111 余暇の過ごし方。
言ってしまえば、いつもと同じ、平和な夏の休暇だ。
わざわざ島に引きこもる理由が今ならよくわかる。普通に城で休暇を取っていたら確実に誰かが邪魔をする。何よりも、人目があることで、僕らは父を父として呼べないのだ。
相変わらず、いつもと同じだが、普段ではない。
「それにしても、ユマはジェゼロでは比較的大人しかったのに、国を出た途端にはじけてしまったな」
みんなで夕食の準備をしていると、母がそんなことを言い出した。
「ユマ君、カンチュウ水泳したって聞いた」
ララが難しい言葉を上手に使う。
「誘拐されたって聞いたよ」
ソラは何故か勝ち誇って言う。ケータイを作ったのはソラだから、傍受している可能性はある。
「ユマ様、何をするなとは申しませが、安全を第一に考えるようにしてください」
最後に父から注意される。
「ふふ、ユマがみんなに心配されるのは可愛いなぁ。それで、ソラも気に入った友達はどうだ?」
母が雑に話を変えてくる。当初からこの話題をしたくてうずうずしていたのは感じていたが、今ぶち込んでくるか。せめてもう少しまともな導入を考えて欲しい。
いや、これも国を出た途端のやらかし集の一つ扱いなのだろうか。
「はい! エルトナたんは帝王様におねだりしてでも欲しいです! かなりマジでっ!」
ソラが代わりにどれだけの知識人で、こちらの発想を否定せずに現実可能なものへ落とし込み、かつ周りとの関係も上手く調整するかを話してくれた。
エルトナは有能だし、あの年で帝王命を受けて仕事を任されるほどだ。だが、エルトナの良さは他にもたくさんある。
実は怠惰な性格だとか、ジェゼロ飯も平気な貧乏舌だったり。結構口だって悪い。それに、誘拐事件の時に運んだ時よりは栄養状態が改善して少し体重が増えて、今では男とは違う柔らかさがあった。いや、これはダメだ、置いておこう。
顔は僕のような大衆受けする美人ではないかも知れないが、とても可愛らしい顔をしている。
「オーパーツに造詣が深いのはいいなぁ。嫁姑争いの心配もなくなるからな」
「母さん、エルトナは友達です。もし会う機会があっても、妙な話はしないでください」
妹たちが何か言っても微笑ましいで済むが、親が言うと居た堪れない。
「私とて、馬に蹴られたくはないからな。まあ、ユマは男だから結婚はできる。人間性に問題がある相手で、騙されていると判断されたら、しかるべき機関が対処しかねないが……ソラがここまで気に入るならば問題ないだろう」
ぴっと包丁の切っ先を向けて続ける。
「誰を相手にするにしても、婚約の時点で男は成人の扱いにしなければならない。自分の将来も踏まえて、これからは考えるように」
「エラ様、人に切っ先を向けないでください」
ベンジャミン先生に……父に母が叱られた。
でも、そうか。
まだ数年は猶予があるかと思ったが、成人となったら僕の名前はユマ・ジェゼロではなくなる。歴代の王の兄弟は国に居座りジェゼロと名乗る者もいた。未だに一部の国でジェゼロ王が男と思われているのは、母の恰好や制度だけでなく、ハザキ外務統括の役職のように、他国との交渉役をしていたのがジェゼロを名乗る男が行ったこともあるからだろう。
ジェゼロは、完全鎖国でも成り立つ国だが、オーパーツの普及と発展を考えれば国内だけでは足りない物資が出てくる。輸出入は国の威光だけでどうにもできないこともある。ララの手助けとして、そういうことに携わることもできるかもしれない。
「……成人の時期は、父さんとも相談して、考えてみます」
父を見ると、少し寂しそうな笑みを返された。
帝王は、一年間、ルールー統治区の粛清を待つと言った。だが、ふと思う。それは僕への猶予期間ではないかと。
時間を見て、ユマ様と桟橋で釣り糸を垂らす。
ユマ様は留学に出発されたのは十六歳の終わりごろだった。今はもう十八になられた。
ジェゼロの平均的な成人年齢だ。後四年、猶予はある。だが、それはあくまでも伸ばせばの話だ。
既にご自身で部下の信頼を得られている。そう考えれば、ユマ様は十分に大人として見てもいい。
もっとも、ユマ様が老人になっても、子供にしか見えないかも知れない。子はいくつになっても子供だ。できることなら、囲いを作ってその中で大事に守っていきたいものだ。そうはいっても、エラ様の子供でもある以上、檻など破ってしまうだろう。
「その、父さんはいつ成人したんですか?」
「いつだったか……。ああ、十七くらいだったと思います」
「……もっと早いかと思いました」
「前国王から短期の留学を命じられた関係です。成人だと何かあった時に個人責任になる可能性がありますから。成人していなければ、もし誘拐や犯罪に巻き込まれても交渉がしやすいですから」
ユマ様も、まだ成人していないから留学に出せた。ユマ様の場合は成人していても勝手はできないだろうが、予防線は多い方がいい。
「その、父さんが母を気になりだしたのはいつ頃ですか?」
「……」
どこか気恥ずかし気に、何か期待したような目を向けられる。無条件の信頼している相手に、この手の話はあまりしたくなくて苦笑いが漏れる。
ジェゼロ王の婚姻は許されていない。正しくは男との結婚は許されていない。機密を守る伴侶として、女性を迎えることはできる。異性が許可されていないのは、ジェゼロ王の子の父親は政治にかかわらぬよう遠ざけられるからだ。
国王付きは直接政治には係わらないが、それでもあまりに国王に近すぎる。それが王と関係を持ち、あまつ陛下との子供を望むことは許されない。
自分とて、それが望めることでないことは理解していた。わかりながら、気持ちが腐り落ちるように膨らんでいった。いつか、エラ様の閨に自分ではない男が呼ばれると。それを、ただ見届けることしか許されないと。
期待した目を向けるユマ様の頭を撫でる。この年頃の時に、オオガミからこんな扱いをされれば、自分は蹴りかかっていたが、ユマ様はいたって当たり前に受け入れてくれる。
エラ様の子であれば、だれが父親でも愛せると思っていた。それはきっと詭弁だ。エラ様が卑しい自分の子を産んでくれた。それも、こんなに愛らしい子供たちを。
「小さいころは、エラ様のことがあまり好きではなかったんですよ。サウラ様に愛されているのに、それを気づかない。それに、今でこそ鬱陶しいですが、幼少期の自分にとってオオガミは兄か父のようなもの。それからも気に駆けられている。子供の嫉妬と言いますか。あまりいい感情はなかったのが本音です」
「……なんというか、意外です。まあ、母にちょっと苛立つのはわかりますが……」
物心つく頃には、エラ様の警護の真似事をさせられていた。正確には前国王のサウラ様への報告で、日々のエラ様が何をして過ごしたかを話すだけだった。四つ葉を見つけて喜んでいたとか、転んで泥に突っ込んだとか。そんな些細な事を一々報告する。
自分は森に捨てられて国が支援する孤児院で育てられていた。だから王様から命じられれば、その務めは果たすべきだと。
「それなのに、あの母をよく好きになりましたね」
「……まあ、好きになってしまったんですよ。気づいた後は、ずぶずぶと沈んでしまいました。エラ様の寛容さがなければ、今頃、こうしてユマ様達をただ純粋に愛しいとは思えていなかったかもしれません」
寛容と言うには言葉が足りない。エラ様の許しがなければ、変質者か異常者の扱いをされていたかもしれない。愛しさが煮詰まり過ぎて憎悪に変換されてしまっていた可能性もある。そう考えると、本当に、エラ様は偉大だ。
「その、自分の父親を知った時は、やっぱりと思う反面、ほっとしました。もし、母が何の報いもなく父さんを扱き使っていたら、正直幻滅したと思います」
その答えに苦笑いが漏れる。
大切に育てたが、もっとエラ様の偉大さを伝えるべきだった。例え父親が違ったとしても、幻滅などさせてはならなかったのだ。
「それで……ユマ様が異性を苦手としていることは理解しています。そんな中、女の子を二人も連れてきた。……恐怖しないで済む相手が増えたのですね」
父親に恋愛相談など普通はしないのかもしれない。少なくとも、オオガミにエラ様に対する悩みなど打ち明けない。けれど、自分とユマ様の関係は、普通の親子とは大きく違うと理解もしている。頼られるように仕向けてきたのだ。
「……やっぱり、僕が女の子を連れてくるのは変ですか?」
困ったような少し気恥ずかしそうな顔だ。
自分は二人を実際に見た。
ユマ様が好意を寄せているのはエルトナと呼ばれるソラ様のお気に入りだろう。エラ様を前にする自分のように、甲斐甲斐しく世話を焼こうとしていた。
ただその相手が堂々とロミアに会いに来たと言った事に驚いた。それもジョセフコット研究所の所長に会えないがためにわざわざ来たというのだ。どちらも最重要機密人物だ。とはいえ、公然の秘密でうろちょろしているので知っている者は昔に比べればかなり多い。
とはいえ、本来ならば、拘束して尋問を行う案件だ。帝国の者であっても、王に次ぐ最重要人物を軽々しく呼ぶ理由を確認しなければならない。それをユマ様の客人であるため、目を瞑った。
「ロミア様にお会いしたいという相手を連れてきたことは少し驚きました。ユマ様は利用されているのではないかと、案じてすらおります」
ロミアへは手紙を届けている。中は先に確認している。
ピンクラルとレッドルという男の記録がある。この症状を止めるため、また現状を正確に把握するためにも面会を所望する内容だった。
正直に言って、何かの暗号なのか、理解しきれないところではある。ロミアは、ここまで来たなら仕方ないねと会う意向を示したが、今回の休暇中に会いに行ってしまうのか、こちらを待つ程度の配慮をしてくれるのかは不明だ。
少なくともロミアが興味を持ったのは確かだ。
「あ……その、エルトナは危険人物ではないです。事前に事情は伺っています。苦しんでいるなら、手助けをできればと……。無論、ジェゼロの国益を害するというのであれば、直ぐにでも帝国へ送ります」
「ユマ様の御客人を害するつもりはありません」
ロミアがどうするかは別だが、少なくとも、ユマ様の友人であるというなら、相応の待遇が必要だ。
「エルトナさんには、恐怖心は出ませんか?」
ここに連れてくるということは、ユマ様が女装していることも承知しているという事だろう。ジェゼロでは有名な話で、隠すことはできない。男とばれているのに近くに置ける女性はそれほど多くはない。
「……その」
口籠ると、竿から垂れる糸に視線を落とした。既に餌は取られて、ただ風に揺れているだけだ。
「彼女を見ると、可愛らしいなと……何かしてあげたいなと、思うようになりました」
顔を真っ赤にして俯く姿になんとも甘酸っぱい気持ちになってしまう。自分にはこんな可愛らしい時があったろうか。
相手はあの歳で帝国が重宝する人材。何やらロミアに相談するような、不可解なところもある。となれば、ユマ様のためにジェゼロに引き込むには少々力業が必要だろう。
「ユマ様が望むなら、このまま留学を取りやめて、こちらに残っても構いません。帝国の警護団と話は付けましょう。彼女もこちらに留めればいい。しばらくは城で匿う形を取ることになりますが、正式な交渉を済ませればあとは自由にできるでしょう。オーパーツ大学で働いていただくことも可能です」
「え、いえ、本人も帰ると言っていますし」
「一度返せば、二度目は難しいでしょう。目的のロミア様との面談が終われば先に帰ってしまう危険性すらあるのです」
一度でも手放せば、それは二度と手に入らないかも知れない。その危険性はよく知っている。
これは、ユマ様が好意を抱く相手を捕まえるという意味だけではない。
どうにも今回の留学と言い統治区に係わらせる帝王の策と言い、嫌な予感がする。
できれば、ユマ様にはこのままジェゼロに留まって欲しいとすら思っている。ユマ様を留めるためならば、多少亀裂が生じようとも、ユマ様が望むものを手に入れる。
「私はユマ様が後悔するようなことは避けたいのです」
ユマ様はエラ様の子供だが自分の息子でもある。
好きな女の為に全てを投げ打って、ともに国を出ることすら厭わない。むしろ、好機とすら思ってしまった男だ。
ユマ様の感情が確固たるものになれば、相手は逃げられないだろう。捕まえるためなら、ユマ様は家族をも捨ててしまうかもしれない。
「……その、僕はエルトナに好意を抱いていると思います。けど、あちらは僕の事を何とも思っていません。だから……父さんみたいに、ちゃんとわかってもらえるように努力したいと思っています」
ユマ様に見つめられて頬を染めない女子などいまい。
だが、世には変わった趣味の者もいる。
できることならば、レールを引いて、安全に育みたいものだが、子育ては思い通りにはならない。何よりも、ユマ様がご自身で努力したいというのならば、止めることはできない。例え国を捨てても、好きな方を選んだとしても、尊重しなければならないのだろう。
もう成人と言っていい歳だ。一人の大人として見てあげなければならないのかもしれない。
もし、相手の隙に付け込む機会があれば、徹底的に利用するようにと助言したいが、流石にやめて置く。エラ様を助けた時、考えたのはただエラ様のために、だった。結果から見れば、他に頼れるものがいない状況に付け入り、上手く今の関係に持ち込んだ。崇高さなどない汚さだ。
誰よりも、尊敬してくれている息子に蔑まれたら生きていける自信がない。
餌を付け替えて、釣り糸を垂らす。ユマ様もそれに倣って餌をつけた。
「ユマ様の人生です。失敗することもあるでしょうが、できるだけやってみるといいでしょう。困ったことがあれば、手を貸すくらいは致しますので」
「……はいっ」
可愛い笑顔で答えが返ってきた。ユマ様は育つごとに自分の面影が濃くなっているが、その中に、隠しきれないエラ様の愛らしさが残っていて、日々、エラ様の罪深さを感じる。
父と息子でいちゃいちゃしてます。
世界一のエラ様の子供がかわいくて仕方ないVS理想の男性像で尊敬できる先生。
が前提にあるので普通の父子ではないです。




