一つの嘘
もし、彼女の話が本当で、亮輔が私に未練があるというのなら、私に連絡は来ているはずだ。
実際、別れてから一度も会っていないし連絡し合った事はない。
それが答えではないのか。
正直、有り得ない話だと思った。
私が出会った頃の亮輔はヘッドハンティングされた今の会社へ移った頃で、彼女の話に出てくる前の会社の事はほとんど知らなかった。
ヘッドハンティングなんてなかなかある話じゃないのに、この人は仕事ができるんだな……と、当時思った記憶がある。
何となく付き合い始めて結婚した……というのは私の感覚でもあるが、亮輔も同じだったのだろう。
結婚するのだから嫌いでは無理な話で……。
嫌いではないけれど、ただ、燃えるような熱いものは元々お互いなかったのかも知れない。
そう思うとしっくりくる……。
亮輔が忘れられなかったのは彼女だろうし、だから不倫という形に収まったのだろう……。
燃え上がった気持ちを抑えられず、お互いを求め合ったのは彼女の話を聞いて想像もつく。
うまくいかない程燃え上がるものだ。
私とも別れ、彼女の方の問題はあるけれど、少なくとも私には気兼ねする事はなくなったはずだし、私自身ももう気にならない話だった。
なのに、私を忘れられない……?
やはり、あり得ない……。
「それは、ないと思います。 仕事が忙しかったりするのではないですか? だから今はあまり会えないとか……」
私に連絡してくる程、彼女を不安にさせたものは何だろうか。
まず私に連絡する事をしたくはなかったはずだ。
離婚した事を喜ぶ事はあっても彼女を不安にさせる要素はないと思うのに。
それ程までに亮輔の事が好きなのか……。
もし自分が亮輔と別れていなかったとしても、彼女の亮輔への思いに勝てる気はしなかった。
私という弊害もあって彼女にとってこれ以上ない恋愛となっていたんだろう……。
いつもそばにいたいのにそれができない人。
思い合っているのに公にできないもどかしさ。
会うのはいつも人目を避けなければいけない。
一人の人を思い続け、会える少しの時間だけが自分のもの。
亮輔の全てをその時間だけは独占できる。
その時間をずっとずっと大切にしてきたのだろう……。
今電話越しに話す私さえいなければと何度も思ったであろう。
家柄の事もありどうしようもない現実の中で亮輔に対する思いは変わらず、リスクのある恋愛を選択した。
その情熱が少し羨ましくもあった。
彼女は、亮輔の変化は、感じ取る物、だと言う。
感覚なのか……。
勇気を持って私に電話をかけてきてくれたはいいが、私からは何も伝えてあげる事ができなかった。
亮輔とは何もないので私の事は気にしなくて大丈夫、円満に離婚したがもちろん復縁もない、連絡も取る予定もない、会う事もない、そう伝えた。
たぶん彼女ともう話す事はない。
最後だから聞いておきたい事を頭に浮かぶだけ聞く事にした。
私の番号はどうやって調べたのか。
亮輔が寝ている間にそっと携帯を開いて急いでメモしたらしい。
なるほど……。
そういう事か……。
ものすごくヒヤヒヤしながら携帯を開きメモするまでの緊張感といったら私でも想像できる。
あの梅酒バーでの話を少し聞いた。
あの時、亮輔は私に気付いていたのだろうか……。
その時は確信は持てなかったがそんな気がする……と。
彼女が少し話をしたと言うとどんな話をしたのか聞いてきたので話した内容を話すと、もしかして私だと思う事があったのか少し考えた様だったらしい。
後日、やっぱり私だったと報告されたらしい。
何の話でもしかして……と思ったんだろう……。
全く想像もつかない……。
「あ、もう一つ書いていいですか……。 さっき部署が変わって出張がなくなったって言ってましたけど……」
私は引っかかった事を彼女に聞いた。
「今の部署に変わったんです……。 あまり出張がない部署になってしまって……」
出張でもないのに出張の用意をして彼女に会いに行っていたって事なのか……。
嘘をついてまで会いに行きたかった彼女との関係は夫婦であった私よりもはるかに深い。
今聞く話でよかったと心底思った。
じゃあ、あの口紅やふわっと香る匂いはやはり彼女のものだったんだと悟った。
彼女も当時は強気に私にアピールをしていたのかも知れない。
私は一番疎ましく思う人物に間違いなかっただろうし、彼女も私に電話をかけてくる事になるとは思ってもいなかっただろう。
一連の話をして少し彼女の不安は取り除けたのか、少し声が明るく聞こえた。
でも、彼女は最後まで何度も何度も謝罪の言葉を私に伝えた。
彼女との電話を切った後、一瞬亮輔に電話しようかと思った。
でも、かけたところでどう伝えたら良いのかわからなくなくなった。
亮輔には内緒で私にかけてきた訳だからやっぱり彼女の事は話せないし、唐突に、やぁ、元気?なんて言う程そんなしらじらしいものもない……。
結局そっとしておく事が一番だと思った。




