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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
エルトナの治療(ジェゼロ)

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100 ジェゼロへの移動


 所長代理を脅して所長へ連絡をさせ、この夏は休む事を許可させた。一応帝王命で仕事に当たっている扱いなので、勝手に長期休暇は取れないのだ。


 所長への書面にはユマの実家へ行くことを書いているのでジェゼロが行先であることはわかっているだろう。流石に所長がユマの出自を知らないとは考えられない。その上で、返信にはちゃんと帰ってくるならばと書かれた上で許可された。まあ、あちらでオオガミのスカウトを受けたらジェゼロがうまい事してはくれるだろうが、養父の立場も考えて帰っては来る予定だ。まあ、帝国から亡命するならジェゼロは権力の影響が届かない唯一の場所だろう。


 そう言えば、一つ目の記録は一度も転職はしていない。転勤と言うか、長期出張をさせられたことはあるが、トゥリー・アイ研究所と言うところで働いていた。研究員ではなく管理職や調整役と言った方が正しい。研究員の管理や研究結果の確認を主にこなしていた。今のジョセフコット研究所も変人は結構いるのだが、旧人類は技術力が今よりも格段に高くなまじ影響力が大きかったので今よりも大変だったろう。


 二つ目の記録は、ジェゼロを出立する前は事務仕事やらをしていたが、旅に出て結果宗教家として名声を得た。ある意味でこれはジョブチェンジといっていいのだろうか。ただ、転職活動をして仕事を変えたというよりは、いつの間にか変わっていた感じだ。


 今の仕事が好きかと言われれば、給料はいいが、ブラック企業で残業手当込みなので改善の余地は多い。一つ目の記録のお陰で比較的スムーズに仕事はできるが昔のようにメール一つでは済まない事も多いので、仕事量が格段に増える。それに慣れてきてちょっと飽きてきたというのも本音だ。


 ワイズに助言をして事業を手伝うのは案外と楽しかった。今生は幼少期に金に困っていたので守銭奴の気もあるので稼ぐのは好きだ。だが、この年齢と見た目では自分で商社を開くわけにもいかない。ただ、商品開発などは楽しい。ワイズに頼めば雇い入れはしてくれるだろうが、いかんせん彼女からは神聖視されているようで、結果が出ないといるのが辛くなりそうではある。


 今の仕事も所長不在とサセルサの産休育休のための臨時的な役割だ。このまま残ることは可能だろうし、それを望まれているのもわかる。帝王命なので解任の命があるまでは簡単にやめることもできない。


 二つ目の記録は辞めるとかの話ではないが、一つ目は色々上司の無茶振りを受けながらもよく辞めずに務めていたと思う。最も比較的若いころまでしか記録がないので、晩年に離職していたかもしれないが。


 休暇のために引き継ぎを済ませ、サセルサの手伝い程度に仕事をしながら荷造りをした。

 長ければひと月ほどだ。目的を果たしたら途中で帰還するので行き来含めて最短で十日ほどか。帰りは直行便ではないだろうかもう少しかかるか。

 山奥に行くわけではないので足りない分は向こうで買えばいいと旅行鞄一つに収めた。


 医学科の前期試験が終わった二日後の朝に、その日の昼前に出発すると案内が来た。

 朝の間に所長代理に伝え、行かないで欲しいと頼んできたので足蹴にして屋敷に戻る。

 所長代理は仕事ができないわけではない。押し付けても問題ない相手がいれば、徹底的にサボるだけだ。仕事ができないよりも質が悪い。


 車の準備ができたと呼びに来たので、広すぎる正面入り口へ向かうと既にユマ達が待っていた。

 旅装と言うことでいつもよりも質素な格好だが、美少女、最近は美女と言った風貌になってきたが、彼を男と思うものはいまい。


「お待たせしましたか」

「今は荷物を積んでいる所ですから。エルトナの荷物はそれだけですか?」

 背負っている荷物を見てユマが首を傾げた。ユマの服は嵩張るものがおおいので、この鞄だと三着も入らないかもしれない。


「教会暮らしでしたから、元々物は多く持っていませんから」

「そうですか」

 屋敷の侍女が運ぶと言ってくれたが自分で持ってきていた。部屋は借りているが、庶民には過分だ。


 メリバル邸が貸し出してくれたという車に乗り込み、駅まで向かう。ユマとは別で、トーヤとミトーと呼ばれるユマの警護が一緒だった。


「エルトナ様はこちらの車両をお使いください」

「………特別車両、ですか」

 ユマに会わないまま案内されたのは噂に聞く車両だ。帝国の要人専用の列車で、一両一室と言ってもいいような豪華な造りの車両だ。乗り込む時全く同じ見た目の車両が三つ並んでいた。一つ目の記録でも、国家元首などは移動時には同じ車を二・三台走らせ、どれに乗っているかわからないようにしていた。まあ、列車だと線路に爆弾を仕掛けられれば終わりな気もするが、まったく対策をしないわけにもいかないだろう。


 ある意味で囮の一つとも言えるが、国賓待遇とも言える。

「あの、いいんですか? 別に帝国の人と同じ一般車でも」

 案内してくれた帝国軍の女性軍人に問いかける。こういった車両の残りは、普通警護の司令官や影武者が使うはずだ。


「ユマ様のお客人ですし、ツール様の養子と伺えば、我々と同じ対応は致しかねます」

「……わかりました」

「扉の外で警護要員が一人立ちますので、何か必要であればお声掛けください。食事はこちらにお運びします」


 列車が走り出したころには、一人きりになった。

 列車の内部は食事を取れる机と椅子。固定型の衝立の後ろには寝台があり、個室のような場所にはトイレと湯あみ場が設けられている。他にも仮眠できそうなソファ。これは警護が実際に仮眠に使うのかもしれない。普通の座席を設置すれば少なくとも三十人くらいだろうか。寝台列車にしても十か二十か。それを独り占めとなれば、贅沢よりも何とも居心地が悪い。


 ガタゴトと進む列車の音を聞きながら、ベッドに寝転がる。

 ジェゼロでの目的はひとつ。一つ目の記録にある人物に会う事だ。三百年以上前の人物に会うというのは違和感があるが、やつはいるはずだ。


 ナゲルが持ってきた薬からして、情報を持っているものはいる。それこそジョセフコット研究所の所長でもいいのかもしれないが、どうも相手は私に会わないようにしている。ならばジェゼロに行った方が確実だ。

 実際に会えたとして、記録を消す方法があれば、消してもらうだろうか。これはこれで重宝している。自分が乗っ取られるような感覚は、薬を飲んでから収まった。それならそのままでいい気もする。純粋に理由を知りたいのもある。


「いっそ転生ならはっきり自我を消してもらいたかったものだ」


 シミ一つない壁紙が貼られた天井を見上げて呟いた。落ち着いた青緑の天井、角には白いラインがあり刺し色になっている。いかにも高級感がある。旧人類のセンスに近い。


 旧人類には異世界転生やら生まれ変わりの物語が流行っていた時期がある。

 そういうのは、生まれた時から空の体に魂が入り込んでいたり、頭を打ったり死にかけた拍子に記憶を思い出すのだ。そして新しい自分が始まる。


 私のそれは、元々いた私の中に、誰かの情報が入っただけだ。少なくとも生まれ変わりでも別世界から転生したわけでもない。


 あの時、一つ目の記録が出る切っ掛けになっただろう瞬間に死んでいて、一つ目の記録が記録ではなく人格として出現していれば、もっとすっきりしたのだろうか。

 まあ、一つ目は私の体ではそれまでの人生とは勝手が違い過ぎて苦労しただろう。彼はユマにも負けない美青年だった。美しい利点と欠点を押し付けられて生きていた。チンチクリンの子供で目覚めたら、周りの対応の違いに大層戸惑っただろう。世の中は、見た目という才能で最初に区別されるのだ。




 


 無事にジェゼロ行きの線路に乗り、ほっとする。


 冬はあれよあれよと帝都行きだった。列車を止めるのは難しい。車の運転は僕やナゲルもできるが、列車は流石に無理だ。ソラならできるかもしれない。


 去年に帰った時よりも半日ほど早く着くそうで、到着時間が午前中になるように出発時間を調整したそうだ。列車の技術は日々進化しているらしい。そのうち日帰りも可能になりそうで、怖い。


 列車の僕の車両で、ニコル、アリエッタ、トーヤの三人が呼ばれた。呼ばなくても大体三人ともいるが。僕が説明と言うよりも、カシスが話すことになる。三人の対応は事前にオオガミと話してくれていた。ケータイでベンジャミン先生にも入国許可の最終確認をしている。


「正式な雇用や保護などの決定は、ジェゼロ滞在中に試験を行う。国内ではこれまでのようにユマ様の周辺での活動は基本的にない。城警護の寮に部屋を準備しているので、しばらくはそちらで生活をすることになる。三日ほどリリーとミトーが共に行動するのでその間に地理などを把握しておくように」

 流石に城内に入れることはできない。宿でもいいがジェゼロには宿屋はあまり多くない。オーパーツ大学の寮も考えたが、一先ず城警護の寮で落ち着いた。監視がしやすいというのも理由だろう。


「ユマ様が時間契約者を購入したのではなく、ヒスラでの活動に必要な人材の雇い入れを行った形とする。国内では時間契約は行われていないので、差別や偏見を避けるためだ。これはユマ様への風評被害を避けるためでもある。それとユマ様の情報は国内であっても無暗に話していい物ではないので聞かれても答えぬように」

 注意事項に三人が神妙な顔をしている。


「今後の仕事についてはこちら側で判断するが、面談はあるだろう。希望を言うだけは構わないが、それが通るとは考えないように」

 城警護も選ばれたものだ。僕の警護となれば厳選されている。実際、僕の警護を三人でけでできた時点で、彼らはとても優秀だ。


「国外では身元を隠していたが、国内では共有した機密は機密ではない。だが、留学中の事は国内では機密だ。そこは忘れぬように」

 再度釘を刺すと、三人を見回した。鋭い視線だが、カシスの目は基本険しい。


「ジェゼロでの受け入れは許可が出ていますから問題を起こさないようにだけ気を付けて下さい。安易に、殺したりはしないように。帝国と違って、もみ消しはできませんから」

 僕からの忠告はそれくらいだろう。


 無論、誘拐犯であれば止めるための殺害は許容されるかもしれないが、問題になるのは確実だ。


 さて、もう一人到着前確認が必要だ。


 三人に確認した後、別の車両に移動した。無論先に訪問は知らせていた。

「明日には国に到着します」

「そうですか。そろそろ暇で溶けそうでした」


 行きは五日以上かかったが、今日で三日目、明日で四日だ。暇で溶けるのが随分早い。

 二回ほどアリエッタがお茶会の練習に行っていたのと、僕も少し世間話に来たが、僕の部屋と違って一人ですることもなかったのだろう。


「入国に当たって注意事項をお伝えしに来ました」

「わかりました」

 席に着くと、リリーがお茶を出してくれる。


 なんだろう、少し静かだ。


「エルトナはオオガミがオーパーツ大学で面倒を見てくれることになっています。旅行よりもジョセフコット研究所からのオーパーツ大学の研修生扱いの方が、入国審査の手続きが楽なので」

「わかりました」


「出歩きの制限は特にないですが、小さい国ですから見ない顔は不審がられます。憲兵などに質問されたらオオガミの名前を出してください。僕やナゲルの名前を出すよりも、話が早いと思います」

「わかりました」


「オーパーツ大学には、僕も顔を出すので……、あと、エルトナが女神教会の司教の養子であることはあまり公表しないようにお願いします。帝国と違って、ジェゼロは女神教会の布教は禁じています」

「わかりました」

「……」

 同じ答えが続いて、どこか上の空だ。


「エルトナ、体調が悪いのですか?」

 エルトナは何か目的があってジェゼロに来たのはわかるが、理由は聞いていない。


「ああ、すみません、すこし列車に酔っているのかもしれないです」

「……ナゲルに診察に来てもらいましょうか」

「いえ、大丈夫です。やることがない日が二日以上続くのが久しぶりで、体が驚いているのかもしれません」

 社畜と言うらしいが、何とかしないと。この長期休暇で本当に溶けそうだ。


「体調が悪いようなら長居は止めておきましょう。リリーにたまに様子を見てもらいます。体調が悪い時は遠慮せずに言ってください」

「はい、助かります」

 そうそうに車両を戻る。


 一般的な列車は、一度外へ出て、落ちそうな繋ぎを渡って車両を渡るが、特別車両は蛇腹の渡り廊下のような繋ぎがあって、車両を移動する際も外から見えない。

 留学に出るために乗った列車は身の丈に合わない気がしていたのに、帰郷では当たり前のように使っていた。慣れの速さに驚く。



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