呪い月
銀色に波打つ階をすすむ一艘の小舟。照らされた砂浜を痩せた人影が歩かされた。薄紅色の夕月はカランコロンとゆりかごのように揺れ、尖ったあごを突き出した。陽の斜めに死んでいくのを待たずに、奴隷達は顔を上げ、呪縛の主を睨み焼かんとする。その落ち窪んだ眼窩から覗く陽の溶け出した瞳で。
「もう出るのですかい、あんたさまは。まだ夕餉もできていやせんぜ」
腰巻ひとつの老いた百姓は無精ひげをなでながら、恨み節を奏でる。ぶるんと身震いした夕月は赤銅色に頬を染め、照れ隠しに曲がった腰を突き刺した。刺された魚は、はぜって飛び出し、その目玉から落ちた涙をいまいましげにはげ頭の漁師が拭った。黄色くこびりついた垢を鼻をならしてかぎながら、目玉の飛び出した烏賊を洗う。
「まだ陽が沈んでもいねえだに、あんたさまは意地悪なことでなあ」
頬のくぼんだ娼婦はしぼんだ胸を晒しながら、けだるく呟いた。しわくちゃになってしまった腹をたたくと真っ赤な鮮血が淫口から飛び散った。誰も彼もつかれきって、顔をしかめ、はなをつまみながら、あっちへいけと娼婦にむかってあごをしゃくった。
やがて、山すそをななめに名残惜しそうになめていた夕陽が、虫の息となり、やがて倒れた。雲海を遠くにながめていたとがった夕月が不敵な輝きを放ち始める。時はきたれり。
「ふんなんだっていうのさ、月のものが巡ってきただけのことさね。どうせやるんだろう、この下衆どもが」
粗末な茅葺の漁師小屋から、けむりが立つ。こもれ月はいよいよ黄金の剣を抜いて、襲い掛かる。何度も何度も。小屋に腐臭が立ちこめる。しょっぱい鉄さびの匂いが、くぐもったあえぎ声とともに、あたりを侵す。夥しい淫血が娼婦のふとももを伝って、砂粒を血泥に変える。今日も明日もあさっても。月光は照らし出す。憑かれた者どものねっとりとしたうねりを。
昨日、娼婦の腹を破った少女が、尋ねる。
「ねえおかあ、明日はあたいどうなるの」
娼婦は腹の上で醜くよがる漁師の顔をおしのけながら、つばを吐いた。
「明日も今日もあるかい、昨日とおんなじさあね。あんたがまたこの腹破ってでるんだよ。さあ、もうはやく飯食って寝な」
裸の少女は波打つ銀色の階へ舟を漕ぎ出した。明日、死ぬかもしれない老いた漁師の目がどんよりと潤んで、少女の白い素足を追いかけた。
蒼白い唇が、冷やかに嘲った。