難しい気持ち
私は隣で走り行く車を眺めながら向井さんの話を聞いた。
いつもの渡り廊下の感じとは違うこの感じはくすぐったい様な、嬉しい様な、でも、私の事ではない様な不思議な空間にいた。
ただ、まだこの現実をどう受け止めていいかわからずとりあえず今の率直な気持ちを話す事にした。
あの夢にまでみたスカイさんを、でも忘れなければいけなくて、何とか前を向き忘れようとしていたところでスカイさんが現れ……、でもその人は向井さんで……。
気持ちが複雑すぎる……。
向井さんの事は嫌いな訳ではない。
むしろ、いい人だと思っている。
でも、恋愛対象としては見ていなかった。
もちろんそうだ……。
既婚者の私が自由に恋愛などしていいはずもない。
同僚としか見ていなかった。
目の前にいるのはスカイさんなのにあの時の様に恋焦がれる事ができなかった。
向井さんとしてではなくスカイさんとして出会っていれば、きっと会ってもやっぱり好きは変わらなかったと思う。
向井さんとして会ってしまって一つフィルターがかかってしまったのだろう……。
それに、スカイさんも安堂ユウとして会う事を望んではいなかったと思う。
yuuとして出会う事を望んだであろうし、イメージが違ったかも知れない。
SNSというものを通して恋をしてしまった二人にはこの状況は複雑そのものだった……。
「向井さんだったんですね……。 何だか不思議な気持ちです……。 向井さん、複雑でしょ? 私もどう向き合っていいやら……。 スカイさんを忘れる事をやっとできそうになってたんです。 向井さんに言うのもどうかと思いますけど……。 でもね、ほんとにスカイさんの事は好きだったんです。 自分の立場もわかった上で……、それでも好きになってしまいました。 でも、あの連絡が途切れた日から忘れなきゃ……という思いで今日までやってきました。 こんな形でスカイさんに会うなんて……。 向井さんもこんな形で会いたくなかったですよね……」
私は手に持った缶コーヒーを眺めながらyuuとしての気持ちを向井さんに伝えた。
買ったものの開ける事のない缶コーヒー。
コーヒーを飲みながらなんて話せなかった。
「俺はyuuさんを忘れる為にSNSをやめました。 やっぱりyuuさんを傷付ける事になると思ったからです。 yuuさんが安堂さんだと気付いた時、びっくりしたけど安堂さんで良かったと思いました。 こんな形で……って言ったけど、俺はこんな形でも会えてよかったと思ってます。 安堂さんは会った事を後悔してますか? 俺から聞かされず知らないままで過ごしたかったですか?」
私はそう聞かれ、スカイさんとは知らず向井さんとして過ごしたこれまでを思い返した。
なかなか前を向けずにいた私の隣で何も言わずに時間を共にしてくれた。
もっと話せば楽しいものの、私はというと自分の殻に閉じ籠り、一人にして欲しいと向井さんをうとましくさえ思った事もあった。
けれど、そんな低いテンションの私にも嫌な顔ひとつせずほぼ毎日静かに付き合ってくれている事に私もいつしかありがたいという気持ちに変わっていった。
なぜ隣にいてくれるんだろうか……。
楽しくないはずなのに、無駄な時間を過ごしていると思わないのだろうか……。
そんな風に思っていた。
「向井さんは私にとっては居心地のいい人でした。 こんな無愛想な私に何も言わず付き合ってくれた事は、ありがたく思っていました。 最初は全く乗り気じゃなかったんです、空の写真……。 けどそのうち、撮る事を楽しんでました。 どの写真を見せようかな……って考えたりしてました。 後悔……、後悔はないです。 知らないまま過ごした方がよかったかどうかは……、どうなんでしょうね……。 複雑な気持ちの方が大きくて……。 でも、向井さんだった事に嫌な気は全くないです」
今の気持ちを伝えられた事は良かったと思う。
ただ、派遣期間ももうしばらくある中で、どう接したらいいのか……。
これまでとは少し違った気持ちで向井さんと接する事になる。
複雑以外の言葉が見つからなかった。




