心の休憩
会社から少し歩くとたくさんのテナントが入るビルがある。
そこに行けば、食べたいものは何か見つかる。
会社から近い事もあって、忘年会や新年会、大きな飲み会はこのビルの中にあるお店のどこかになるらしい。
その中で、お蕎麦がおいしいと評判のお店を選んだ。
和装に身を包んだ店員さんに通された部屋はとてもお洒落な個室だった。
その個室までの道のりも店内なのに砂利がひいてあったり、間接照明が絶妙におしゃれで、ごはん屋さんという事を忘れるくらいワクワクしていた。
部屋に入っても私はその素敵な部屋にうっとりし、ぐるりと天井から部屋の隅まで見回していた。
「安堂さん、もしかして、ここ初めて?」
そんな私を見て米田さんはそう言った。
「そうなんです。 初めてで……。 お蕎麦がおいしいのは知ってたんですけど……」
「そうだったんだねーー。 旦那さんとも来た事なかったんだねーー。 安堂さんところって旦那さん、ほんとに忙しいんだねーー」
夫とどこかへ一緒に出かけたとか、外で食事したっていつ以来……?
思い出せない程、行ってない……。
「仕事が好きな人なので……」
それに間違いはないが、私への気持ちがあるなら時間を作ったりするはすだけど、それもない。
それは私も同じだった。
夫を思っていれば、一緒にいたいと思うだろうし、楽しく過ごしたいと思うはず。
もうお互いがお互いの事を思ってない。
私たち夫婦は紙切れ一枚で繋がっているだけで夫婦としては破綻していた。
それも随分前から……、妊活を辞めてからなんだろうな……。
オーダーしたお蕎麦セットが届き、ゆっくりと食べ始めた。
あったかいお蕎麦に天ぷらと小鉢が2品。
お出しのいい香りが食欲をそそる。
優しいお出しの味に癒される。
噂には聞いていたけれど、ほんとにおいしくて幸せでいっぱいだった。
久しぶりにおいしいって思えるごはんを食べたかも……。
「何か、安堂さん、おいしそうに食べてるね!」
そう言われた。
「だって噂通りおいしいですよ! 幸せです!」
「わかりやすいーー。 でもよかった……、安堂さんのそんなとこも見れて」
「え……?」
「あ、いや、ごめんね! いつもより今の方が安堂さんなんだろうなって思ったから」
その言葉の意味が私にはわかった。
米田さんには理由はともかく、何かを気付かれているんだと思った。
「米田さんは鋭いですね。 いろいろあって心が晴れないままこちらにお世話になる事になってしまって…すみません…。 でも、仕事はちゃんとしますから!」
私は米田さんに謝った。
短期とはいえ、まだ数ヶ月お世話になる会社。
これからも教えてもらわなきゃいけない事ばかりだ。
米田さんは特にそうだ。
「いえいえ、安堂さんはちゃんとしてますよ! 何かあるんだろうな、とは思ったけど、でも、仕事は仕事でちゃんとしてくれるので私は助かってますよ! まぁ、生きてたらいろいろあるよね……。 私だってあるよーー」
そういえば、そんな事言ってたな……。
米田さんのいろいろって何だろう……。
ちらっと私を見て笑ってこう言った。
「あ、私に何があるんだ!?と思った?」
「……いえ、そういう訳では……」
「いろいろあるよーー。 うち、息子が二人いるんだけどさ、この二人にもいろいろあってさ……。 まぁ、親の気持ちなんて知ったこっちゃないわよねーー。 でも、親だからいろいろ小言を言っちゃうんだよねーー。 もういい歳なんだしほっとけばいいのに……」
「あーー、息子さんの事ですか? いいお母さんだと思いますよ。 心配しますよね、いくつになっても子供だし……。 私の母もそんな事を言っていたと思います。 私、子供がいないから、そんな心配したかったなって思います……」
「出来のいい子だとこんな心配しなくて済むんだろうけどね……、我が家の息子たちはそうじゃなくて……。 安堂さんは旦那さんが忙しいから時間を合わすのが大変でしょ? 大型連休とかお休みはちゃんとある会社にお勤め? 日頃時間が会わなくても旅行とか行けるといいんだけどねーー」
「……結婚って何なんでしょうね……」
自然と出てきた私が放った一言に米田さんは私をじっと見た。
真剣に聞いてくれる体制で、でも私が話しやすい雰囲気を作るのを忘れてはいなかった。
「どうした? 何かあった?」
米田さんのいつもの明るい口調で話を聞こうとしてくれていた。
米田さんの頼り甲斐や包容力に、張り詰めた心が休みたいと思ったのだ……。




