思いもよらない
居酒屋さんに着くと、奥の大きなお座敷の部屋に通された。
行くと総務の人や営業さんが座って始まるまでの雑談をしていた。
私の想像以上の大きさのお座敷で、並べられたグラスの数にびっくりしてしまった。
「あ……、米田さん……、何人来られるんですか……? 私、10人くらいかな……って思ってました……」
圧倒され米田さんにそう聞いてみた。
「人数は聞いてないけど、うーーん……、ざっと見て、その倍は来るね。 工場からも何人か来るって聞いてるよ」
えぇ……、そんなにいるの……。
ありがたい話だけど派遣の私は申し訳なさもあった。
私と米田さんは空いてる席に座り、周りの人と雑談しながら始まるのを待った。
少しずつ人が集まり、部屋に入ってきた人に今日のこの時間を空けてくれた事をお礼を言った。
立っては座りの繰り返し。
一人ずつ感謝を伝えた。
人が増え部屋が賑やかになってくる。
もう始まろうかとしていた頃、工場長と作業着姿の数人がやってきた。
……と、目に入ったのは向井さんだった。
来てくれたんだ……。
最後にお礼を言えなかった私は向井さんが来てくれた事を本当に嬉しく思った。
工場の人たちにお礼を伝え、最後に入ってきた向井さんに駆け寄った。
「向井さん! 来てくれたんですか! ありがとうございます」
そう伝えると向井さんは少しはにかみながら、
「もちろん参加しますよ! 声をかけられてよかったし、すぐ参加の返事しましたよ!」
そう話してくれた。
来てくれるのは決まっていたんだ……。
「今日は主賓ですよ! 楽しく飲みましょう!」
そう言って工場長が座る隣へ座った。
私からは少し離れた場所。
がっつり話せる距離ではなかったが、同じ空間にいて楽しそうに話す姿を見る事が新鮮に微笑ましく思えた。
私が会うのはいつもあの渡り廊下。
あの場所での向井さんしか知らない。
今日の向井さんは、
普通に話すし、普通に笑う。
普通にお酒も飲むし、普通においしそうに食べる……。
何だろう……。
あの渡り廊下で何度も会い、いろんな話をした事で分かりきっていたと思っていたのか……。
でも分かるはずもない……。
今私が見ている向井さんは全く見た事がない、知らない向井さんだった。
あんな風に笑うんだ……。
工場長と楽しそうに話しているけど、工場であんな感じに話してたんだ……と想像する。
向井さんが気になりつつも、ある程度、ごはんもひと段落した様だったので今日集まってくれた人に挨拶も兼ねてひとりひとりと少しずつ話していこうと席を回った。
少しずつ工場長や向井さんがいる場所に近付いてくる。
今、お礼を伝えたり、いろんな話をしているけれど、ここに心がないのが自分でもわかる。
えっと……、今、何の話だっけ……。
全然思い出せない……。
あ、確か……、今日来れなかった部長の話だった…よね……。
曖昧に相槌だけ打つなんて……、よくないよね……。
適当だ、なんてバレてないかなぁ……。
私がこんなにも気持ちにうわつきがあった理由は自分でもわかっていた。
その時の私の全神経は向井さんに向かっていた。




