夫婦の形
マンションの7階。
窓を開けるといい風が入ってくる。
私はここから空を眺めるのが好きだ。
つまらない毎日の中、いろんな思いを馳せながら変わりゆく空を見て、ここという瞬間の写真を一枚撮る。
私の携帯の写真フォルダには、『今日の一枚』という空の写真だけが入るフォルダがある。
空は毎日違う。
雲一つない日もあれば、これでもかというほどの雨を降らせたり、空いっぱいのうろこ雲を作ってみせたり、雨上がりの大きな虹、いつもより一際空が青かったり……。
その空の変化を毎日楽しみ、一枚写真を撮る。
フォルダに増えていく写真。
私の心と向き合った時間を空の写真として撮っていく。
大切な写真たち。
そこにある空の写真をたまに開いては眺める。
今日は出張から夫が帰ってくる日。
一人なら三食何でもいいけれど、夫がいるとなるとそういう訳にもいかない…。
「冷蔵庫の中って何かあったっけ……?」
私は冷蔵庫の中を確認し、何が作れるかを確認する。
今日は何とかあるもので作れそうだ……。
『今日も夕日が綺麗だなぁ……』
部屋の中にオレンジの光が差し込み、少し物悲しさを感じながら私は料理にとりかかった。
でも私はこのオレンジの光があまり得意ではなかった。
あのオレンジが綺麗だとも思う。
けれど、夜に向かって気持ちまでも引き摺り込まれそうな気がしてしまうのだ……。
夜になってしまえば夜の楽しみ方があって好きなのだが、あのオレンジの感じはどうも好きになれない……。
そう感じながら無心に夕食を作り始める。
何が食べたい?とか聞かないのが結婚13年目の夫婦の姿……。
おいしそうに食べる姿を想像できないのが結婚13年目の姿……。
……というより、私たちの夫婦の姿と言った方が正しい……。
しばらくすると、携帯が鳴り、夫からメッセージが入った。
『今、空港に着いた。 帰るのは20時くらいかな……』
『お疲れさまーー。 はいはーーい。 気を付けて』
いつものお決まりの定型分。
業務連絡的なメッセージ。
それがもう当たり前になっていた。
安堂ユウ、43歳。
夫とは結婚13年目。
という事は専業主婦歴も13年目……。
結婚を機に仕事を辞め、私はそれ以来専業主婦。
子供もおらず、一人でここで過ごす事が多い。
出張の多い夫、亮輔は、忙しくしているものの仕事に生きがいを持ち充実した日々を送っている様だ。
結婚13年目ともなると、新婚当初に比べるとお互いへの興味も薄れ、空気の様な居て当たり前の存在になっていた。
もちろん夫婦生活もなくて当然。
お互い、『ない事』に何の不満もなかった。
思い出せない程随分前にあってから……それ以来ない。
私の人生最後の女であった瞬間はその思い出せないくらい随分前のある夜で終わった。
男である夫はその欲望を私ではない相手で満たしているのかも知れない。
確認した事も、怪しんだ事もない。
もしそうであったとしても、私は何も思わないのかも……と思う時がある。
私の中に夫が男であるという意識がないのだろう……。
だからと言って嫌いな訳ではない。
夫に大きな不満がある訳でもなく、専業主婦である私がのんびり1日を過ごせているのも夫のおかげである事もわかっている。
ただ、淡々と流れる変わらない時間を過ごす事につまらなさを感じていた。
仕事でも探してみようかな……。
そんな話を夫にしてみようかなと思っていた。
ちょうど今日帰ってくるし、話してみようかな……。
いつも家で待っていて欲しい……。
そう夫から願われ専業主婦となった私。
結婚前の仕事を楽しんでしていた訳でもなかったので、そうお願いされて仕事を辞める事に何のためらいもなかった。
社会からかけ離れたところで不自由もなく暮らしている事が幸せな事だともわかっている。
それと同時に虚しさや新鮮さに欠ける事もここにきて感じる様になっていた。
今見ている窓から見えるお気に入りの景色が全てじゃない。
パートでも何でもいい。
外に出て新しい風を私の中で吹かせたかった。




