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窓越しの空  作者:
80/100

夫の行動

 ここで会うはずがない夫にびっくりはしたが、自分でわかる程私は意外に冷静だった。

 お店の明かりで確認できる夫の姿は普段通りで、迷いなく目的地へと向かっている感じだった。

 通い慣れた……と言いたいところだが、ここは夫のホームのようなもの。

 迷いなく目的地へ進むのも当たり前なのかもしれない。


 でも、こんな時の『女の勘』というのは案外うまく機能したりするものだ。


 何かある……。


 出張が急に取りやめになったのかも知れない。

 だからここにいる?


 だったら今日帰るはずでは?

 でも、帰るという連絡はない。


 連絡なしに帰ってくるつもりだったのだろうか……?

 それもあり得るか……。




 どこに向かうんだろう……。




 私は夫に気付かれないように距離を取りつつ後を追ってみる事にした。


 夫の後を追いかけながら、私からは見えない夫の顔を想像する。

 怒りとか悲しみとか面倒だとかそんな顔は想像できず、楽しみや嬉しさといった豊かな感情しか想像できなかった。



 今日、こんな色のスーツ着てたんだ……。



 朝、送り出したはずなのに全く記憶にもない。

 私は夫の何を見ているんだろう……。


 駅とは逆方向へ向かう夫について行きながら今日の朝を思い出していた。


 前を歩く夫は一つ角を曲がった。

 大通りから少し離れたその角にはまた飲食店がちらほら並んでいて私の知らない街並みがあった。


 この角を曲がった事がない、さっき以上に大冒険だ。

 


 迷いなく歩く夫。

 通い慣れたその道を歩く先に何があるんだろう……。


 少し先を曲がった夫について行くと今歩いてきた所とは違って少し賑やかさに欠ける道に入った。



 あれ…………。

 ここって…………。



 私はこの道に少し見覚えがあった。


 歩いて行くたびにそれが確信に変わっていく。

 でも、まさかね……。


 そんな私の思いは簡単に打ち砕かれた……。


 さっき私がいた道だ……。


 歩いて来た方向が違うだけで、さっき私がいた道だった。

 夫は迷いなくあのお店へ入って行った。


 私がさっきまでいたお店……。



 ドアがパタンと閉まり中の様子は見えない。

 窓はあるがすりガラスで人影しかわからない。



 私は勇気を出してそーーっとドアを少しだけ開けた。

 いけない事をしている様で少しためらいもあったけれど、でも知りたい気持ちの方が勝ってしまった。

 自分でも不思議なくらい大胆な行動だった。


 ドキドキしながら開いたその先の光景は私を絶句させた。

 言葉にならないってこういう事を言うのか……。

 私が見た光景を自分の中で解釈するのに時間がかかる。


 どういう事だ……?



 私はドアをそっと閉めしばらくそこに立ち尽くしていた。


 ここにいては行けない気がする。

 早く立ち去ろう……。

 まずはここから離れて、それから考えよう……。



 そう思った時、声をかけられた。



「あれ……さっきの……」



 そこに立っていたのはバイトの男の子だった。

 手にはゴミ袋を持って不思議そうにこっちを見ていた。

 裏口から出てゴミを捨てに行く途中の様だ。


 さっき帰った客が店の前で立っていたら、誰だって不思議に思う……。



「あ……、すみません……、ちょっと忘れ物をしたかな……と思ったんですが……、リップを……、リップを落としたかな……と思ったんですがすみません、ありました……」



 おもむろにバッグに入れていたリップを出し、バイトの男の子に見せた。




「そうだったんですね。 せっかく帰られていたのにまた戻って来てしまいましたね。 また、どうですか?」



 すぐそこのゴミ置き場にゴミを捨てながらそう言って冗談混じりに来店を促された。



「あ、いえいえ……、遅いので帰ります。 大満足で帰ります!」



 ……と、その場を立ち去ろうとしたその時、お店のドアが開いた。

 中からお客さんが出てきたのだ。



「あ! ありがとうございました! またどうぞ!」



 バイトの男の子がそう声をかけた時、その声に気付いた中にいた夫がこっちを見た。


 ヤバい。


 パタンとドアは閉じた。

 が、ドアの前にいた私と完全に目が合ったのだ。


 私の探偵ごっこは失敗に終わった……。

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