決心
「亮輔、営業本部に異動になってたんでしょ? それも私は知らなかった。 書類を持って行った事があったでしょ? あの時に知ったんだけど……それをなぜ教えてくれなかったの?って言いたい訳じゃなくて、亮輔の中でも私に言わなくてもいいかな、って事だったんだろうし……。 でもそういうのって普通夫婦間で言わない? 亮輔も言わない、私も言われなかった事に何で教えてくれなかったの!っていうのが普通の感覚だと思うんだ、……けど私にもそれがなかった、それが私たちの形の答えだと思った」
私たちの離婚はどちらが悪いという訳ではない。
お互い、ズレたものを取り返そうという気がなかった。
私は、あの女の人の事を問い詰めるつもりもなかった。
シャツについた口紅の事も。
夫との離婚の話にそれ程必要だとは思ってなかったのだ。
それ程、そんな事以前の問題だと思っていたからだ。
もう今の話だけで充分……。
私はつっかえていたものが取れたような気がしてスッキリした気分だった。
何も言わなかった夫がようやく口を開いた。
「別れる……か………。 ユウはそれでいいの? これからどうするの?」
これから……。
考えてなかった……。
けれど、今のままをこれからも続ける事はできない。
仕事もしていない今、どうやって生活していくかなど考えてなかったが、どうにかなるだろう、どうにかするしかないと思った。
「大丈夫。 何とかなるから」
「でも……何とかって……」
夫は何か言いたそうだっだが、この話を長くするつもりはなかった。
それくらい自分の中ではっきりしたものだった。
「この話は今日はこのくらいにしよう。 亮輔もいろいろ考えておいて。 少しずつ決めていこう」
私はそう言い席を立ち食事の後片付けを始めた。
夫も同時に席を立ちソファへ座り直した。
夫なりに考えているんだろう。
けれど、テレビの前に座りテレビを見ている様で見ていない感じだった。
それは何となくわかった。
これまでの夫婦という形の中でそれに気付けたのは夫婦であった事に偽りはなかったのだと証明できた気がした。
確かにあの時、この人でいいと思い結婚した事は間違いない。
結婚した時はどんな未来を想像していたんだろう……。
今では全く思い出せない。
離婚という事に直面した夫は今何を考えているんだろう……。
夫婦であったこれまでを楽しくなかったという訳ではない。
それなりに妻をやってきたし、穏やかな時間を過ごし充実していると感じてきた時だってある。
結婚当初は二人で旅行にも行ったし、休日には一緒に買い物にも行ったし外食もした。
至って普通の夫婦だったと思う。
いつからか、こうなっていた。
いつからか、お互いを見なくなっていた。
この家で一人で過ごす時間が多くなり、仕事なら仕方ないと夫の帰りを待つ事を楽しみにしていたはずなのにその期間が長くなるにつれその気持ちも薄れなんとなくその日その日を過ごしている事が当たり前になってしまっていた。
特に趣味もなくしたい事もない私は、のんびり過ごす毎日に不満もなく、自分自身を思い返す事もなかった。
何年かぶりに社会に戻った事はいいきっかけだったのかも知れないし、だからこそ、気付く事もあった。
スカイさんにもいけないとはわかっていながらほのかな感情も抱いた。
夫とは別の人……。
向井さん、元気かな……。
ふと、向井さんを思い出した。
あれ以来会っていない、連絡も取っていない向井さんを少し思い出した。
そう思う気持ちも良いとは言えない。
私も私だ……。
離婚を口にした私はその時はすんなりと話が進むと思っていた。
夫が嫌だと言う要素が見当たらなかったからだ。
夫婦間ではないところで闇が動き始めている事に気付きもしていなかった。




