思いもよらない現実
週末の飲み屋街。
どこもにぎやかな声が響く。
お店はどこもいっぱいでどこからともなくやってくるいい匂い……。
私はその中の一つのお店にいた。
そのお店は比較的のんびり話せそうな雰囲気のお店で私は目の前で豪快に飲む人とその時間を楽しんでいた。
「はぁーーー、やっぱり明日仕事の事を考えなくていいっていいね!! ビールがおいしいわ!!」
米田さんだ。
約束していたご飯会がようやく決まり変わらない米田さんの朗らかさに私は終始リラックスしていた。
「やっぱり違います? 金曜日に飲むのって」
「そりゃあね、次の日考えないのがいいわ。 で、この前言っていたお店やめちゃったの? 梅酒バーも気になったけど……」
本当ならあのお店は行くはずだったのだが、そのお店を辞めた経緯と自分が離婚に向けて話し合っている事を伝えた。
周りの音にかき消されながら、大きな声でも話せる内容でもなく、私は声のボリュームを考えながら必死になんとか米田さんに報告した。
「まだ一杯目でよかったわ……。 飲んだくれた後で聞く話じゃなかったわ……。 そっかーー、まぁ、夫婦間にしかわからない事だってあるもんね……、お互いが現状より良くなれる、と思っての選択なら仕方ないのかな、と思うけどね。 離婚が全て悪い事じゃないし」
今は離婚に向けた話が出た、までに留まりまだあれ以降話は進んではいなかった。
相変わらず出張が多い夫とまだ話ができてなかった。
「まだちゃんと決めてなくて……。 まずはアパートを探そうかな……と思っているところです。 次の仕事もまだ決まってないんですけど……」
「仕事が軌道に乗るまで居させてもらえれば? だって不安でしょ? 旦那さんもそれくらいはしてくれるんじゃない? いがみ合ってる訳じゃないしさ」
そうなのかも知れない。
けれど、ズルズルしてしまう気がした。
聞いてはいないが、夫に想いを寄せる人がいたとしたら、いくら妻とはいえ、別れる事が決まっているにも関わらず居住地を同じにしておくのはいい気がしないだろう……。
きっと早く離れて欲しいと願うはずだ……。
社会復帰した時の給料は手付かずのまま……。
夫に離婚の際に望むものはそれ以外なくていいと思っていて、それだけは使わせてもらおうとお願いしようと思っていた。
まだ夫には了承は得ていないがそのお金をあてにしてアパートを探そうとネット検索したり情報誌を買ってきたりしている。
見切り発車ではあるが少しずつ私なりに進めていた。
「実家に戻るとかはないの?」
米田さんにそう聞かれたが、実はまだ両親に離婚の事を話せていない。
「もう実家に帰る歳でもないですし……、とりあえず一人暮らしで考えてます。 生活圏を変えるか変えないかを決めかねてて……」
全てをリセットするなら……と、生活圏を変える事に傾き始めていたのは事実で……、ただ、住み慣れた街を離れる事に少し抵抗があるのも事実……。
年老いた両親も心配だしそう遠くない場所にしようとは思っていてそれも重要なポイントだった。
「あ! きたきた!! こっちこっちーー!!」
話の途中、米田さんが高く手をあげた。
視線は私を通り越してお店の入り口付近に向かっていて手招きして誰がを呼び寄せる様だった。
私はその方向に振り向くとその人はすぐ近くまで歩いて来ていた。
仕事帰りの作業着の格好で少し息を切らしながら全く変わらない雰囲気で、自分の記憶するままだった。
「お久しぶりです」
そこに立っていたのは向井さんだった。
きょとんとした私に米田さんが笑いながら説明してくれたが、会社でたまたま向井さんと会った様で今日私と会う事を話したそうだ。
よかったら来る?と声をかけた様だ。
「あんたたち仲良かったじゃない? 用がないなら来れば?って言ったのよーー。 用ないっていうじゃない? だったらおいでよ、安堂さんも喜ぶわって誘ったのよ」
豪快にジョッキに入ったビールをぐいっと飲み切った米田さんは近くにいた店員さんにおかわりを頼んだ。
「来てもよかったですか?」
「あ……、もちろん」
変わらない心地よい声のトーンに懐かしさを抱きながら、戸惑い始めた心に気付きながら同じ空間にいる事を現実に思えない自分もいて不思議な気持ちでいた。
米田さんの隣に座った向井さんにどう見ればいいのかわからず目の前のお箸を訳もなく揃えてみたり、お手拭きを綺麗にたたみ直してみたり完全に落ち着く状況ではなかった。




