115 エルトナの記憶
母は淡々とした人だった。自分の事はあまり話さない。けれど、少しだけ聞いたことがある。
教会の孤児院で育ったと。
今の時代、育てられない子供は大抵教会に預けられる。
旧人類の時代ならば生きられただろう病気の子や知的障害がある子供は神に許されるようにと教会に預けられる。昔ならば非道や責任感がないと言われるかもしれないが、今の時代はましになったとはいえ旧人類の時代とは比べ物にならないほど過酷だ。一人で生きられない子供を世話できる環境を持つ家は少ない。何よりも、医療技術がないのだ。どう頑張っても成人できない子供も多い。せめて、苦しまず、神の許へいけるようにと考えるのも親心だ。
母は小さいころに怪我をして、体が少し不自由だった。だから教会に預けられた子だったと聞いても不思議がなかった。
肉体労働には向かなかったが、とても頭のいい人だった。母も私のように記録があったからだろう。現代の算術にくらべ、一つ目の記録が持つ数学の知識はとても高度だ。
自分の父親は恐らく母が働いていたお屋敷の主人。私の生まれは所謂私生児だった。父親として会ったことはないが、少なくとも住まいは与えられていた。母と暮らしている間は、着るものや食事で困った記憶はない。
母は自分の事はあまり話さない人だったが、色々な事を教えてくれた。休みの日には近くの森に入って、草木について学んだ。食べられるもの、食べ過ぎてはいけないもの、子供には毒になるもの。薬になる木、燃やすと煙が酷く出る木、売ると高値が付く植物。
生活水準は決して高くはないが、近くに井戸があったし、窯もあった。古い家だが、色々と修復してそれほど隙間風もない。
仕事と買い物以外は、誰と交流するでなく、母子二人で生活して、母から何かを習うのが好きだった。
二人きりの平和な幼少期は、悪意で終わりを告げた。
屋敷の会計仕事を終えて帰ってきた母が、奥様からお祝いを頂いたと豪華な料理を持ってきてくれた。
香辛料がきつくて、あんまり美味しいと思わなかった。
その日の夜には体調に異変があった。
毒を盛られたのだ。
後から知ったことだが、屋敷の正妻は子供に恵まれていなかった。母に料理を渡した日、正妻の妊娠が発覚した。私は、もし跡取りができなかった最悪の場合に備えて殺されることなく生かされていたらしい。男の子が生まれれば跡取りとして問題ないが、もしも女の子だったら、私も引き取り、どちらかを嫁に出し、どちらかが婿をとる可能性が高い。万が一を想って、子が生まれる前に危険を排除しようという保身から、私たちを殺そうとした。それがとても低い確率であっても、自分の子を守りたかったのだろう。
何度も吐いて、苦しんでいる時に母はいなかった。しばらくして、意識がもうろうとしている時に帰ってきた姿を覚えている。今にも死にそうな青い顔をして、何かを持ってきて、震える手で私に飲ませてくれた。
森に自生している薬草だった。解毒作用が高いものだ。その時は味もよくわからなくて喉が痛いとしか思わなかったけれど、あまりにも母が必死だったから、嫌々飲み込んだ。
直ぐによくなるわけではなく、数日間熱を出して寝込んだ。その時、母が濡れたたタオルをまめに変えて世話をしてくれていた。母は元気になったんだと安心していた。
すっかり熱が下がった時、母はベッドに凭れるように眠っていて、起こそうと体をゆすった時、床に落ちるように倒れてしまった。
死んだ母は既に死後硬直も解けてしまうほどの時間が経っていた。
布団に胃液を吐いて、一日泣いた。長い夢を見ていたと思っていた。思い返せば、あの時、記録が頭にしっかりと出てきたのだろう。一つ目が大半で二つ目も混じっていたのだと思う。
まだ脳が成長しきる前で、一つ目の記録がそれまで培った人格とかなり混じってしまった。知識があったことから、二つ目も多少は混じっていたのだろう。これ以前と後では、明らかに性格が変わっていたが、それに私は気づくことも不思議に思うこともなかった。
涙が枯れてから、母をベッドに寝かせようとして、子供の力では無理だった。仕方なく、床に寝かせて、枕をして、上からお布団をかけた。
服を着替えて、台所に残っていた保存食を食べた。味がよくわからなかった。その後も、しばらく味覚障害が残った。今は逆に味に敏感になり過ぎて、香辛料の類が苦手になってしまった。毒の味を思いだすからだろう。
お昼には母の勤め先のお屋敷に向かった。母から、もしもの時にはお屋敷の主人に会いに行きなさいと言われていたのだ。ただ、その前に村にある教会へ寄った。古びた教会で、年老いた修道女がひとりいるだけだ。後に、その修道女の後任として左遷されたツール神父と会うことになる。
その修道女に母が病気になった事、勤め先がどこかわからないから一緒に来て欲しいとお願いした。
実際には場所は知っていた。けれど、一人で行くのは危険だと考えた。
旧人類の知識は警察所か役所に行くべきだと示したが、そんなものは村にはない。二つ目の記録からだったのだろう。子供が一人で村を出たとしても人攫いに遭うだけだと逃げることは考えなかった。
大人を、それも修道女を連れて行ったことで、門前払いは受けず、執事に引き継いでもらえた。運よく、主人とその妻が出先から戻ってきたのが見えて、子供らしく、大きな声で心配したと叫んで見せた。
奥様からもらったお祝いの食事で母が死にそうですと。奥様も死にかけていなくてよかったと。そして、大人は無事でも赤ちゃんは病気になったかもしれないと。
正妻があまりにも動揺して勝手に墓穴を掘ってその後は一人で失態を晒した。
帰ろうとしていた修道女は一人じゃ怖いと泣きついて留めていたので、外部の証人もいる。
正妻が、母は数日休むと聞いていると言っていたらしく、この数日仕事に来ないのに誰も様子を見に来なかった理由がわかった。
父親だろう男は、妻が愛人と子供を殺害しようとしたと知っても、苦い顔をしただけだ。どこかの良家の娘だ。離婚する訳にもいかない。
それでも多少の罪悪感と、打算があったのだろう。屋敷ではなく執事の家で面倒を見るようにと命じた。表面上は、不慮の事故で死んだ雇い女を不憫に思い、慈悲をかけた形だ。無論、正妻に子ができなかったときの保険と、ただ利用価値を考えてだ。
執事の嫁は正妻の元侍女で、私はいい扱いは受けなかった。食事も執事がいる朝だけ与えられ、あとは水すら勝手に飲めない。いい子を演じて家事の手伝いをして気に入られようと試みたこともあるが、時間の無駄だった。媚び諂っても生きていけないと悟り、日が落ちるまで森で過ごすようになった。どうせ手伝っても手伝わなくても執事へは碌に手伝いもしないと伝えられる。ならば、割に合わない仕事はしないほうがいい。世の中、優しい人ばかりではないし、同情するのではなく、弱者だとターゲットにする性根の悪い人は多くいる。まさに、執事の嫁とその子供たちがそうだった。
森で日々の糧を探し、生きていた。ある程度大きくなったら、このままどこかへ旅に出よう。人攫いに会わないようにするにはどうすればいいか。そんな事ばかり考えていた。
その生活はあまり長く続かなかった。
正妻の子供は親の神罰でも下ったように、障害をもって生まれた。旧人類の時代ならば治療もできただろう。だが、進歩した医学がない現代では、その事実はとても残酷だ。
妊娠中に私たちが受けた毒をわずかにでも摂取した関係かも知れない。
屋敷の主人は、本気で私を引き取るべきかと考えだし、そうなれば正妻や正妻の指示で虐げてきた執事の嫁も立場が悪くなる。幼いながら、身の危険を感じるようになったころ、森でお腹を空かせたツール神父と出会った。
ツール神父は昔から変人で、いつの間にか正式な養子縁組をしていた。
私生児で、父親は不明。母親は死亡。引き取り先から満足に世話もしてもらっていない。本人も希望している。何よりも、女神教会本部から派遣された神父が父となる。誰の不利益もないことで、否を言えるものはいない。
空腹の神父に餌を与えただけだったのだが、あの現状で耐える意味もなかった。世の中いい人ばかりではないが、たまに、良い人もいる。そういう時は好意に甘えるべきだ。
そのまま、関わってこなければ、私は母を殺した者たちを許すつもりだった。慈悲ではなく、復讐は費用対効果があまりに悪い。相手が不幸になれば相対的に幸福になれるわけではない。
だが、相手は私の割り切った考えなど理解できなかった。結果だけを言えば、屋敷である村長宅は取り壊しとなった。
ツール神父の養子になった私を殺そうとしたためではなく、帝国法への重大な違反で一族は処刑された。深く関わっていた執事の家も同様だった。
ツール神父は、女神教会に潜り込み、色々と不正を暴く仕事をしていた。私はそれを手伝い。母を殺し、または見殺しにした者たちは罰を受けた。完全懲罰のみんなが求めるお話の終いだ。
養子になっていたので、私という脇役のいる物語はそれで幕を閉じなかった。
その後はツール神父が左遷という名の帝王命による派遣に付き添い、ある時は子供であることを使い、ある時は頭の中に得た記録を使って手伝いをした。
当初のツール神父は女神教会をただの道具としていたが、次第に本当に信仰するようになっていた。
今になって思えば、本当にあの処刑された男が自分の父親だったのか、証明のしようがない。周りの雰囲気から、父だろうと感じていたが、関係があっただけでは、絶対に父親とは証明ができない。見た目だけでは、あの人と血縁があるとはっきりするほど見目も似てはいなかった。
単に、クズが父親だったと思いたくないだけかもしれないが、冤罪の最大の罪は真相が暴かれなくなることだ。ここまでオーパーツが復興すると知っていたら、髪でも保存しておいたのだが。墓を暴こうにも火刑に処されたため鑑定に使えるものはないし、墓も集団墓地だろうから個人の特定ができないだろう。
普通は絞首刑か斬首刑が一般的な中、まるで証拠隠滅のためのようだと勘ぐってしまう。
記憶の継承は遺伝性のものならば、両親を辿る必要がある。全員が発現するとは思えないが、少なくとも母は私ほどでなくとも何らかの知識を得ていただろう。もし、二つ目が強ければ、上手く女神教会を利用して、妾として生きる必要はなかった。もっとも、おっとりした人だったから、出世欲がなかったのかもしれない。
「エルトナ」
母のように名前を呼ぶ声がした。
誰かにそっと抱き寄せられる。
背中を優しく叩かれて、名前を呼ばれる。
一人目のピンクラルでも、二人目のレッドルでもない。産まれた時に、母が付けた名前。
なんでそう名付けたのだろう。
「エルトナ……」
苦しそうな声だと思った。
あの薬草は、たくさん取れるものではない。それでも二人分探せばあったと思う。けれど、それだけの時間をかけて探していては、幼い体が持ったかわからない。
子供用の一人分だけ採って、煎じて飲ませてくれた。自分は、そのまま毒に蝕まれて尚、看病してくれた。
それこそ、死ぬ思いで、死ぬまで。
「ぉ……おかあさんっ」
会いたい。
ぎゅっと、抱きしめ返した。
これは、エルトナの、私の記録だ。
お母さんに会いたい。もう一度だけでもいい。
それは、私だけの記録だ。
「おがぁざんっ」
涙が枯れるまで、縋り付いて泣いた。
私がまだ、ただのエルトナだった頃、愛してくれた人がいた。




