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窓越しの空  作者:
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お別れ

 週末はゆっくり過ごした。

 頭の片隅に週明けから会社に行かなくていい事は常にありながらいつもと変わらない週末を過ごした。


 夫はゴルフや飲み会も兼ねた接待があると休みの日も出かける事も少なくはないが、今週はずっと家にいてゴロゴロしながらのんびりしている様だった。



 送別会では向井さんと世間話程度でそんなに話をする事はなかった。

 そんな中、居酒屋での送別会がお開きになり、2次会のカラオケ店へ行く人と帰る人とに分かれた。


 私はカラオケ店へ行くグループへ……。

 そして向井さんは帰るグループへ……。





「じゃあ、安堂さん、またね!! また遊びにおいで!」





 工場長にそう言われ、一緒にいた向井さんや工場の人たちに最後の挨拶をした。





「お世話になりました。 ありがとうございました」





 そう伝えると工場の人たちは各々の家路に向かって帰って行った。


 私はそのグループの中にいる向井さんをそっと眺めた。

 道沿いのお店の明かりで楽しそうに雑談しながら帰って行く姿がわかる。

 少しずつ遠ざかっていく姿に後悔にも似た感情がある事を自分で感じてしまった。



 もっと話したかった。

 ちゃんとお礼を言いたかった。



 でも、そっと眺める事しかできなかった。

 話しかける勇気はなかった。


 自分の立場をわかっていたから。

 そこにはしてはいけない事と認識してブレーキをかける心が存在してしまったのだ。


 ただ普通に話すだけなのに……。


 それなのにいけない事になってしまう。

 他の人なら可能なのに。


 単純にいけないのはそう感じてしまった私の心だった。


 自分ではっきりと自覚した瞬間だった。


 今じゃなく本当は前から気付いていて気付かないふりをしていたのだろう。

 私はいつまでもいい子を演じたのだ。


 普通に話す事なんて日常的な事なのに、話す事すらを非日常的な事と自分が判断してしまった以上もう自分の気持ちには嘘はつけなかった。


 自由に恋愛をできる訳もない私は、仕事も辞め関わりがなくなる事で忘れる事ができる、そんな事もあったなと思える様になるまでの時間を与えられたと、自分の気持ちがこれ以上大きくならない事に徹する事にした。


 独身の向井さんの幸せを願い、自分の気持ちは心にそっと留める方が一番良い選択だった。



 ふと、リビングでテレビを観ながらくつろぐ夫を見て、これが私の選んだ幸せだと気持ちを引き戻す。



 昨日、夜遅くにもらったメッセージ。


 何事もなく無事に家に戻った事を伝える為のメッセージ。




 「今日はお疲れ様でした。 無事帰宅しましたが、安堂さんはまだカラオケ店なのかな。 気を付けて帰ってくださいね」





 私がそのメッセージに気付いたのはカラオケ店の2次会がお開きになり、帰宅するタクシーの中だった。






 「今日はありがとうございました。 無事、私も帰宅しました。 今日で無事を確認するメッセージも終わりですね。 何だか寂しいです。 いろいろと助けて頂いてありがとうございました。 向井さん、元気でいてくださいね」



 


 私の精一杯は、『何だか寂しいです。』


 最後は1人の時間に向井さんへメッセージを返信したかった。

 夫がいるうちへ帰ってからでは、自分の気持ちに向き合えないと思った。

 このタクシーの狭い空間の中が向井さんへの思いに踏ん切りをつけるには最適だった。


 いつもの手短なメッセージのやり取りが今日だけは少し長くなった。

 名残惜しさの表れだろうか……。


 送り終えた後、タクシーの中から外を眺めながら自宅へと近付くのが少しでも遅くなる事を願った。

 このタクシーの中の一人の時間が向井さんの事を考えられる最後の時間。

 着いてしまうと終わってしまう。


 もう少しだけ……。


 そう願った。



 でも、確実に自宅へ近付き、当たり前だがちゃんと自宅へ辿り着いた。


 退社する事の寂しさや、かわいがってもらった人とさよならする悲しさ、向井さんの事以外にも私の気持ちはめいいっぱい下がってしまっていた。


 帰宅するとまだ起きていた夫に、何か疲れてる?と聞かれた。




「そうだね、いつもの感じじゃなかったから疲れたのかな……」




 いろんな感情を隠す為にも『疲れた』という一言は今の私にとって魔法の様な言葉だった。

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