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窓越しの空  作者:
70/100

優しい雨

 駅へ走り込み私は少し濡れたくらいに留まった服を少し叩いて雨を落とした。

 これくらいなら許容範囲、後は電車に乗って帰って……、また降りた時大雨になってない事を願った。

 そんな気持ちとはウラハラに雨はどんどん強くなっていっている様だ。

 電車の窓に当たる雨粒がさっきより大きくなっているのがわかる……。




 駅を降りたらずぶ濡れ覚悟で家まで猛ダッシュか……。




 私は濡れる覚悟を決め、電車の中で束の間であろうゆっくりとした時間を過ごした。



 思い出した、受付の人の言葉。




 『安堂部長』




 私が知っている夫は、『部長』ではない。




 思い返せば、芹沢さんも『部長』と言っていた様な気がする。


 電話をもらった時、派遣会社からの電話だとばかり思っていたり、書類を探さないといけなくなったりで気に留める事がなかったのかも知れない。


 確かそう言っていた気がする。



 いつから役職が変わったんだろう……。

 そういう事って言わないものなのか……。



 夫が部長か……。

 まぁ、仕事人間の人だから肩書きが変わって更に課せられる事が増えたとしても楽しんでやってるんだろうな……。



 最寄りの駅に着き、想像通り雨はさっきより強くなっていて走って帰ると決めていたのに厚い雲に覆われた黒い空から降り注ぐ大粒の雨を見ると躊躇してしまった。


 私は駅に隣接するコーヒーショップで時間を潰す事にした。

 店内に入りコーヒーを注文して窓際の席に座り、バッグから携帯を取り出した。

 天気を見たが、あと1時間くらいは雨は止まない予報だった。


 コーヒー片手にガラス一枚向こうの景色を眺める。

 さっきまでの優しい雨とは違いどんどんと激しくバチバチと雨がガラスを叩く。

 これは頭で走って……のレベルではなかった……。

 雨が激しくなっていく間電車に乗っていた事と駅降りてすぐコーヒーショップがあって席が空いていた事を振り返り、オムライスは食べ損ねたけれどラッキーだったと少し嬉しくなった。

 私は手にした携帯を見ながらいつもとは違う空間で時間を過ごす事も悪くない、雨宿りもいいな……、そう思いゆっくりと雨があがるのを待った。



 無事届けた夫の書類。


 何か携帯に連絡はないかと見てみたが夫からの連絡は入っていなかった。

 メッセージアプリを見ると、夫とのやり取りはここ数ヶ月ない。

 私が仕事を始める前に交わした、出張からこちらへ帰り帰宅時間の連絡をもらったのが最後だ。


 私が仕事を始めて気を遣ってくれていたのかも知れないな……。


 何となく見た先に、向井さんの名前を見つけた。


 毎日の無事の報告のメッセージ。


 最後に交わしてからもうずいぶんになる。

 元気にしてるのかな……。


 その無事を確認したこれまでのメッセージを見ていく。

 毎日欠かさず、必ずあったメッセージ。

 最後にいつも、『安心しました』で終わっている。



 帰り道、雨大丈夫でしたか?

 今日は花火大会があったから電車、混んでませんでしたか?

 最近、暗くなるのが早くなりましたね。



 締めくくる『安心しました』だけではなく、私を気遣ってメッセージを送ってくれていた。

 私は、そんな優しさで溢れたメッセージを当たり前の様にもらっていた事に気付かされた。


 当たり前じゃないのにその安心感に私は当たり前の様に浸かっていたんだろう……。


 向井さんのこの温かさってどこからくるんだろう……。


 私はこの向井さんとのメッセージを見ながら、その向井さんの温かさを分けてもらっていた事に当時の私は幸せだったと感じた。


 向井さんのメッセージを一つ一つ読んでその一つ一つに優しさや温かさが込められていて私は引き込まれた。

 時間が経っている事にも気付かず温かったコーヒーも冷めてしまっていた、それくらい向井さんのメッセージを読み返していた。



 何してるのかな。

 元気なのかな。



 そう思うけれど、指一本で送れるメッセージをむやみに送るもんじゃないと自分でストップをかける。



 ストップをかける……。



 私は携帯をバッグに入れ、少し冷めたコーヒーを飲んだ。

 外を見ると雨も小雨になりつつある。

 時計を見ると、予報通り1時間少し経っていた。

 雨ももうすぐあがる。


 私はお店を出る準備をした。

 自分でもわかっていた。

 気持ちを切り替えた事を。

 切り替えた事を気付いない様に思っている事にも気付いていた。


 この大雨がなかったら、優しさに包まれていた気持ちを思い出す事もなかった。

 この大雨があったから、優しさに包まれていた気持ちを思い出す事もできた。


 私は思い出した事で温かさを感じられたのに、こんなにも切ない気持ちを持ち合わせている事に戸惑いしかなった。



 帰らなきゃ……。

 この雨くらいなら帰れる!



 閉じ込めた気持ちを抱え、私はお店を出て家へ向かって走り出した。



 雨に冷ましてもらう。


 自分にも理解できる感情だった……。

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