提案
この優しさに寄りかかっていいのだろうか。
そう思った気持ちは嘘ではないが、今の私は誰かわからない恐怖と、一瞬でも安堵感でいたい気持ちでそうお願いしてしまった。
「ご迷惑じゃなければ……。 あの、駅まででいいんで……」
「迷惑じゃないですけど……、何かあったんですか……? 話聞きたいけど、もう小休憩終わりなんですよね? とりあえず今日一緒に帰りましょう。 今日も定時だと思うし……、駐輪所で待ってますよ。 話聞きたいし……」
「いいんですか……? ごめんなさい……、でも予定とかなかったですか……?」
「ないですよ。 そういうの、気にしないで。 じゃあ待ってますね。 では、後で……。 あ、残業になっても心配しないで。 ちゃんと待ってますから」
自分にこんな事ができるとは考えもしなかった。
咄嗟に出た言葉だったとしても、あり得なかった。
お願いを承諾してくれた事に私は安心した。
ただ、浮き足立っている自分をどこかで見られている様な気がしてそう思う気持ちをグッと押し殺し事務所へと戻った。
向井さんが今日は一緒だとはいえ安心した訳ではない。
仕事中もいつになく緊張していた。
どこかで誰かに見られてるんじゃないかとそればかり気になっていた。
姿勢を正し、どこから見られてもちゃんとしてよう……。
それが私ができる抵抗だったのかも知れない……。
その日は時間が経つのも遅く定時で終われたものの、今か今かと定時のチャイムが鳴るのを待ち侘びた。
正直、仕事の内容を覚えていなかった。
ミスがないといいけど……。
そんな事は案外考えられる事だった。
少し罪悪感に似た気持ちを抱えながら私は米田さんに挨拶をして事務所を出た。
急いで着替え駐輪場へ向かうと向井さんは待っていてくれた。
「お疲れ様です。 お待たせしてすみません!」
「全然待ってません! じゃあ、帰りましょうか!」
私と向井さんは駅までの道のりを歩き出した。
ちゃんと話さなければ……。
その事が気になり、いつ話そうかと話すタイミングを考えてしばらく黙っていたら向井さんから話を振ってくれた。
「で、どうしたんですか? 何があったんですか……? 一緒に帰って欲しいって、何か誰かにされたりしたとか?」
「この沈黙に話さなきゃって思わせちゃいましたか? ごめんなさい、私から話し出さなきゃいけないですよね……」
私は2回あった電話の話をした。
今はわからない事も多く、ただあった事を話すだけで内容はそれ程複雑なものではなかったので話すのも時間はかからなかった。
「ほんとにごめんなさい……。 お願いしてしまって……。 でも、今週だけでも……、3日くらいでも大丈夫です」
私はひたすら謝った。
「大丈夫じゃないでしょ。 誰なんだろうね、そんな電話してきたの……?」
私はもしかして……と思っている人がいる事は言わずにいた。
もしそうだったなら夫婦間の問題になるだろうし、向井さんがそれを聞いたところで迷惑でしかない。
「誰かはわからないけど……、でも私が仕事を辞める事がひとつその人の望みだから……、それはもうすぐ叶えられるから……、後少しだけ静かに過ごせる環境にしてもらえたらな……と思ってるんですけど……」
「あーー、もうすぐ解約期間が終了するからって事ですよね? それまで何もせずにいて……って事か……。 安堂さんに辞めてもらいたい理由って何だろう……?」
私は辞めれば終わる話で、その日をひたすら静かに待ちたい……。
向井さんは話を続けた。
「安堂さんが辞めるまで、一緒に帰るよ。 その方が安心でしょ?」
急な向井さんの提案にびっくりしかなかった。




