〇第十三話 救世主
た……たすけて……。
困った。
とても困った。
目がグルグル渦を巻いてしまっているんじゃないかと思う程には困った。
私の周りをまるで逃げ場を奪うかのように取り囲んできた女子たちから質問攻めにされてしまっていた。
話しかけてくる相手は同じ中学から進学してきた顔見知り──とは言っても中学時代はほとんど話したことのない人たち。
授業で同じグループになったとか、用事があって話したとかその程度の付き合い。
完全に初めましての人と話すよりは幾分か気が楽だけど、それでもキツいものはキツい。
「え? 樋本さんイメージ変わりすぎじゃない?」
「メガネ外したんだ、そっちの方が似合ってるよ~」
「あはは……ありがとう……」
「高校デビュー? どうしたのそれ?」
「えと……お姉ちゃんにいろいろ教えてもらって」
「え~いいな、私もそんなお姉ちゃん欲しかった~」
あれ、意外と私ちゃんと会話できているのでは?
見た目しか変わっていないのに、皆の態度が……話しかけてくる雰囲気が全然違う。
前は興味なさげ……というか事務的に話してるだけだったのに、今私に話しかけてくれている人は本気で私に──というか私の変わり様に興味を示してくれているように見える。
「メイクとかもしてるよね? どういう心境の変化?」
「それ私も気になる~」
「えーと……それは……高校生になるし、ちょっと頑張ってみようかな……って」
どうしよう、将也くんのことをこの人たちに話していいものか。
一旦落ち着くんだ私。
ここで、彼氏ができて~、その彼氏に捨てられないように頑張ってみたんだ~、とか言ってみたとしよう。
そしたらどんな返答が帰ってくると思う?
──え、うそ! 樋本さん彼氏いんの?
──マジで? 誰? 誰? この学校にいたりするの?
みたいな感じになるだろう。
そしたら質問攻めは更にヒートアップすることになるだろうし、そんなことになったら私はその圧力に屈して全部話してしまうだろう。
そしたら将也くんにまで好奇の目が向けられてしまうかもしれない。
せっかく将也くんは将也くんで今も友達作りをするためなのか、色んな人に積極的に声を掛けて回ってるんだ。
それを邪魔することになってしまうんじゃないかと思うと、本当の理由を話していいものかためらわれてしまう。
だから私は高校デビューという便利な理由でお茶を濁すことにした。
「いやいやちょっとどころじゃないでしょ」
「それな、あの樋本さんがこんな風になるなんて思わなかったわ~」
「もう……そんなにジッと見られると恥ずかしいって!」
でも話しているうちに段々自信が湧いてきた。
まだ自分から話を振ることはできないけど、聞かれたことにちゃんと答えられるようになってきたのだ。
この調子で頑張ればコミュ障脱却も近いうちに可能なんじゃ……。
「え~樋本さんって高校デビューなの?」
「見えなーい。え、肌とかめっちゃ綺麗じゃん。メイクも大人っぽいしヤバ」
「あ、えと」
誰!?
同じクラスメイトなのは間違いないけど完全に初めましての人たちに話しかけられた。
話しかけてきた二人ともが髪を染めているし、耳元にはピアスの穴が開いている。
高校デビューの私なんかとは違う、正真正銘のキラキラした人たちだ。
その陽キャたちはあっという間に会話の渦の中心に潜り込んできて、私を置き去りに私の周りを囲んでいる人たちとキャイキャイ話を進めている。
あっという間に会話の主導権を掠めとる様は見事だとしか言いようがなかった。
──このままだと会話に置いて行かれる……。
私は台風の目になりつつあった、悪い意味で。
中心にいるはずの私だけが凪。
会話に置いて行かれて、私の周囲ではキャピキャピとした会話が繰り広げられている。
以前の私ならここで折れて、微妙な笑みを浮かべただけで終わっていただろう。
だが、今の私は違う。
そう、将也くんに教えてもらったんだ……。
大事なのは相手に興味を持つことだって。
ピアスの穴のこととか、髪の色とか……聞いてる感じメイクのことも詳しそうだ。
その辺りの話題を拾って上手く会話に繋げて行けば……。
決意して自分から口を開こうとすると、また新手が現れた。
「樋本さんっていうんでしょ? よろしく~」
「あのさ、せっかく同じクラスになったんだし、RINE交換しようよ!」
「そうそう、クラスRINE今作ってて、誘うから教えてくれない?」
ついに男子が私に話しかけてきた。
中学時代だったらあり得ないことだ。
「えと……それは、ちょっと」
会っていきなりの人とRINEを交換するのは私にとってはハードルが高すぎた。
「え~、いいじゃん」
「てか、このあとカラオケ行こうと思ってるんだけどさ? 樋本さんも来ない?」
ひぃいいいい。
この人たちめっちゃグイグイ来るし、目もちょっと血走ってるような感じがして怖いよぉ……。
「えと……それは……」
「いいじゃん、絶対楽しいって」
「とりあえず来るだけ来てみよって」
ああダメだ。
押し込まれて断る隙を与えてくれない……。
誰かタスケテ……。
私は多分目をグルグルと渦巻かせながら、半泣きの状態だったと思う。
やっぱりコミュ障の私に高校デビューなんて無理なんだ……。
そんな時、私と男子の間に割って入ってくれた人がいた。
「ちょっとあんたら! いきなりガッつきすぎ! 樋本さん明らかに困ってるじゃん」
「葉山……違うんだよ、これは」
「何が違うのよ」
「いや……その……なぁ?」
「シャキっと話なさいよ情けない」
すごい……さっきまであんなにグイグイ来てた男子たちがタジタジになっている。
「おい、行こうぜ」
「えと、樋本さんまたね~」
葉山さん……と呼ばれていた女子はあっという間に男子たちを撃退してしまった。
そして撃退すると私の方を見て、中性的な顔立ちにニカっとした笑みを浮かべた。
「あの……ありがとう」
「ううん、あいつらおな中だったから気にしないで」
「葉山さん、だっけ?」
「そそ葉山薫です、よろしくね樋本……」
「涼音です」
「涼音ちゃんね、あ、私のことは薫って呼んでくれたら嬉しいな」
サラっと距離を詰めてくる。
しかもその距離の詰め方に嫌らしさや不快感がない。
「えと……薫さん?」
「いやいや、呼び捨てでいいって」
「えと、薫……さっきはありがとね」
「だからそれは気にしないでいーの。だって私も樋本さんと話したくて、そのキッカケ作りのためにあいつらを追い払っただけだから」
そう言って薫はケラケラと笑った。
気持ちのいい笑い方──自然と好感が持てた。
「それでさ、涼音ちゃん高校デビューってマジ?」
「うん……実はそうなんだ」
「え、中学の時どんな感じだったの? めっちゃ気になるんだけど」
「その……干物女……って呼ばれてた」
「あはははは……干物女って嘘でしょ?」
「ホントホント、樋本さん三つ編みにメガネで正直暗かったっていうか……」
「えー、想像できなーい」
うわぁ……これが本物のコミュ強かぁ……。
あっという間に周囲を巻き込んで会話の渦を再形成してしまった。
たった一人加わっただけなのに、会話の円滑さが全然違う。
そんな薫のおかげで何とか将也くんの力を借りることなく初日を乗り切ることができたのだった。




