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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
エルトナの治療(ジェゼロ)

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107 一次審査の合否


 最初に倒れたのはアリエッタだった。それでもかなりの時間頑張っていた。


 午前中とはいえ、ずっと剣を振るいっぱなしでは脱水にもなるし、熱中症にもなる。リリーから体力強化など面倒を見てもらっていたようなので、最初の数分は様になっていたが、そう経たない間によれよれになってしまった。そこを鬼畜老人が言葉攻めでその程度ではいざという時に足手まといだとか、このまま倒れればそこまでの人材だとか、最後の方は、諦めて休憩していいという悪魔のような事を言っていた。止めないのは手加減しているのはわかっているし、実際僕らに対するように打ち返したり痛い思いをさせているわけでもなかったからだ。


 人間、気力と体力だけでどうにかなるわけではない。最終的に泣きながら竹刀の重みすら耐えられずよろける様に右往左往していた。本当に動けないところまできて、ハザキが手を止めたが、立ち上がろうとしていた。いつもは癒し系のアリエッタが、強い眼で睨んでいた。気持ちだけが残っていても、体力は正直で過呼吸になり出していた。ハザキに視線で許可を得て、流石に止めたが、まだできますと、涙ながらに訴えられてしまった。


 アリエッタの介抱をしつつ、アリエッタ以上の運動量で粘る二人を見る。


 トーヤは正攻法の剣術だ。流派が違うので構え方や攻め方が違うが、似たような稽古はあるのだろう。休みなく攻めている。汗で床が濡れているくらいの状況だ。


 ニコルは剣術とは程遠い曲芸的な動きで、結構早い段階で二対一で相手をすることになっていた。剣術ではない人を殺すための動きに、一人では対応しきれないのだ。

 トーヤは普通に強いが、ニコルはちょっと異常だ。


 二人ともアリエッタと同じように休憩なしだ。無論水分補給の時間も与えられていない。既に一般的な追い込み稽古の数倍は時間が経っている。


 ニコルはあまり動きが鈍らずずっと攻め続けていた。ニコルの持つものが真剣だったら、かなりの人数が殺されているくらい的確に急所が打たれている。心臓や首や脇、足の付け根を狙ってくる。ニコルが簡単に人を殺す技量があることは知っていたが、簡単に身に着くものではない。

 やっぱりちょっと怖いなと思っていたら、相手の竹刀が頭に命中して、そのまま倒れた。受け身も取らずに落ちたので、死んだんじゃないかと駆け寄った。


 防具を外すと、息はしていたがかなり荒い。そして意識がなかった。汗で服がぐっしょりと濡れている。本当に、ずっと神経をとがらせて、相手に致命傷を与えないよう注意しながら戦っていたのだろう。


 最後に残ったのはトーヤだった。肩で息をして、かなり苦しそうだがニコルと違っって攻める速度を調整して体力を温存しているのだろう。

 ニコルが落ちてからしばらくして、どこかへ行っていたベンジャミン先生が戻ってくる。


「ああ、まだ一人生きてましたか」

 アリエッタは少し回復していてそれを聞いてびくりと肩を震わせた。


「そろそろ昼食なので、落としてきます」

 竹刀を一本手に取ると、相手を変わる。そこで、止めるなと言われた足を、腕を、トーヤがぴたりと止めた。休んでいるわけではない。打ち込めないのだ。


 すっと、ベンジャミン先生が大上段に構えたと思ったら、風を切る音がした次にはトーヤの肩口に落ちていた。真剣ならば致命傷だが、一本ではない。トーヤが動いて防具をつけていない先生の喉元を突くのが見えた。竹刀が巻き上げられて、床に落ちる。それと同時に、トーヤも両膝を付き、手で体を支えて何とか倒れることだけは耐えていた。


「終了」

 声高々にハザキが宣言した。相手をさせられていた道場の人が拍手している。自分だったらと思えばぞっとするだろう。途中から人員が増えたとはいえ、結構な時間を相手するのも大変だったろう。


「トーヤ、もう終わりだから……」

 とりあえず防具を外して水分を取らせようと声をかけに行った。下を向いた顔は、目を見開いて口を半開きにして荒く息をしていた。汗が玉のように浮かんで、ぽたぽたと流れ落ちている。


 ぐっと唇を噛んだ顔は、悔しいような、まだ諦めきれないような顔をしていた。

 三人とも、本気で、限界を超えて頑張って事はよくわかる。性格の悪い爺に追い込まれることは僕も経験があった。けれど、僕の稽古と違って、彼らは僕のために全力を出したのだ。


「トーヤ、お疲れ様」

「申し訳……ありません」

「結果は後で聞こう。できることはしたよ」


 その場で座らせ、防具を外す。ニコル同様に本来は立っているのも辛いだろう。呆然とした顔で焦点があっていない。いつもきっちりとした態度をとっていただけに、その差がよくわかる。


 なんだろう。オオガミと言い僕の保護者は鬼畜系ばかりなのだろうか。いや、ハザキは王の子である僕をズタボロにするくらいだから今更か。


「あーあー。熱中症と脱水はまじで死ぬから」

 道場に暢気な声がした。

 ナゲルが死屍累々を見て自分の祖父を呆れた目で見ている。


「とりま、こっちに運んで冷やせ」

 ナゲルがぱっぱと指示しだす。

 一応応急処置はしていたが、道場に設置している救急道具を取りに行く。


 どこかで、自分もたまにやられるシゴキで、辛いよねーと軽く思っている自分がいたが、ナゲルの対処からして、本当に下手したら死ぬらしい。僕ももう少し一般的な対応を覚えた方がいいかもしれない。





 自分の爺ながら、鬼だと思う。

 まあ、定期的に俺もやられているけども。


 アリエッタは一番回復が早くて、それでも悔し泣きをしていた。体の性質上、女性の方が限界の手前で制限がかかる。男が倒れたほうがやばいと言うのは、その限界が本当に限界であることがあるからだ。

 まあ、なんにしても三人とも本気で倒れるまでの稽古だ。死屍累々を見て、うーわーと言う感想しかない。


 俺とユマが屍にされる時は、基本爺とベンジャミン先生だけだ。無様を晒さないという優しさと、他のものが上手く手加減できず何かあれば問題にならずとも気に病むからだ。

 優しいならもうちょっと手加減して欲しいが。無駄な希望なので俺は本気で意識失う前に自主的に制限をかけて死んだふりをする。何回もやられればそういう要領がないと、鬼たちと付き合っていられない。


 俺と違って、認められなければならないという意味で必死なのだろう。別に上手い事手を抜けるのも才能だとも思うが……。


 ニコルとトーヤは同じくらいに起きられるまでになったが、昼はとっくに過ぎていた。熱中症、脱水症状、過呼吸、過労などだろう。ここまでやると数日はしんどいだろう。夏場にやるもんじゃない。


「んな、葬式みたいな顔すんなって、採用試験落とすつもりならはなから爺が相手して却下してるだろうからな」

 トーヤはまだ呆然としている。一対一での試合ならば勝てる相手がほとんどだったろう。だが、休みなく攻めるとなれば別だ。受けるだけならば難易度は下がる。なにせ殺し合いではなく、ただの稽古なのだ。


「ナゲル、ごはんもらって来た。代わるよ」

 ユマが扇を受け取ってニコルとトーヤを扇ぐ。


「ああ、三人とも、体力測定は合格だって。明後日から、朝に稽古に来るようにって事だから。あ、今日ほど厳しい稽古はないから安心して」

 ニコルが、ばっと顔を上げた。心底ほっとした顔をしている。


「僕、ユマ様の為にお仕事できますか?」

「後は母が許可してくれれば問題ないと思うよ」

 その言葉にアリエッタもほっとしている。


「……最後の相手、また手合わせできますか……」

 トーヤが一点を見つめたままに静かに問う。最後はベンジャミン先生に止めを刺されたんだったか。


「ああ、あれがベンジャミン先生だよ」

「……なるほど」


 目に闘志が燃えている気がする。これだから武人は嫌だ。




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