私への要望
点滅する外線ボタン。
もう一度出て話してみようと決めたのに、ボタンへ伸ばした指が一瞬躊躇する。
想像する夫に関わる人なのかという興味より、相手が誰だかわからない恐怖の方が勝ったのだ……。
短く息を吐き、ボタンを押した。
「変わりました、安堂です」
私はいつもと変わらない口調で電話に出た。
本当は手も震えるし心臓バクバクだった。
相手に悟られない様に至って普通に、冷静に、普段通りの自分を演じた。
また電話を切られるのだろうか……。
こんな事になったらまたその後、気分が滅入るんだろうな……。
そんな事になる事を覚悟していた。
「安堂さんですか?」
そう私の名前を呼んだその声に聞き覚えがあった。
やっぱり、あの時の人だ!
私は一瞬にしてあの時の事を思い出した。
「あ、はい。 田中さん……ですよね?」
「以前もお電話頂きましたよね?」と、強気の先制攻撃する事を想像してみたが、思った通りやっぱり私にはできなかった。
私は総務の人から聞いた名前をはっきりと伝える事だけが精一杯だった。
きっとここでまた一方的に切られるのかな……。
何なんだろう……?
目的がわからない……。
その前に一体誰……?
今のところ何も描けない相手に対して私の妄想は膨らむ。
「そうです」
意外にも素直に答えた。
声のトーンも変えず、淡々と言われた、そんな感じだった。
その人は話を続けた。
「安堂さん、仕事辞めてもらえます?」
仕事を辞めて……?
なぜ仕事を辞めて欲しいのか……?
「あの……、田中さん……、私とどちらかでお会いしたんでしょうか……? なぜ、私に仕事を辞めて欲しいんですか……?」
「目障りなんです。 あなたを見てるとイライラする。 あなたはそこにいるべきじゃない!」
「私、田中さんに何かしたんですか……?」
私は田中さんという人が少しずつヒートアップしている事を感じ、私までも田中さんのペースに飲み込まれそうになりつつも、事務所という事を強く思う事によって自分の気持ちと声のトーンをダウンさせた。
「とにかく、辞めてもらえますか?」
「田中さんがおっしゃりたいのはそれだけですか? あの……私、……」
ツーーツーーツーー……
田中さんは私に言いたい事だけを伝え、またあの時と同じ様に電話を切った……。
もうすぐ辞める事を伝えたかったのにまた切られてしまった。
それを伝えると満足するだろうと思った……。
田中さんという人が私が仕事を辞めて満足するのであれば、田中さんという人とこんな形で関わる事がないのであれば、私のプライベートの事であろうと誰かわからない人であっても伝える事に躊躇はなかった……。
目障りで私を見ているとイライラする……。
そう言われて、もしかして社内の人なのかな……と疑ったが、あの声に全く聞き覚えがなかった。
やっぱり夫にはそういう人がいるのかな……。
その相手の人がかけてきたのかな……。
いや……、でも、それなら仕事辞めて欲しいなんて言うかな……。
辞める、辞めないはあまり関係がない気がする……。
私を見ていると……ってどこで私は見られているんだろう……。
人からそんな風に思われてしまっていたのか……。
トラブルから遠いところでいたくて、目立たない様に生きてきた。
なのになぜ……。
私の心は掻き乱された。




