◯第三話 私が相羽くんを好きになったのは……
それからのことは朧げにしか覚えていない。
確かお互いに顔を真っ赤にしたまま、
「えと……これからよろしく」
「うん……」
みたいな何をどこでどうするの? って思えるような中身のないふわっふわな会話をして、
連絡先を交換してそれじゃあね、って感じで別れたのだ。
恋人らしいことは一つもせずに。
そもそも恋人らしいことなんて、誰とも付き合ったことのない私にとって少女漫画の世界の産物でしかなかった。
何か恋人らしいことをしろ──と仮に言われたとしても何もでてこなかっただろう。
浮遊感が抜けないまま、地に足がつかないような心地のまま、私は帰路についた。
「おかえり~」と言ってきたお姉ちゃんの言葉に生返事で答えて、二階にある自分の部屋へとフラフラとした足取りで向かう。
バタン、と扉を閉めればそこはもう自分だけの世界。
「~~~~~~~~ッ」
私はもう限界だった。
制服をポイポイと脱ぎ捨てて下着姿のままベッドにボフっと倒れ込む。
そして枕をギュッと抱えてベッドの上を右へ左へ転がった、悶えた。
少し落ち着いてくると、好きな人に告白された──という事実がまた私を悶えさせてくる。
どうしよう、どうしよう。
私相羽くんの彼女になったんだ。
彼女になってしまったんだ。
その喜びを噛みしめると、自然と腕に力が入る。
胸に抱きかかえていた枕をもう元に戻らないんじゃないかってくらいギューっと強く抱きしめていた。
それほどまでに私は相羽くんのことが好きだったのだ。
一番のキッカケは──クラスの怖い女子たちから私を助けてくれたこと。
あの時私は掃除当番を押し付けられそうになって……そんなことダメだよって反論した。
そしたらあの人たちは私のことを怖い目で見てくるようになって……だからって他の人は見て見ぬフリをするばかりで誰も助けてくれなくて。
だってそうだよね。
私みたいな芋女のことなんて助けても何の得にもならないんだもん。
これがクラスで人気者で友達も多い別の子だったらきっとこうはならなかっただろう。
全部人と距離を取って──というか距離の取り方が分からなくて、孤立していた私が悪いんだ。
そう思って、口をつぐみかけた所で物語の王子様みたいに相羽くんが現れた。
彼は私を睨みつけてくる怖い女子たちのことを完全に無視して──
「樋本さん、手伝うよ」
私に微笑みかけてくれたのだ。
無視された二人の標的は当然のように相羽くんに移った。
「は? おい豚、カッコつけてんじゃねーよ」
「ちゅーに病ってやつ? マジきも」
刺々しい言葉が今度は相羽くんに向けられる。
でも相羽くんはそんな二人の威圧的な態度なんて何一つ気にしてないような顔で、むしろ対抗するかのように
「掃除の邪魔だ。早く帰れよ」
低くて男らしい声で、言い放ったのだ。
小さくてポテっとした体からは信じられないくらい低くてドスの効いた声。
その勢いに気圧されたのか、怖い女子たちは
「うわ、マジキモ」
「きっとあれじゃん。干物女に惚れてんでしょ」
「絶対それ! デブと干物女ってお似合いなんだけど」
「それじゃ、お幸せに~」
と捨て台詞を残して逃げるように教室から出て行った。
(わ、私と相羽くんがお似合いとかそんな……)
ただ私たちを揶揄するための言葉だったんだろうけど、それすら恐れ多かった。
相羽くんだってこんなことを言われたら迷惑に思うに違いない……。
そう思ったんだけど、相羽くんは一ミリも気にしてない様子で、掃除用具入れに向かうと
「それじゃさっさと終わらせちゃおうよ」
と柔らかな笑みを私に向けてくれた。
丸々とした頬にわずかにできたえくぼが可愛くて……。
「あ……うん」
私はその顔を見て熱に浮かされたせいで俯きがちに頷くことしかできなかった。
身長差があるせいで、そうすると余計に相羽くんが視界に入ってしまう。
それが恥ずかしくて……
「あの……相羽くん。ありがと」
と照れ隠しみたいなお礼しか言うことが出来なかった。
多分、というか間違いなく相羽くんのことを男の子、として意識し始めたのはこの時からだったと思う。
でも、もう相羽くんと関わることなんてないんだろうな、と同時に思った。
だってクラスでも人気者の相羽くんは言ってしまえば別世界の住人。
今までもそうだったしこれからもそうなんだろうな──。
しかし、それ以来相羽くんと何故か目が合うようになった。
きっとそれは私が相羽くんのことをずっと見つめていたからで、私の自意識過剰なんだろうな、と思っていた。
そのはずだったのに……それからしばらくすると、相羽くんの方から話しかけてくれるようになった。
休み時間、一人で本を読んでいる私に対して──
「ねえ、何読んでるの?」
私はテンパった。
まさか相羽くんが話しかけてくれるなんて思ってもいなかったから。
「図書館で……借りたミステリー小説」
「へー本好きなんだ」
「うん、好き」
口下手な自分を怨めしく思った。
もっと気の利いた言葉を返せたらもっと話を盛り上げられたかもしれないのに。
でもそんなことができたらボッチなんてやってないよね。
「え、じゃあさ俺に何かオススメの本教えてよ。樋本さんのオススメ、興味あるんだけど」
これがコミュ力の差、というやつなんだろう。
私の返答にもなってない返答を拾い上げてドンドン話題を広げてくれた。
またある時は──
「ねえ、樋本さんて兄弟いるの?」
「えと……五歳上のお姉ちゃんがいる」
「え~、いいなぁ。俺下に妹しかいないから羨ましいわ」
「妹……いるんだ」
「そ、ちょー生意気なね。樋本さんとは大違い」
なんて身の上話もしたりした。
てっきり相羽くんがわざわざ私に話しかけてくれるのはクラスで『干物女』なんて言われている私を気遣ってくれてのものだと思っていた。
そんな相羽くんと話しているうちに優しいな……って思うようになって。
私はいつからか相羽くんのことを目で追うようになっていた。
そしていつも明るくて笑顔の輪の中心にいることだとか。
私だけじゃなくて色んな人に優しくて些細なことに気づくことだとか。
……そんな新たな一面を知る度に想いは募っていった。
気付いた時には私は相羽くんのことが好きになってた。
だから、本当は少し離れたところにある高校を志望するのをやめて、相羽くんも進学する地元の公立高校に進学することにして。
そうすれば少しは一緒に居られる時間が増えるかな──なんて思ってたのはバカだよね。
でも今日、告白されて私は相羽くんの彼女になったのだ。
嬉しい……。
そういえば……相羽くんはどうして私なんかのことを好きになったんだろう。
いつから私のことを好きになってくれたんだろう。
というかもしかして……今まで相羽くんがしてくれた色んなことも、実は私のことが好きで、私を振り向かせるためのアプローチだったとか!?
そんなことを考えているとムフフな妄想が止まらない。
私は妄想に妄想を重ねて悶えに悶えて……
ベッドを転げまわっていると、
「涼音、あんたうるさいんだけ……ど……」
ドアがバンと開かれて私のお姉ちゃん、樋本美鈴がやってきた。
「~~~~!?」
私はベッドから飛び上がって、改めて自分の状況を確認した。
下着姿で……ベッドで……暴れて……これじゃまるで……
「ごめんね涼音、あんたもそういう年頃だもんね……でもやるならやるでもうちょっと静かに……」
あ、これ絶対勘違いされた。
「違うのお姉ちゃん!! これは!!」
あれ? 私なんて言い訳したらいいんだろう?
これ、どうあがいても詰みなのでは!?




