112 ロミアとピンク
エラの代わりとして王代理の務めをしてやるのは、エラのためよりはベンジャミンへの報償としてだ。
それとハザキとベンジャミンが結託して、エラができない少々厳しい灸を据えるためと考えればハザキのためでもあるか。
まあ、最近は数件の成敗だけだ。年一で加虐趣味が監査を企んでいるとなれば、頭のいい者は控える。最近は賢いと過信するものか、アホとすら認識できない馬鹿くらいしかない。もっと綿密に計画された不正などがあれば面白いというのに、ジェゼロは平和だ。
嘆願系統も最初こそ多かったが、俺はエラほどお人好しではない。面白そうなことは通してエラに回すが、エラが同情そうなことを掃き捨てるので、わざわざ俺が執務代行している時期に狙わない。
今回に関しては、俺が唯一師匠と呼べる変人が戻ってきて仕事を手伝っているのもあって、余計に暇なんだろう。
「はぁ……どこに行ってたんだ。ロミア」
出会った当初こそ敬った話し方をしていたが、もう最近では崩した口調になってしまう。
茶色の襟足程度の長さのふわりとしたおかっぱのような髪型に緑の眼をした男とも女とも、子供とも大人とも言えそうな存在に問う。
この国で最も敬われるべき存在だが、地上で王族がそれをすると色々と不都合が出るのもあって、継承もつけずに読んでいる。事実を知るものは少なく、オーパーツ大学でよくソラの相手をしていることから帝国から招いている技術者か何かと勘違いしている者も多い。
そのロミアは、一年ほど行方をくらましていた。まあ、気まま度では俺にも劣らない。ふらふらと世界を見てくると旅をしていたこともあるので、俺たちも得には心配しない。一応、定期的に連絡もあった。
「ふっふっふ。ちょっとねー。あ、そうそう。オオガミ君や。今日はオーパーツ大に行って、エルトナって子と会いたいんだ!」
ついてきてと強請られる。
「別に一人でも行けんでしょ。あんた」
「えー、だって、いきなり殴られたり、蹴られたりするかもしれないから。相手を怪我させずにちゃちゃって抑えてくれる人がいた方がいいんだよ。だから一緒にきてっ」
ソラと似た喋り方をしているが、ソラよりもさらに一段賢く特異な存在がかわい子ぶっている。
これは、出会った時は変わらない見た目をしている。出会ったのはユマが生まれるより前の話だ。
「てか、出会い頭に殴られるような事をしたんなら、殴られとけばいいんじゃ?」
「海中戦ならともかく、陸だとその子が怪我をして余計に恨まれるだけだよ。それに、冷静になったらちゃんとお話しできる子だから」
エルトナはジェゼロに来たがっていたのは確かだ。
俺も紹介状を書いてやったが、あれだけ持ってひとりでジェゼロに来た場合、国境で待機して、四日ほどで入国の許可が出ただろう。今回はユマに同行し、それを聞いていた俺が先に書類を作って置いたことで待ち時間なくそのまま国には入れた。だが、入国時に体調を崩して倒れ、その後はオーパーツ大学で療養をしている。療養と言っても休暇に入るまではソラの子守りをさせられていたようだが。
ジョセフコット研究所の仕事の関係もあって、エルトナの為人をまったく知らない訳ではない。
淡々と仕事をこなし、研究員や教授連中からの依頼でも、身分関係なく急ぐ順に仕事を裁いていた。地味な仕事だが、かなり優秀な子供だ。あれが大人でも優秀だと変わらず評せる。
「……エルトナとはどんな関係だ?」
「んー、その子はまだ知らないよ。僕が知ってるのはピンクたんだよ。部下の中でも論文精査はぴか一でね。コピペ論文の駆逐を趣味にしていたし、本人が研究することは海洋学だけだったけど、エビデンスの高い論文まとめもよくやってくれてたよ。まあ、性格が真面目過ぎて色々と困った君なところはあったんだけどね」
嬉しそうに話すがよくわからない。エルトナの親の話か何かか。
「手紙にはレッドルの名前もあっただろう。女神教会の教祖がそんな名前だったはずだ。本人も女神教会の司教の養子だからな。お前が会っても平気か?」
女神教会……、ジェゼロにとっては厄介な宗教だ。
自国にとっては毒のようなものだが、他国がそれを信じている分には都合がいい。ただ、狂信されると猛毒になる。
あの宗教を見ると、三代目ジェゼロ王が国外追放したくなる理由もわかる。
「その赤っぽいのは……本人はしらないけど、その人への愚痴は聞いたことがあるよ。なんかねー。あいつが思うような聖人じゃねーんだよ、こっちは! って」
恐らく三代目の愚痴だろう。
「それで会ってどうするんで?」
「なんか、色々と後遺症があるみたいだから、話聞いて、できそうならお薬だしてあげようかなって」
「……あの頭がいいのが失われるのか?」
ジェゼロ王の血は毒にも耐性をつけられる。それこそ致死毒もちょっと体調不良くらいで済ませられる異常性だ。だが、普通の人間は薬によっては思考が低下する。酒ですらその作用があるが、治療によっては、あの優秀な頭の回転は保てないだろう。
「んー……どうだろう。やってみないとわかんない」
「わかんないか……。ユマが随分気に入って連れてきた客だから、あんまり変にして返すのは止めてくれ」
「別に改造するわけじゃないよ。それに、二つってのが気になるから」
まあ、神様が言うからには従うが。
さて、ここで問題です。ダダンッ。
前世の記憶や生まれ代わりはあり得るのか?
異世界へ転生はちょっとしてみたいが、戻ってくる人間がいない限り証明はできない。後、立証に耐えうる証拠も必要だ。
因みに子供はある意味で両親の生まれ変わりの一種に数えてもいいんじゃない派だ。それに加えて、記憶の引継ぎは昔研究していた。結果として、先代の記憶は引き継げる。
興味本位で実験台になった部下の名前はよく覚えている。実験に参加しなくても、面白い子だったからよく覚えている。
現代の人が言う旧人類の時代に僕は産まれた。
旧人類と言葉で聞けば原始的なイメージになるが、実際は戦争と天災で荒廃する前、行き過ぎた発展を遂げていたものたちだ。
電気やネット回線は当たり前、今のように生活に窯なんて使わない。
そんな時代に、僕が働いていたトゥリー・アイ総合研究所では、多くの研究に金をかけていた。
未来視や、汎用型人工知能、超再生に空飛ぶ二足歩行型ロボなど色々と眉唾研究をしてきた。
その一つが記憶の継承だ。
最初の足掛かりになったのは海洋生物。迷路状にした餌場でパターンを覚えこませる。その状態で繁殖させる。
親から子へ教育で記憶を継承させないために隔離。各生育状態で同じ迷路に入れて実験が行った。
一部の実験体が、一度で迷路を突破できたのだ。
他の動物でも結構な時間とお金をかけて研究され、人体を使用した最終臨床試験が行われ、結果細かく検証する前に旧人類が終わってしまったのだ。
まあ、今の時代で再現しようとしても、精密機械の供給が難しい。あの頃のやんちゃな研究も、潤沢な研究資金があってのことだ。
今のオーパーツ大学も、かなりお金がかかっているが、あのころに比べれば高が知れている額だ。
その現代の最高教育機関の門を抜け中に入る。僕ではなくオオガミを見て挨拶する人が多い。僕はあんまり表に出ないようにしている。何せ老けないから、長くいる人から見ると異常性が案外簡単にばれてしまう。そういう面は昔の方がごまかしができた。
「あれがエルトナだ」
一応、どこかの部屋で待って、僕に会いたいという子を連れてきてもらおうと思ったが、道で遭遇してしまった。なんだか、ゲームで敵に遭遇した時の効果音が付きそうな感じだ。
赤毛に癖っ毛。それを後ろにまとめている姿まで似ているが、顔は全然違う。彼のようにきらきらしていない。生前、埋没できる顔になりたいと嘆いていたので希望がかなったねと考えてしまった。
「やあ、僕を探してたって………」
静かにこちらへ近づいてきたが、殺気を感じる。あ、やっぱりこれ、めっちゃ怒ってる。
まあ、予想していたからオオガミ君を連れてきたのだ。その子が殴り掛かる動作を始めた時点で、オオガミは何の殺気もなく流れるような動作で子供を拘束した。地面に押し倒すのではなく。そっと地面に座らせるような形で後ろ手にして拘束している。はたから見ても、暴挙ではなくオオガミの謎のスキンシップくらいにしか見えないだろう。
「何したらこんな怒らせられるんだ?」
「あはは、思い当たる節しかない」
抑えられた後、特にあばれることもなく睨んで舌打ちをされた。無茶なお願いを可愛くしてみたら舌打ちされたのを思い出す。顔は似てないのに、冷ややかな目がそっくりだ。
「じゃあ、お部屋でお話ししようか」
お怒りの「彼」には、きっちりと趣旨と目的を報告して納得してもらう必要がある。そうしないと他が同情して敵に回りかねない。
オオガミに半ば連行されたまま、学長室に入った。学長秘書が掃除に入るので綺麗にされているが、ほとんど使われていない。オオガミ君は基本校内をうろちょろするかソラと研究室に籠っているのでここは書類置き場と化している。
「マジで殴り掛かるとはな」
ソファに座らせると、オオガミも横に腰かけた。この距離なら直ぐに止めてくれるだろう。僕は向かいに座る。
「ロミア、何故薬の管理を怠った」
自己紹介もなく、その子が眉根を寄せる。
「……」
少しだけ頭を使って何のことだろうと考える。
「……MMIの事だ」
「ああ、ちゃんと地下の保管庫に保管してるよ。って言ってももう使用期限が切れてるけど」
流石に温度管理をして保管しても劣化する。製法は残っているが見ても普通は理解できない代物だ。
「ならなぜ旧人類の後に産まれたレッドルの記録があるんだ。可笑しいだろう」
「そう、君、今二人の記録があるって手紙に書いていたけど、今はピンク君だよね? どういうこと?」
横のオオガミが怪訝な顔をしているが口を出してこない。
「正確には元の人格であるエルトナだ。他の二つはあくまでも記録だ」
元のエルトナが元々こういう喋りと態度なのかはわからないが、顔以外は僕の知るピンクラル・D・ランテとそっくりだ。そう、彼の子供がそうだったように。
「でも、ピンク君の子供はお薬飲んでこういう事にならないように対処したでしょ?」
ピンク君の最初の子供が可笑しいとわかったのは五歳くらいだったろうか。最初は父親の真似をしているようだったが、真似ではなくて生き写しに育った。動物実験でも似た趣向を持っていたが、人格までが似ていたのだ。そこまでは動物では確認ができなかったものだ。
「なのに、ピンク君の記録があるのはちょっと変じゃないかな」
「私もそんなことは知らん。だが事実として俺はお前を知ってる。何なら知っている悪行を並べようか?」
「わぁー。色々あり過ぎるからやめておくよ。それで、わざわざ僕のところまで来るってことは、何か目的があるよね」
「手紙にも書いただろう。これ以上負荷がかかれば私が私じゃなくなる。正直に言って猶予はもう長くないだろう」
二人目の子供は既に生まれていたのでその子に抑制剤の投薬をした。三番目は先にピンク君が飲んで置いたので遺伝はしていないはず、だ。
隠し子を作るようなタイプではなかったが、今と違って性交以外でも子供は作れる時代だった。本人の預かり知らぬ間に、なんてこともあったかもしれない。何せ誰もが振り向く美形だった。
「普通なら、もうこのくらいの歳だと薬も効かないかも知れないよ」
「言っただろう。二つある。拮抗しているのかまだ完全に飲まれていない」
事情を知らないと完全に多重人格だ。ただ、普通は知り得ない情報、薬の略名などを知っている。本物と見て対処してあげた方がいいだろう。
「お前なら、俺を残すためにエルトナを消したりはしないだろう」
「……そうだね」
僕の辛いところは、友達や大事な人は先に死ぬことだ。懐かしい友人に会えたような嬉しさはあるが、それを消せというのにちょっと寂しくは感じる。けれど、彼の希望を無視するほど勝手ではない。
「わかった。薬を用意するよ。副作用で数日は目覚めないと思う。それだけじゃなく、そのまま目が覚めない可能性も少なくない。下手をしたら、そのエルトナって子がいなくなるかもしれない。それでもいいならだけど」
幸いと言うべきか、オオガミ君が帰ってきたときに薬草を持ち帰っていた。いや、あれは僕の兄弟が準備させたのだろう。あいつはエルトナを知っていただろうから、準備させていたとしても不思議がない。ただ、精製する装置がなくて、帝国でも作るのが難しかったから送ってきたのだろう。幸いにもこっちにはまだ使える機械がある。なんでこんなマニアックなの持たせたのかと思っていたが、このためだったのだ。
「危険は承知の上だ。どれほど日がかかる?」
「……んー。材料があるからそんなにかからないかな、明日の夜までには持ってくるよ。だから、今日から絶食して置いたほうがいいかもね」
「わかった」
まだ睨むような目だが、納得はしてくれたらしい。
君の価値がなくなってしまうかもしれないけど、本当にいいんだねと聞きかけてやめた。その価値は誰かにとっての利用価値だ。本人にとってのものではない。
「善は急げ。僕は製薬を始めてくるよ」
「ああ、頼む」
部屋を出ていこうとすると、止められはしなかった。僕に対して詰問するよりも、症状悪化を止めることを最優先にしたいのだろう。
僕の方が、もっとお喋りしたいくらいだけど、我慢しておく。
それに下へいったら薬が盗まれていないかも確認しておかないといけない。
ピンクラルは、ピンク君やピンクたんと呼ばれるたびに若いころは切れていました。




