見えない相手
私の思考回路が止まった。
ツーー、ツーー……。
冷たく感じたその音が耳から全身へと伝わる。
私に怖さと気持ち悪さが残った。
え……?
誰……?
私の名前を知っていた……。
確認されて切られたんだ……。
私がこの会社にいる事も知っていて電話をかけてきたんだ……。
いったい何のために……?
曇った私の顔を見て米田さんが声をかけてきた。
「え? どうしたの? 何かあった? 大丈夫?」
「あ、いえ……、大丈夫です」
私は咄嗟に嘘をついた。
何となく、言わない方がいいと思ったのだ。
その電話の後は仕事中もあの電話口で聞いた女の人の事ばかり考えていた。
仕事をしていても心に引っかかったままで一瞬でも忘れる事はなかった。
今は仕事も落ち着いていて定時で帰る事が多い。
今日も定時で会社を出た。
帰りも誰かにつけられてるんじゃないかと考えると怖くなり、電車の中でも気が気じゃなく早く最寄りの駅に着かないかと、早く家に帰りたいとそればかりを思っていた。
見渡す人、みんな怪しく思えて、改札を出る前の階段を後ろから押されたりしないかと、手すりを強く握りながら降りた。
改札を出て小走りに家を目指す。
今日は夫は留守で私一人。
明日帰ってくるので明日の夜ごはんの食材を買っておきたいところでスーパーに寄りたかったが、今日はそんな気分にもなれなかった。
いち早く帰りたかった。
五分程度の道のりがいつもより長く感じ、息切れする程急足で自宅マンションを目指した。
自宅マンションに着き、チラッと後ろを確認しても誰もいない。
エレベーターにすぐに乗り込み、7階の自宅へと戻った。
玄関に鍵をかけ、カーテンを閉めやっと安心する……。
あの電話以降、夫や両親に何かあったという連絡はない。
という事は、あの電話はやっぱり私宛にかけられたものだったんだと思った。
あんな気持ちの良くない電話、かけた方だって受け取った側がどんな気持ちになるかわかってるはずで、それをわかっててかけてきてる。
私、誰かに何かしたのかな……。
人とのトラブルなんて思いつかないし、なんなら、そうならない様に暮らしてきたつもりで全く予想もつかなかった。
しばらく様子をみるしかない。
もしかしたら、今日の電話で満足したかも知れない。
あんな電話が続く様ならまた考えよう……。
そう思い直し、今日は早く寝ようといつもより早めに就寝したけれど頭は今日の出来事をやっぱり覚えていて、結局ほとんど寝れなかった。
次の日は出社したものの、特に変わった様子もなく、昨日の様な電話もかかってこなかった。
なんだったんだろう……。
何もない事はよかったものの、何もないと、今日立て続けにしないのはなぜ?と思ったりもする……。
だったら、昨日もしなきゃこんな気持ちにもならなくて済んだのに……。
そうは思いながらも、今日も定時の私は昨日できなかった夜ごはんの買い物をぱぱっと買って急いで帰り、夜ごはん作りに取りかかった。
いつもの時間になると夫が帰ってきた。
今日はリビングまでキャリーケースを運び、洗濯物を洗濯機に入れていた。
その時、リビングに置いていた夫のスマホが鳴った。
「亮輔、電話なってるよーー」
洗面所にいる夫に声をかけた。
「あ、そうなの!? 誰だよ……?」
そう言って、リビングへ戻った。
聞こえてくる話の感じだと相手は会社の人みたいだった。
洗濯物を入れている袋を見るとワイシャツだけ残されていた。
これを入れれば最後だったのにその前に私が声をかけちゃったんだな……。
そう思って最後の洗濯物のワイシャツを袋から出した時、私の脳はまた思い出した。
あ、この匂い……。
またあの時と同じ匂いがした。
ワイシャツをまさかという思いで広げて見てみた。
けれど、この前の様に口紅がついている訳ではなかった。
でも、この匂い……、この前と同じだと思うんだけど……。
「あ、ごめん! 途中だったね」
そう言って後ろから夫に声をかけられた。
悪い事をした訳でもないのに私の方がその声にびっくりした。
「いや、もうワイシャツだけだったよ。 ありがとうね」
そう言ってサッと洗濯機の中にワイシャツを閉じ込めた。




