引っ掛かり
どれくらい話しただろう。
今の会社の状況や、会社の人たちの話など私にとってはどれも懐かしい話で楽しい時間だった。
今、自分には離婚や無職というこれからの事を考えなきゃいけないという事を忘れてしまうくらい楽しい話ばかりだった。
少しずつ周りにいたお客さんが帰り、どんどん人が減っていく事と同時にこの会の終わりが近付いている事も感じていた。
誰が終わりを告げるんだろう……。
米田さんだよね……。
もうすぐ終わるこの会に寂しさが込み上げてくる。
さっきまで賑やかだった店内も少しずつ静かさを取り戻し、気付かなかった店内に流れる音楽を聴く事ができた。
それがもう終わりの合図。
「急にお客さんいなくなったね。 じゃあ、私たちも出るとする?」
想像通り米田さんの声でお開きとなった。
寂しさを噛み締めながら席を立ち入り口へ向かい、代表して米田さんがお会計を済ませてくれている間近くで待っていると、向井さんは小窓から見える空を指差しこう言った。
「今日も星がたくさん出てますよ。 前に一緒に帰った時もこんな感じでしたよね。 最近も空、眺めてますか?」
向井さんは穏やかな優しい口調でそう言った。
変わらないな……。
なぜこの人はこんなにまで穏やかでいられるんだろう……。
私は向井さんののんびりした感じが本当に心地よかった。
……と思うと同時にずっと引っ掛かったままの事が頭をよぎった。。
目の前の向井さんという人と自分の引っ掛かっている事を繋ぎ合わせる事がずっとできないでいた。
楽しく話していてもその引っ掛かりはずっと自分の中に存在していて、邪魔さえしないが、でも確実に留まったままだった。
ずっとずっと忘れずにいた、向井さんと話すと必ず頭の端っこから顔を出すあの事……。
久しぶりにその感覚を感じた。
「最近……、そういえば見てなかったかも知れないですね。 明日はお天気になりそうな空ですね」
小さな窓から見上げた空はこぼれそうな程の星を見る事ができた。
お店を出て米田さんにお金を払い解散となった。
向井さんとはここでお別れ。
「じゃあ、また」
短い挨拶をして別れた。
向井さんは見送った後も何度か振り向いて高く手を挙げて手を振ってくれた。
そんな後ろ姿を見ながら、またってあるのかな……と、考えている自分がいた。
駅まで一緒な米田さんと歩き出した私はまだ自分の後ろに神経が向いていた。
何となく振り向けず、振り向きたい気持ちをおさえながら、なんとか足を前に進ませた。
「急にごめんね、向井さん誘っちゃって。 今日は安堂さん、もっと自分の事話したかったよね?」
久しぶりに米田さんと会いたかったし、離婚の事は報告できれば良かったので何も問題なかった。
何も問題ないのだが、まさかこの席で向井さんに会えるとは考えてもいなかったのでびっくりの方が強かった。
こんな事全く想像もしない……。
でも元気そうなのがわかってよかった。
あの後、向井さんにも何も起こってなければいいが、米田さんが一緒だったから聞けなかった……。
「あ、いえ、米田さんにお伝えできたので大丈夫ですよ。 向井さんもお元気そうですね」
「そう? ならよかった。 いや、安堂さん、向井さんと仲良かったじゃない? ばったり会って聞いたら今日空いてるっていうからさ、おいでよ!安堂さんも喜ぶよ、って誘ったのよ。 安堂さんびっくりするかなと思って黙ってたのよ」
米田さんは私をびっくりさせようと思ってくれたらしい。
いろいろ考えてくれていた事に、そんな米田さんの気持ちが嬉しかった。
「お心遣い、ありがとうございます。おかげで更に楽しかったです。また離婚の事、ちゃんと決まったら報告します」
「あんまり気落ちしないでね。 前向きな離婚だしさ、安堂さんなら大丈夫よ。 でも仕事だね、仕事探そう!」
「そうなんです!! 仕事……なかなか派遣で声がかからなくて……、ハローワーク行って探そうかな……と考えているところなんです……」
「仕事が決まったら急にいろいろ動き出すかもねーー、さっきも少し話したけど、旦那さんに相談も必要かもねーー」
米田さんに背中を押された様な気がした。
なかなか自分だけでは分かっていても行動に移せなかったかも知れないと思った。
明日からやる事、明日出張から帰ってくる夫に話してみようと思う事を頭に浮かべながら、離婚に向けての一歩を踏み出そうとしていた。
離婚の話をしてからというもの少し夫の出張が減った様な気がしていた。
偶然なのか、私に申し訳ないという気持ちの表れなのか……出張を減らして家に帰って来ている気がしていたのだ……。
でも、仕事である以上、そんなに簡単に減らせたりできる訳はない。
必要だからこれまでも出張が多かった訳だろうし……。
夫もこれまでの生活を改めて思い返してくれたのだろうか……離婚を決めた今だからこそ思い返してくれたのかな……と夫婦にピリオドを打つ前にいい時間が過ごせるかも知れないと思っていた。




