114 知らせ。
兄妹間で、誰が一番父さんを赤面もとい喜ばせられるか選手権が密かに開催されている。
現在の首位はララだ。母も入れてしまうと誰も勝てないので除外している。
普段ならば、父が母の頭を撫でることなどあり得ない。人目がなければあるのかもしれないが、最大限警戒してのことなので僕も見たことはない。
「どうやって、母さんは父さんを落としたんですか」
母と父は僕たち子どもそれぞれと時間を取るようにしている。今は父様が妹二人とお菓子作りをしている。因みに母さんは僕の絵の主題として木漏れ日の下で座ってもらっている。
こんな話は城では聞けない。
「なんだ、やっぱり好きな子でもできたのか?」
茶化す風でなく、意外にも淡々とした口調で問われる。
「……あれ以来、女の人を見ても、怖くないか気持ち悪いの二つにしか餞別できなかったけど……初めて、可愛いって思ってしまいました。ただ、僕に対して何の興味もないみたいで」
人としては、エルトナも僕を嫌ってはいないだろう。けれど、異性として見て欲しいと思っている自分がいる。
「あれだな。そんなところまでベンジャミン似だな」
母は少し嬉しそうに笑った。ここ以外では、僕が父親似だとは基本的に口にできない。はっきりと父親に似ていると言われると、妙にむず痒く感じる。
「まあ、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるベンジャミンに私が好意を抱くようになったのは自然な流れだ。人間優しくされて支えてくれれば自然と一緒にいたいと思える。だがそうだな、いい人で終わりたくないなら、ちゃんとどうなりたいかは伝えた方がいい。正直ベンジャミンは忠義が強いだけだと思っていたからな」
母の顔を素描に落としながら、話を聞く。
城で働いといる時の父は、国王を第一として動いているのがよくわかる。あれが忠義心だけと言うには無理がある。身近でない人たちから見れば、国王に仕える仕事だからと言われればそれだけに見えるかもしれないが、近くで見ていたら、忠義にしては細やかすぎるとわかるだろう。
「ベンジャミンも、私が恋慕を抱いていると考えていなかったくらいだからな。まあ、私と結ばれれば、国王付きは続けられない状況もあったからな」
ナゲルなんかは両親の恋話とか引くと言っていたが、うちは親との距離があるせいか、あまり嫌ではない。普通の家族の距離感ではないのだろう。
「ユマの気持ちが伝わるかはわからないし、その子とどうなるかはまだ分からないが、お前は制限なく結婚もできる身だ。一人で完結して終わらせることを悪いとは言わないが、互いに思い合えるというのは、とても幸せなことだぞ」
王様ではなく、女性としての母の微笑みは年相応に貫禄のあるものだった。
普段は黙って座っている方が描きやすいが、ふとした綺麗な表情は、何かを話している方が生まれやすい。
母は、国王という役目のために産まれて育った。他に継承権を持つものがいないため、僕が想像できないような重圧もあっただろう。母としては足りない部分も多いが、父がいることで、幸せになったとおもう。
何よりも、母の表情は絵に描くにふさわしいものだった。
「………ん?」
慈愛に満ちた顔が一瞬で怪訝な物に変わる。視線の先を追うと城が見える。城壁の高見台で光の点滅が見えた。
「……見ない信号だな」
ジェゼロ以外にも独自の指示言葉がある。光や煙、旗をつかったものだが、あれは最近エルトナに習って使うようになったモールス信号と言うやつだ。
やるとしたらナゲルか一緒にヒスラにいっていたものだろう。
大きく手を上げて、一からと支持する。
「…………」
瞬く光は太陽光を鏡で反射させて、板で区切っているからだろう。
ここからでは誰が指示しているか見えないが信号の解読はできた。
エルトナの状態が悪い。命には別状はない。戻るかは任せる。
「なんだ、また新しいのを作ったのか? ナゲルはなんて?」
この距離から信号を示した相手が見えるのか、単にそう判断したのか、母が問いかけてくる。
夏の島での休暇は決まりがある。余程の事がない限り、島からは出ない。
仕事から離れる目的もあるため、些細なことで指示を仰がれても困る。乗っ取りなどがないようにオオガミが代わりに責任者として立っている。無論、大叔父が乗っ取ることは可能だが、母曰く、あの人が乗っ取ると思うほど酷い治世をしてしまったなら、乗っ取られても仕方ないとのことだ。
だから、ソラが暇だからとかオーパーツ研究したいという理由で島を出ることも許されない。
「……ん? どうした。急ぎの用があるから連絡が来たんだろう」
命に別状がないと伝えてきたのは、呼び戻すほどの確証がないからだろう。
けれど、ジェゼロに着いた時、エルトナは倒れた。数日様子を見た時は大丈夫だったが、何かおかしかったのは確かだ。
島での休暇は小さいころから楽しかった。唯一ベンジャミン先生を父親として接することが許されて、仕事をせずに両親が僕らだけを構ってくれる。普段できない話をしたり、遊んでもらえる。責任ある立場の両親と、責任ある立場になる妹が、責任なく普通に過ごせる唯一の時間。
ただ楽しいだけじゃなく、とても大切な時間だ。だから、あのオオガミも手伝って、ハザキ外務統括も渋い顔をしながら許容している。
友達が心配だからと……島を出て、エルトナの許へ行っていいのか。
「……大人になったら、一人で悩まなきゃいけない時もある。だが、誰かに相談するのも一つの手だ。解決策を提示できるとは限らないが、誰かに話すだけで、何か決められることもあるからな」
母が珍しく大人のような助言をする。
「………」
父から問われたら、言えなかったかもしれない。
「エルトナがあまりいい状態ではないようです。詳しくはわかりません。死ぬほどではないようですが、知らせてきたということは、もしもの場合もあるからだと思います」
「そうか。で、どうしたい?」
いつの間にか、絵を描くために頼んでいた姿勢を止めて、両手を腰に当てていた。相談しろといいながら、これだ。
なんだか、悩むのが馬鹿らしくなる。
「…………この目で、確認したいです」
「そうか。ならベンジャミンに送ってもらって、また戻りたくなったら連絡するといい。ベンジャミンへの言い訳は道中したらいいだろう」
母は、当たり前に僕の言葉を待って、当たり前に尊重してくれた。
「………いいん、ですか?」
前に、ソラが作りかけのオーパーツが気になるから帰りたいと言った時は、足を持って逆さ吊りにした挙句、ダメだといったのに。
「家族は大事にできるなら大事にした方がいい。だけどな、家族だけを大事にするのは違うだろう?」
家族よりも優先しようとしているのに、当たり前だろうと言われてしまう。あまりにもさっぱりとしていて、父が惚れたのも妙に納得した。
ロミアは、多分大丈夫だよと言ったが、脈拍がかなり少ない。たまに脈が止まる。普通にうっかり死にそうで怖い。
何よりも、血管に投与している薬の色がなんか白に緑を混ぜたような色で怖い。人間の体内に入れていい色ではないだろう。
ロミアは、まあ三日後くらいに目覚めないなら死ぬかもしれないけどねと笑って言っていた。因みに一番致死率が高いのは投与直後だと後で聞いた。なので、ロミアの大丈夫はあまり信じられない。医師としては頼りたくない。
「あー、ベンジャミン先生、えっと………まじですみません」
見舞いに来るというので王族だけが使える船着き場まで、馬を連れてきたが、船頭をするベンジャミン先生の顔がやや怖い。
「……エラ様も許した事だ。ユマ様……期日の間でしたら、数時間でも構いませんからお戻りください。迎えに来ますから」
ユマに対してはとても優しく伝える。
「と……ベンジャミン先生、すみません。我が儘を言って」
「ユマ様も、いつの間にか親離れの時期が近付いているのでしょう。ナゲル、あとは任せた」
「はい」
これ絶対次の稽古で死なない程度に殺されるやつだ。昔からベンジャミン先生は、ユマやソラの近くにいる俺をしっかり鍛える嫌な趣味がある。
「行ってらっしゃいませ、ユマ様」
ベンジャミン先生に見送られ、オーパーツ大学へ向かう。
「エルトナの状況は?」
「ロミアが薬を投与してる。そろそろ山らしい。まあ、死なないとは思うけど、正直死なないとも補償できない。万が一があって恨まれたくないからな」
島に残るって言うなら、ユマの意思だったと言い訳ができるというダメな考えもあって知らせておいた。
正直、家族大好きのユマが、エルトナを取って島を出たのは予想外だった。年功行事とはいえ、ユマたち家族にとっては、年に一度の家族として過ごせる唯一の期間だ。
「実際に見て、大丈夫そうなら戻るよ」
「ああ。そうしろ、俺だけの判断だと気が重い。今は昏睡に近い状況だから。安定してると思ったら帰ってベンジャミン先生の機嫌を全力で取ってこい俺のために」
日が暮れてしまっているので移動速度はあまり上げられない。今のユマはほぼすっぴんだ。恰好も真ん中だ。暗い方が人目に付かずに在り難い。ユマは王族でなかったとしても、人目を引く。フード付きの外套も持ってきたので着せて置く。島に籠っているはずのユマがいるとなれば、何事だと騒動になりかねない。
馬なのである程度太い道を選んで進んでいく。
ジェゼロには街頭があるため、暗くなってもしばらくはひと通りが途絶えることはない。夜でも街中を馬で駆けるのは禁止なので、遠回りをして走らせるか少し早歩きをさせるかだ。
もっと急ぐなら、いっそ普通に走った方が速いかもしれないが、夜間は馬に乗った方がいざという時逃げやすい。
オーパーツ大学に着くまで、特に会話はない。他人の病状を道端で話す趣味はない。
馬を繋いでから、病室へ向かう。
「手技は手伝ってるけど、薬の準備も投薬量も、状態確認もロミアがしてる」
「ああ、それは、心配だね」
医学系の研究室の奥まった場所、ユマ達が大怪我などをしたとき用に使う部屋に、現在エルトナはいる。ロミアが特殊な治療だから、機密にしたいと言っていた。奥に入るのにも認証鍵がいる場所だ。
扉を開けて入ると廊下にロミアがいた。
「あ、ユマ君、本当に来たんだねぇ」
「命に別状はないと聞いていますが、念のため」
「……あはは……はは」
ロミアが乾いた笑いでそっと目を逸らした。ユマが微笑みのまま頭を鷲掴みにした。
「ロミア、彼女は僕が連れてきた大事な客人です。どういう状況ですか?」
「あ、冷静に冷静に。僕も頭割られたら普通に色々あれだから! 頭蓋歪んじゃうから!」
「ユマ、まあ落ち着け。今の治療の状況を把握してるのはそいつだけだ」
的確に注意するとお怒りのユマが手を離した。
「とりあえず、エルトナに会ってから、状況を教えてください」
いったん冷静になったところで、部屋へユマを案内する。
「あれ……起きてるな」
点滴には繋がれているが、体を起こしている。
「無事に起きたんだけどね。ちょっと廃人よりっぽい」
てへっとロミアが笑う。ユマが殴るか蹴るかするかと思ったが、静かに、病室へ入った。




