いた声を上げるが、女子生徒だろう若い女三人はクスクスと笑っている。
「ごめんなさい。排水溝だとおもっちゃって」
後ろから優雅に近づいてきた女が笑いを漏らしながら言う。相手が女性である事にひゅっと息を詰める。一度視線を落として、汚れたスカートを見た。大丈夫。今の僕はユマ・ハウスで女性として見られている。
大丈夫、男として見られていないと暗示のように頭の中でもう一度呟くが、無意識に軋む心臓を右手で押さえていた。
「……何か、ご不満ですか?」
声が震えそうになる。ゆっくり呼吸をしてから問いかける。
「殿方にちやほやされて、ここは学問を学ぶ場でしょう」
「そうですわ。あなたのような浮ついた方がいると目障りなんです」
よく一緒にいるのはナゲルだ。ナゲルと学科が一緒なのでシュレットとアルトイールはよく同じ馬車で帰る。実際は男四人でむさくるしく馬車に乗っているが、事情を知らないと侍らしているように見えるだろうか。特にシュレットはイーリスの家紋だ。研究校の中でも目立つ存在だ。
「贈り物をされて、いい気になるんじゃないわ」
一番高圧的な女が言う。
贈り物と言われて、そういえば何人かの男子生徒が声をかけてきたことがあった。こんな格好をしているが、男に興味があるわけではない。何が仕込まれているかもわからないので、全て断って返している。大抵同じ学科の学友が近くに居るので追い払うのを手伝ってくれていた。
「ああ、嫉妬か」
話したこともない女の子たちに罵られるとはなぜだと思ったが、理由がわかって納得した。
ジェゼロでは女の子たちからは色目を使われたり、なぜかつんけんとされることはよくあったが、こういう類の絡まれ方が初めてで理解が追い付かなかった。美少女に対して、もてない女子生徒が反感を持ったと考えれば納得がいく。それと同時に胸にあった恐怖心がすっと凪いでいく。
「次から、花を汚さないようにしてください。巻き込まれて可哀そうに」
糞尿ではないようだ。どこかに溜まっていた泥水か何かで服が汚れている。周りの花も同様の被害を受けて、汚れていたり倒れたりしていた。エルトナに被害はなさそうで、一歩下がって様子を見ている。管理者側としてエルトナに助けを求める事はできるし、止めることも罰を与えることも簡単だろう。エルトナは一方的な行為を見て見ぬふりをする性質ではないと思っている。今はまだ相手の意図を問いているようだった。
「はぁ? 調子に乗るなっていってるでしょ」
バケツを投げつけられ、避ける。避けた先で更に花が被害に遭った。
女の子に暴力は振るえない。男子生徒なら適当に骨を折れば済む話だが……。
「ほう……これは優雅ではありませんな」
声の主の方を向くと、少し先の薔薇で覆われた東屋で人が休んでいたらしい。優雅な午後を過ごしていただろうに、邪魔をしてしまった。
「ああ、オゼリア辺境伯でしたか」
老紳士が出てきて、見知った顔に声をかけると女子生徒が引きつった顔をする。エルトナは旧人類美術科の生徒ではないし、そもそも小さいから認識されていなかったのか、どこかの学科の庶民と判断したのかもしれない。だが、旧人類美術科の生徒は総じて何らかの権力がある。シュレット同様に研究校内でも有名だ。だから学友がいない時を狙ったのだろう。
オゼリア辺境伯が近くにいたと知り、青い顔をして女子生徒が逃げていく。
「お見苦しい姿をお見せしました」
スカートを絞って、重くなった服を軽くする。一番水を吸ったのはスカートだ。上着は顔を庇った右袖以外はそれほどではない。髪は濡れている個所があるが、不幸中の幸いで頭からずぶ濡れではない。
「手は怪我をされませんでしたか?」
「顔よりも手を先に心配していただけるのですね」
心配そうに近づくオゼリアに冗談めかして返す。
「顔の美醜は歳と共に変わりますが、ユマ殿の作られた作品は変わらずに残ります故」
「お褒めいただき幸いです。お声掛けいただいて助かりました」
「もう少し早くお声がけをすべきでしたな」
悲壮な状況を見て、苦虫を噛み潰したような顔をしているが、男の僕の時に女性に襲われたわけではない。一瞬肝が冷えたが、幸い女装で女と思われていた。かけられたものも強い酸性や劇薬ではなかったのだ。大きな問題はない。
「美しく生まれると言うのも、よいことばかりではないようですな」
ハンカチを差し出されたので使わせてもらう。自分のハンカチは一緒に濡れてしまっている。
「そちらはご無事ですかな?」
オゼリア辺境伯がエルトナへ視線を向けた。難しい顔をして逃げた三人を見ている。
「ユマさんに庇って頂きましたから。……あのような事は頻発しているのですか?」
時間契約者を買った理由を聞いたときの様にエルトナの視線が厳しくなる。
「物理的に害されたのは初めてです。大抵は誰かと一緒にいますし、オゼリア辺境伯のように止めてくださる方がおられますから」
「ユマ殿、先ほどの方々はお知合いですかな? たまに悪口を言っている者のようでしたが」
オゼリア辺境伯に問われて首を傾げる。悪口を言われていただろうか。
「いえ、特に話したこともありませんから、個人として認識もしていませんので、誰かも存じません。綺麗な庭園で時間を過ごされていたのにご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありませんわ」
「学内は共も連れずに歩き回れるので気兼ねなくてよいと思っておりましたが、こう言った時にはやはり警護は必要だと思い知らされますな」
忌々しそうに女子が消えた方を見ている。追いかけて捕まえてもいいのだが、証言できる人がいる以上今捕まえる必要はない。
「三人の名前はわかります。処罰についてはこちらから行いますのでご安心ください。ユマさん、家の方に連絡をさせますから、一度管理棟に向かいましょう」
「それでしたら私から門番に伝えて置きましょう。管理棟の警護を減らすのはよくないでしょうからな」
請け負ってくれたので頼み、エルトナと共に管理棟へ戻った。汚れるからと四階には上がらず、一階の待合に入れてもらう。警護の人が驚いていた。
「ユマさん、生徒を守るのは管理側の責任です。彼女たちは退学にしますが、他に害してきたことのある生徒がいれば教えてください」
真剣な顔でエルトナに問われて首を傾げた。
「退学ですか?」
「残念ながらそれ以上の処罰は研究校側としてはではません」
不満だと思われたようで、そうではないと首を横に振る。
「二度目は流石に退学で構いませんが、一度目は反省文や……そうですね、化粧と髪型を整えないで登校くらいで許して差し上げれば如何でしょうか」
目を眇められて、困ってしまう。
今回のエルトナの対応は別の生徒でも同様かも知れない。だが、僕は僕を害したことで誰かが罰を受ける事が怖い。学内は退学程度で済むかもしれないが、これがリンドウ様や帝国に知られれば、彼女たちは最悪どうなってしまうのか……。ユマ・ハウスと思っていたでは許されないだろう。
「害された被害者は、恥じる必要などないのですよ」
「別に恥じて公にしたくない訳ではありません。この研究校に入るのは本来かなりの勉強が必要ですし、学友に引きずられてよくない道に行ってしまっただけかもしれません。服代の弁償と危うく化粧が取れて大変な事になるところだったのですから同様の無様は晒していただきたいと存じますが、硫酸などで、私を殺しにかかってきた訳ではありません。一度だけ、猶予を与えて欲しいだけです」
「……慈悲深いのは構いませんが、管理者側の私の前であの愚行です」
到底許容できないと言われて眉尻が下がる。
さっきと同じように、心臓が僅かに軋む。
「………別に、彼女たちのためではないんです。ただ、私を害したものが、罰を受けるのが怖いんです」
もし、エルトナが被害に遭っていたら、こんな願い入れはしない。僕しか被害はないし、大怪我を負ったわけではない。相手の罪は無恥で馬鹿だったことだ。
見下ろしていたエルトナがため息をつく。
「わかりました。ユマさんに対してだけでなく、どんな些細な規則違反であろうと、次に校則違反などがあった場合は退学としますが、今回は見送りましょう」
「………ありがとうございます」
エルトナに決定権があるとは確証はないが、それでも安堵する。
「それで、他の方がいるなら同様の事がないようにこちらとしては努めたいのですが? これはユマさんに手伝いを辞められたら困るからだけでなく、ここでの治安維持のためでもあります」
「その、わたくしの見た目が良すぎるので、殿方からはよく物を贈ろうとされていました。それを見ていた女子生徒が、食堂などで嫌味を聞こえるように話したり、些細な嫌がらせはされていましたが、そういった行為は美しくないので可哀そうだなと哀れに思う以外は特に何も感じていません。基本的には同じ学科の方が気にかけてくださっていたので、大きな問題になることもありませんでしたから」
僕の素性をどこまで知っているのかはわからないし、もしかしたら本当にただの良い人達ばかりなのかもしれないが、最近はリンドウ様から依頼されているのではないかと勘繰っている。今日のオゼリア辺境伯は偶然かもしれないが、本当に一人でいる時間が少ないし、一人で厠に行ったりしても、学科の違う生徒が近づいてくると学友が目の届く範囲にいることが多く牽制していた。
いっそ気を使わせて申し訳ないとは思っている。
「何というか、結構図太いところがありますね」
「え、私、並大抵の方では到底及ばない程度には綺麗に見せているつもりなのですが。そういえば、エルトナは初めから私の顔を見ても態度が変わらないですね」
これでもはっとするような美人である。年頃の少年としては、こんな綺麗なお姉さんには赤面してしかるべきではないだろうか。そんなことを考えているとエルトナにとても呆れた顔を返された
「……美人は苦労するのはよく知っています。むしろ、そこまで割り切れるのは才能ですね。心配をして損をした気分です」
「美人は頭がいいとか運動能力が高いのと同じで生まれ持った才で得はありますが、妬み嫉みもただ息をしているだけでも買いますからね。私の場合は自分の趣味でここまで完璧に仕上げているので、人から陰口を言われてもそれほど気にはなりません。だって、私を不細工だと言える方はいませんし、言えるほどの美人ならば是非御尊顔を拝見したいものですから」
改めて女の子たちの罰について依頼をしていると門の警備から直ぐに迎えが来ることが伝えられる。ナゲルには管理棟の警護から先に帰った旨を伝えてくれることになっている。
「仕事を手伝えない上に、時間まで取らせてしまってすみませんでした」
「いえ、今回の一件はこちらにとっても直接確認できたのでよかったです。また気晴らしに付き合ってください」
門の警護に付いてきてもらうのでエルトナとは管理棟で別れた。
シュレットの迎えに同乗して帰ると、ユマが自室にある湯場で男の恰好で服を洗っていた。
「何かあったとは聞いたけど、何があった?」
久しぶりに男の姿をまじまじと見ながら聞く。女装の時は化粧をするので柔らかい雰囲気が増すが、化粧を落とした顔との違いがよく分からない。化粧美人ならば今ほどユマは苦労しなかったんだろう。何もしなければ女子が好きそうな美少年だ。これが成長したら、美青年になるのは血筋を考えれば確実だ。
簡単にユマが説明すると、もう何度か水を換えただろう服を見る。既に石鹸の匂いしかしない。色移りもしなかったようだ。ユマの服は総じて高価なので念入りに洗って再利用するつもりだろう。
「女の嫉妬は怖いね。別にモテるのも、ナゲル達を侍らして帰るのも僕の意志じゃないのに」
見た感じ特に堪えてはいないようだ。
「相手は女子だろ? 大丈夫だったか」
「……正直に言うと、一瞬ひやっとしたけど、向けられた感情が憎悪系だってわかったら冷静になれたよ。男から物を贈ろうとされた時は結構淡々と返せているし、こっちに来てから、発作は起きてないから安心して」
女装はお守りとしてきっちり機能しているようだ。女として扱われるので本来の異性である女性から恋愛感情を持って迫られることはまずないだろう。
身体能力は高く、武術の師範がいいので剣術・体術もかなりのものだ。普通に考えればユマに勝てる女は特殊技能を持っていない限りはいない。だが、実際に暴力で制圧できるかは別の話だ。ユマは女に暴力を振るえない。それが正当防衛でも。そうなると、途端に立場が弱くなる。
克服できればいいが、時間に頼る状況だ。
「アリエッタや、ニコルを思えば、あれくらいでって感じだけど」
自嘲気味に二人の名前を出す。他の三人も大なり小なり酷い扱いを知っているだろうが、不幸なんて誰かと比べて競うだけ無駄だ。
「あれくらいだろうがあれほどだろうが、お前が責任を負うべきことじゃないのだけは忘れんな」
浴槽に沈めた服を踏み洗い途中のユマの頭をわしわしと撫でる。髪型を整えている時にうっかりやると一触即発になってしまう。道場以外で背負い投げをされると受け身を取っても痛いのだ。
「まあ、お前が美人なのはどうしようもないしな」
「揺るがない事実って、時として残酷だよ」
褒め言葉に恥ずかしがったり謙遜することもないユマに呆れるが、まあ実際事実だからそんなことないと言う方が嫌味か。
「問題なかったならいいけど、授業よりお前の身の安全の方が大事だからなんかあったら言えよ。管理棟か門で頼めば呼びに来てくれるだろうからな」
リンドウ様からの推薦生徒であることから、ユマと俺が優遇されても不思議がない状況だ。ユマに何かあれば呼び出しにくらい来てくれる。
「ナゲルはあれ以来絡まれてないの? そういうのあんまり言わないから僕としては心配だよ。女子からの苦情も黙ってたし」
昔の話を掘り返される。女子からユマと仲良くしないでと言われたなど一々言うだけ馬鹿らしい。
「専攻がアルトイールと被ってるからな。そんなに問題はないぞ。イーリスの御威光は便利で有難い。それに最近は解剖実習で一目置かれたし、学力とかで文句言う奴は同学年にはいねーよ」
「ああ、ナゲルは内臓趣味さえなければ本当に非の打ちどころがないんだけどね」
「お前だって、絵を描くために解剖見学してるだろ」
医術の為に見学できるのを知って、爺に直談判と親の許可を取って死体解剖を見に来たやつには言われたくない。
「それに、俺は死体じゃなく、生きてる人間の手術がしたいだけだからな。その前に死なない相手で勉強するのは当たり前だろ」
出血死の危険性もなく、その後の人生もない遺体に興奮などしない。
「ひっくわー」
水を抜きながら呆れて返される。趣味がなければ生きていけないジェゼロ家系まっしぐらのユマに言われると腹が立つ。もう一度髪をぐっちゃぐちゃにしてやった。
いつものユマが来てからのお茶休憩で先日の顛末を伝える。
女子生徒はまさか直ぐに身元がばれると思っていなかったのだろう。管理棟ではなく教員室に呼ばれ、所長代理が個別に話した結果嗾けたのはアゴンタ・ルールーだったと判明した。それを伝えるとユマは首を傾げる。
「アゴンタ………」
「はぁ、初日にナゲルに対してケチをつけて来た男子生徒です」
「ああ。ルールーはこちらの名家でしたか」
なんというか、ユマは少し暢気すぎる気がする。
「この一帯はルールー統治区と呼ばれています。帝国と言っても広大すぎるので区画を分けて統治者を対応の代理として置いているのですよ。ユマさんが滞在しているメリバル邸のアーサー家はその監視的役割でこの街を任されているのですよ」
昨日は調査中としか伝えなかったが、三人から聴取も終わり、罰則も確定したのでユマに伝えたのだが、本当に帝国事情に疎い。おそらくクラスメイトのセオドア辺境伯の権力や財力、他の生徒の立場など全く理解せず仲がいいと思っているのだろう。おせっかいだとは思いつつ。少しずつ教えた方がいいだろう。なまじ顔がいいのでどこで問題に巻き込まれるかわからない。
「直接嫌がらせをすると退学の可能性があると考えたので、出身校が同じものを使って嗾けてきたようです。それと、三人は今日こちらで指示した罰に従わなかったため、所長代理が掃除婦の恰好に着替えさせて授業参加をさせていました。命令無視で一週間に延長させていましたので、まあ、罰としては十分とは言えませんが……」
所長代理にユマの意向を話すと、被害者の意見は聞き入れようと嬉々として辱めを行っていたようだ。三人は私が誰か知らないようだったので、こういう時は所長代理が前面に立たせている。彼は性格が悪く労働を厭うが、こういう事だけは率先する性根の悪さを私も最近は理解し出している。
三人は共にリンレット学院出身の不正入学を強く疑われる新入生だ。問題を起こした時点で退学に持って行く予定だったので、本来ならばユマ相手でなくても退学相当だ。だが、単に首を切るよりも、見せしめとして使ってからの方がいい。遅かれ早かれ、学力の問題で退学になるだろう。
「直接の謝罪などは本当に必要なかったんですね?」
ユマからの提案に謝罪してほしいというものはなかった。
「え、だって反省したかどうかは命じられて出した言葉では意味がないでしょう。それこそ、謝罪したから許せと言われても困ります」
退学はやめて欲しいと言っていたが、怒っていない訳ではないそうだ。
「あの服は私の友人の洋服店が私のために特注で製作してくださったものです。幸い汚れは落ちましたけど、そうでなかったらもっと酷い処罰を求めていたかもしれません。あ、それとエルトナに被害がなかったのでよかったです」
「……あの場合、警護を付けるような立場のユマさんが私を庇ってはいけません」
言うべきか悩んでいたが、ユマから話が出たので言って置く。
「駄目なんですか?」
「ここには危険な薬液も保管されています。最悪大怪我か命を落としていた可能性もあるんですよ」
命にかかわらずとも、顔にかかって跡が残るようなものだったら取り返しがつかない。
「それは、エルトナも同じですし、私の方が年上ですから、咄嗟では庇ってしまうと思います」
「年上と言っても一つか二つしか違わないでしょう」
「え?」
「?」
ユマが驚愕している理由がわからない。
「十二くらいじゃ……」
「十六ですけど」
確かに若く見られるが、そんな子供に思われていたのか。成人してからならば五歳程度は誤差だが、十代の一歳二歳は大きな差がある。無意識に不快な口調になってしまう。
「そもそも十五にも満たない子供をここで働かせるわけがないでしょう」
「十六でも十分に破格だとは思うけど……それは失礼しました。小さいのに偉いなと思うのは改めます」
年相応にふくれっ面になりかけて、咳払いで誤魔化す。
「あれからユマさんの方で問題はありませんか? ルールー一族が後ろに居ても処罰されることはこれで知れ渡るので、大丈夫だとは思いますが」
「そうですね、特別な事はありませんね。それよりも、私ではなくナゲルは嫌がらせなどされてないですか?」
二人ともとても仲が良いようだが、男としてはユマに愚痴は言えないのだろう。
「今は医術科でも一目置かれていますから大丈夫ですよ」
シュレットとアルトイールの二人がいる事で、ナゲルへの嫌がらせは直ぐに納まった。誰もイーリスを敵に回したくはないだろう。それに、技術に関しては抜きんでていると報告が来ている。ここに入るものは医術家系に生まれた者もいるが、全く新しく医師として学ぶものの方が多い。ナゲルは国では執刀こそしていないが、医師の助手が務まる程度には知識も経験もある。医師の中でも診断系と言うよりも体育会系の外科医だが、学生ではそちらの方が目立つ。
「ナゲルとは仲がいいんですね」
「兄弟のように過ごしてきましたから。基本的に勉学では私が世話を焼き、面倒事ではナゲルに私の世話を任せています」
「なるほど」
ナゲルが見る目には不思議なほどに恋情が見えない。シュレットやアルトイールまでがユマを見ている眼はどこか煌いているので対比するとわかりやすいのだ。男女の友情説はわからないが、信頼しているのは確かなのだろう。
「そういう存在が一緒ならば安心ですね。ここには遠方からくる生徒も多いので、やはり故郷が恋しくなるものも少なくはないですから」
「その気持ちはわかります。こちらの食事は味が濃くて少しつらいときがありましたから、そういう些細な事を話せる相手がいると気持ちも違いますから」
「確かに、ヒスラの街は特に富を見せるために油分と香辛料が多く使われますからね」
そんな話をしてから、いつものように仕事を始める。
ユマが教員からの資料請求を引き受けてくれるようになってからは大分と楽になった。何せ所長代理がすべき書類仕事と所長代理補佐がすべき仕事が全て回ってきているような状況だ。それも補佐は一人ではなく三人くらいで回すべき量だ。機密の扱いも多いため、その確認や認証も必要になるのでユマに任せられない仕事も多い。
最初は懐疑的だったが、ユマをバイトにできて本当に助かっている。
どこの馬の骨とも知れない女が王子様と一緒なのが気に食わない女子。ただし一緒にいるのはリアル王子様だ。
ユマはエルトナを妹やアリエッタと同じ位と考えてました。




