〇第二十一話 すっぴん
『それじゃ、細かいことは電話で決めようか』
『そうだね』
いよいよ来週の途中からGWを迎えるという四月も下旬のとある週末の夜更け。
いつもの通りRINEのメッセージを軽く交してから、通話へと切り替えていく。
段々と連絡の取り方も確立されてきて、最近では戸惑うこともなくなってきた。
これも成長……って言えるのかな?
『もしもし、涼音?』
「うん……でも将也くん、少し声が遠いかも?」
『あー悪い、ちょっとこの前盛り上がり過ぎて妹にキレられてさ……』
「あはは……あの時は私もお姉ちゃんに怒られちゃったなぁ……」
お互いに遠慮せずに言いたいことを言おう、と決めてから私たちの仲は更によくなった……と思う。
この前は通話で盛り上がり過ぎた所を無言で部屋に入ってきたお姉ちゃんに頭を叩かれてしまった。
驚きのせいで変な声を上げてしまってその後ちょっと気まずくなったんだから……。
確かに私が悪かったとは思うけど……叩くのはよくないと思う、暴力反対。
『だから今日はちょっと小声で、な』
「うん、そうだね」
吐息がマイクの雑音に混じって届いてくる。
これはこれで……近くで話しかけられてるような気がして恥ずかしいかも……。
『これ、ネモフィラの開花予想なんだけどさ。これを見た感じギリギリ見頃の時期に入ってる四月中に行きたいと思うんだけど、涼音は家族の予定とか入ってたりしないか?』
「うん、大丈夫だよ。せっかくなら見頃の時期に行きたいもんね」
『なら……GWの中でも一応平日になってる来週の金曜日に見に行くってことでいいか?』
「金曜日……うん、楽しみにしてるね!」
思ったよりもデートの予定が早く決まってしまったけど、このまま通話を切るのはもったいない。
だからそのまま作業通話みたいな感じで、勉強の片手間に──というか勉強を片手間に他愛ない話を続けることにした。
そしてしばらくしたところで、将也くんの声音が少し揺れ始めた。
まるで何かを言い淀んでいるかのような……そんな感じだ。
「どうしたの? 将也くん」
『いや……ちょっとな』
「私に遠慮しないでいい、って話になったでしょ?」
『なら……いいか?』
将也くんがフーと深く息を吐くのが聞こえた。
そんなに言うのをためらうようなことなのだろうか?
『……すげー今、涼音の顔が見たくなった』
「──っ!?」
え、ええ!?
完全に不意打ちだった。
でもそう言われたら確かに私も将也くんの顔が見たくなってきた。
今日は日曜日で、明日になれば会えるっていうのに……欲張りだな、私。
──うん、いいよ。
そう言いかけたところで私は気が付いた。
今の私はすっぴんな上に部屋着として中学のジャージを着ている完全にオフのモードだ。
その姿を見られるのは……恥ずかしい。
「でも、その……私すっぴんだから……恥ずかしいな……」
『分かってる、でもすっぴんを見られるのも彼氏の特権……みたいなところあるし──むしろ涼音のすっぴん姿見たいし……』
「もう、こんな時まで特権って言うんだ」
私は冗談で少し呆れたように返した。
将也くんは私のすっぴん姿をどうしても見たいらしく、
『これが俺のしたいこと、なんだ! だから言わせてもらった……』
「その言い方はズルいよ……」
確かに私は、将也くんがしたいことを教えてほしいとは言った。
言ったけど、こんな要求をされるなんて予想外だ。
私は正直恥ずかしかったけど……それで将也くんが喜んでくれるなら……。
「分かった……将也くんにならいいよ。でもあんまりジロジロ見ないでね、恥ずかしい──」
私は急いで手鏡で顔のチェックをして、変なところがないか確認してからビデオ通話をオンにした。
『お……おぉ……』
私のすっぴんを見た将也くんは何故だか嘆息をこぼした。
男の子ってそんなにすっぴんを見たいものなのかな?
『家ではメガネをかけてるんだな』
「うん、やっぱりまだこっちの方が楽だし……」
『そっか、学校では無理してる……わけじゃないよな?』
「大丈夫だよ、もう慣れたから」
画面越しでも将也くんを見ていると自然と表情が緩んで口角があがる。
思えば将也くんと付き合い始めてから笑顔でいる時間が増えた気がする。
そのせいか、普段の表情も意識しなくても少しずつ明るくなってきたのだ。
お姉ちゃんが言うところの『表情筋マッチョ』に私は近づけているんだろうか?
画面を付けて話し始めたら勉強なんてもうやっている場合じゃなかった。
いつの間にか教科書も閉じられていた。
お互い顔を見合わせて、また他愛のない話で盛り上がった。
『それにしても……デートの時に弁当を作ってもらうってばかりじゃ悪いな。俺も何か──お菓子でも持っていこうかな?』
「気にしないで。彼氏のお弁当を作るのは、彼女の特権……だよ?」
将也くんの口癖を真似して言ってみた。
ダメだ、思った以上に恥ずかしい。
ビデオ通話の時に口にしていい言葉じゃなかった。
『そう言われたら……何も言えないな』
将也くんは小さく苦笑しながら、両手を上げて降参のポーズを取った。
『えと……じゃあすげー楽しみにしてる』
「ハードル上がるなぁ……」
『いや、俺のために作ってくれるっていう事実がもう嬉しい』
将也くんの表情筋もゆるゆるに溶けていた。
こんな油断しきった顔を見られるのも──彼女の特権、だよね?
ふふ……気合い入れてお弁当作らないとな。




