感謝の気持ち
時間はやはりいつもより早く感じ、定時ももうすぐになっていた。
同じフロアの社員さんにお礼を伝えクッキーを配って回った。
ひとりひとり最後の挨拶に回る。
ひとつずつお礼のクッキーが自分の手元からなくなっていく、そのクッキーの数が私のここでの残りの時間……。
自然と寂しさが込み上げてくる。
それ程よくしてもらった、居心地の良い場所だったんだと改めて気付いた。
全てを配り終え、ふぅーーっと自分の机で一息ついていると、総務の人から名前を呼ばれた。
定時前に派遣会社の担当営業の木村さんが最後の挨拶にやって来たのだ。
通された応接室に向かうと木村さんが待っていた。
「お疲れ様です。 もうだいたい片付きましたか?」
そう言った木村さんはハンカチで自分の額の汗を拭っていた。
「……あ、すみません。 時間に間に合わないかもと思って急いできたもので……」
「あ、いえいえ! いつもにない感じだったのでどうしたのかな?と思っただけです……。 あ……、じっと見てしまったのが気になりました? ごめんなさいーー!!」
冷静な木村さんしか見た事がなかったので気付かぬうちに凝視してしていたのだろう。
どんな顔して見ていたんだろう……?
どうせ、マヌケな顔してたんだろうな……、とさっきまでの自分を思い返すと凄く恥ずかしいという気持ちが勝り始め、乾いた笑いでごまかすしかできなかった。
……と、そんな話をしていると課長が応接室へ入ってきた。
今日は部長は出張なので代わりに課長に時間を少し取ってもらいこれまでの感謝を伝えた。
15分くらいで終わり、課長は、
送別会、一つ仕事を終わらせて行くから、
急いで終わらせる、
安堂さんの為に飲むよ、
と、ルンルンで事務所へ戻って行った。
「なんだか、安堂さんの送別会、楽しみにしてらっしゃるみたいでしたね……」
と、木村さんは笑ってそう言った。
木村さんにもわかったみたいだが、課長は飲み会好きなんだ……。
最後に知った課長の一面だった。
「安堂さん、よかったですね。 企業さんからも凄くいいお話ばかり聞けましたね。 凄くよくして頂いたんですね。 社会復帰して一社目ですけど、いいスタートだったんじゃないですか?」
「そうですね。 とてもよくしてもらいました。 感謝しかないですね。 木村さんもこれまでありがとうございました」
私は木村さんにもお礼を言った。
「いえいえ、僕は何も。 やはり、企業さんの安堂さんの評価だと思いますよ。 人柄とか。 今日で一旦終了ですが引き続きまた派遣先ご紹介しても大丈夫ですか?」
私は快くこれからもお願いする事を伝えた。
応接室を出てすぐのところで立ち話をし、木村さんとも別れた。
さぁ、少し残っている机の引き出しを片付けて終わり……!
私は紙袋に自分の私物を詰める。
あんまりないと思っていた自分の荷物も意外と増えて用意した紙袋はすぐにいっぱいになった。
空っぽになっていく引き出し。
最後に全ての引き出しをチェックする。
引き出す重さの違う引き出し。
寂しくなった……。
「さぁ、行こっか」
待っていてくれた米田さんにそう言われ一緒に階段を降り送別会の居酒屋さんへ向かった。
会社を出て自分の荷物を抱え歩きながら寂しさを噛み締めていた。
もうこの道を通う事もなくなるのかーー。
ふぅーーっと息を一つ吐いた。
「ここでの仕事は終わりだけど、もう会えない訳でも付き合いがなくなった訳でもないから。 安堂さん、楽しかったよ。 ありがとう」
歩きながら米田さんがそう私に言った。
「米田さんーー、急に何でそんな事……」
ポロっとこぼれる涙にその後の言葉を見つける事ができなかった。
不意打ちを突かれた!!
やられたーー!!
でも、ありがたく優しく柔らかい言葉だった。
「泣くなーー。 今から安堂さんの送別会! 主賓が泣いてちゃダメでしょ。 笑って笑って!! さぁ、行くよ!」
会社を出て駅の方へ歩いて行く。
拭っても拭っても流れる涙を手で拭いながら人混みに紛れてひたすら泣いた。
「米田さんと仕事できてよかったです……」
そう言葉にするのが精一杯だった。
けれど、一番伝えたい言葉だった。
「ありがとう。 嬉しいわ。 さぁ今日は飲むよーー!!」
背中をポンと叩かれ少し気持ちが正常に戻った気がした。
せっかくの時間を楽しもう。
泣いてちゃ勿体ない……。
「そうですね、せっかくだし……。 向こう行ってまず何食べます??」
今日は何も考えず楽しもうと思った。




