聞かない優しさ
出社した会社はいつもの感じ。
また電気もぽつりぽつりとしかついていない。
まだ活気を取り戻す前の事務所に少しずつみんな出社してきていた。
そんな中、米田さんはすでに出社して事務所内の植木に一つ一つお水をあげていた。
そんないつもの日課をこなす米田さんはいつも私よりずいぶん早く出社していた。
「安堂さん、おはよう!」
私を見つけて挨拶をしてきた。
米田さんが元気がないところを見た事がない。
米田さんは、何の不満もなく毎日を過ごしているんだろうか……。
そんな米田さんには私はどう映っているんだろう……。
「おはようございます。 米田さんはいつも元気ですね」
そう私が言うと、優しく笑ってこう言った。
「安堂さんは元気じゃない時があるの?」
「あ、いえ……、そういう訳ではないんですが……」
私はとっさにそう答えた。
米田さんはニンマリと笑って私に言った。
「なかなか白状しないなぁ……。 安堂さん、何か思ってる事があるんだろうな……って思ってるけど違う? 違ったらごめんね。 仕事はちゃんと覚える努力もしてるけど、ふとした瞬間に、サッと表情が変わるというか、心ここに在らずというか……、そんな顔を何度か見たから。 ご主人も出張が多いって言ってたし、寂しいのかな……と思ったりしたかな……」
バレちゃってたのか……。
それに気付かぬふりをしてくれるのが大人だな……。
お昼休みの話のたねになってもおかしくないのに。
私はその場は笑って何も言わずにいるしかなかった。
「私にだっていろいろあるのよ。 けど、考えても仕方ない!って思ってるから割り切ってるところはあるよね。 人生って一度きりしかないんだし、それなら楽しくいたいじゃない? 楽しくできる選択をしてるかな。 それが元気の理由かな? 安堂さんも楽しんでる?」
そうなんだーー。
米田さんもいろいろあるんだな……。
「そうそう! 会社のみんなでさ、たまにごはん食べに行ったりするの。 基本、旦那のグチだったり、不平不満を話す会みたいな感じなんだけど、そこでさ、みんな日頃の鬱憤を晴らすの! 話すと楽になるじゃない? そんな感じ。 今度よかったら安堂さんも来る? そんな話、絶対しなきゃいけない訳でもないし、聞くだけでも楽しかったりするよ!」
私は米田さんと連絡先を交換した。
詳しく聞いてこない米田さんに私は安心感と頼り甲斐を感じた。
米田さんに笑って話せる時が来るんだろうか……。
「さぁ! 今日もやろっかねぇーー! さ! やりますよ、安堂さん!」
これからまた仕事が始まる。
私は米田さんの横に座りまた自分の中でスイッチを入れて仕事を始めた。
自分の事を言わずとも、少し米田さんと話した事で若干いつもより心が軽くなった気がした。
けれど、小休憩に行くあの渡り廊下は私にとってはまだまだ必要な場所だった。
いつもの様に渡り廊下へ行ったが、今日は向井さんはいない。
この1人の何も考えずスイッチを切った自分でいられるこの空間が必要だった。
1人ベンチに座り、伸びをした。
ポケットからスマホを取り出した。
そういえば、朝、写真撮った。
今、目の前にある空と変わらない朝撮った空の写真。
今日は見せずに済みそうだ。
用もないし、撮った写真を消そうかな……と操作しようとした時、ドアが開いた。
「よかった! いた!」
そこには走ってきて呼吸が苦しそうな向井さんが立っていた……。




