張り詰めた空気
その日帰ってきた夫はいつもよりどことなく緊張して家に入ってきた様に思えた。
「ただいま」
ただそれだけを言ってそれに続く言葉を待っていてもいつになっても出てこない。
さっきの、「ただいま」がか細く思えた。
何を考えているのか、どんな気持ちで家に戻ったのか、なぜ昨日のうちに帰ってこなかったのか……。
夫の心理状態はどうなってるんだろう……?
私はキッチンでお味噌汁を作りながらそう思っていた。
夜ごはんをテーブルに並べ、座った夫と、昨日の話をいつ切り出そうかと、そのことだけで頭がいっぱいの私。
帰ってから目が合う事もなく、「ただいま」以降何も言わなかった。
とりあえず目の前のごはんを食べよう……。
そう思えたのは冷静でいられる自分がいたから。
夫の事はともかくとして、全てを悟ってしまったから。
私は話せるタイミングを待つ事にした。
目の前のご飯を静かに食べ始めた。
それにしても何も言わない夫が不思議で、普通なら何か言ってくるはずだと思うのだが今日の夫は違った。
静かに黙々と食べ、でも、この場にはいたくなさそうで早く終わらそうとしている様に見えた。
しばらくして食器の音だけが響く静かな食卓に私から話しかけた。
「亮輔、あのさ……」
「……え? あ、うん……」
夫は私の次の言葉を待つ様にそっと私を見た。
明らかにいつもとは違う。
私はやはり夫の中でも何かを持って家に帰ってきたのだと確信した。
「あの……、なんか私に言う事ない?」
「え……、何かって……」
「昨日さ、どこにいた?」
夫の表情が変わった……。
私はあのお店の事や偶然夫を見つけた事、あの女の人と一緒だった事を伝えると、夫は観念したかの様に話し始めた。
昨日は急遽出張が取りやめになり、仕事帰りにあの店は立ち寄った。
女の人は昔からの友人でたまに一緒に飲んだりしているらしい。
あの店の事は最近知って、私が言っていたお店だったとは知らなかったから前に私に聞かれた時には知らないと答えた。
昨日は飲んで疲れたので近くのカプセルホテルに泊まった。
それが夫の答えだった。
「そっか……」
私は夫の話を聞いてポツリとそう言った。
張り詰めた空気にこんな空気が流れたのは初めてだよな……と思える程私は冷静だった。
もう答えが出てしまっているとこうも冷静になれるものなのか……。
私は話を続けた。
「亮輔、私たち別れよう。 今回の事でわかった……。 亮輔が悪いとかそういうのじゃなくて……、私たち夫婦でいる意味ある? そう思ってこなかった? 今まで一度も」
話を静かに聞く夫もしばらく考え込んでいる様で黙ったままだ。
「私は考えてこなかったんだと思う。 こんな夫婦の形もあるんだろうな……ってそれ以上の事を考えなかった。 私がいる家に帰る理由、ある? 責めてる訳じゃなくてお互いもう別の人生を選択してもいいのかな、と思った」
「まだ半分くらい残ってるだろう人生を夫婦でいる必要はないと思う。 まだまだやり直せるし……」
夫は黙ったままだった。




