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3.皇都騎士団長レオナルド(2)

 少女と睨み合っていた盗賊の一人が拳を振り上げて襲いかかる。


「危ないぞっ!」


 殴られる! そう思ってレオナルドが叫ぶのとほぼ同時に、少女の体がふわりと舞った。

 まるで先ほど見かけた大道芸人の曲芸のように身軽な動きで攻撃をギリギリで避けると、流れるような所作で盗賊の脇腹に箒の柄で一撃を加える。


「うがっ!」


 強力な打撃を受けた盗賊は脇腹を押さえて倒れ込む。

 少女は持っていた箒の柄を地面に付きその箒の柄を軸にして回転すると、別の盗人の顔面に痛烈な回し蹴りを炸裂させた。短く切られた、金に近い琥珀色の髪がふわりと揺れる。


 ──なんて奴だ……。


 しなやかな動作、凜とした佇まい、煌めく髪。

 その一つひとつが美しかった。

 そして、こんな奴がいるなんてという純粋な驚き。


「俺が出るまでもないな」


 実力は圧倒的に少女のほうが上だった。


 自分が出るまでもないと思って上空から様子を見守っていたそのとき、レオナルドは、男の手にキラリと光るものを視界の端に見た。


 ──まずいっ!


 レオナルドは咄嗟に、乗っていたワイバーンから飛び降りて剣を抜くと殺さない程度に加減してその男を切りつける。


「きゃっ!」

「うぎゃぁぁ!!」


 二つの悲鳴がほぼ同時に聞こえ、男が仰向けに倒れて痛みにのたうち回る。さらに、レオナルドはなおも逃げようとする盗賊のもう一人に石を投げつけた。


「俺の管轄地で盗みを働こうとするとは、いい度胸だな?」

「ひっ!」


 仰向けに倒れたまま踏みつけられた男は恐怖で顔を引き攣らせ、顔面を蒼白にした。

 ようやく群衆から抜け出て駆けつけた皇都騎士団の団員が駆け寄り、男が縛り上げられる。それを確認し、レオナルドは背後にいる少女に向き直った。


「大丈夫か?」

「あ、ありがとう」


 ゆっくりと上がった視線がレオナルドと絡み、翡翠のような美しい緑色の目が大きく見開く。


 ──こいつ……。


 以前、舞踏会で見かけた破天荒な令嬢に似ている。

 しかし、髪が短いし格好もまるで男のようだ。


 あれだけ戦えるのに血を見たことはないのか、少女は片手を切り付けられて痛みに悶える盗人を見て真っ青になっている。

 そのちぐはぐさが、またレオナルドの興味を惹いた。

 

「その勇敢さは素晴らしいが、勇敢さと無謀は隣り合わせだ。そして無謀はときに命取りになる。よく覚えておけ」


 レオナルドは、少女に諭すように語りかける。この少女はもしも自分達が助けに現れなかったら死んでいたかもしれない。

 少女は少し眉尻を下げると、しゅんと肩を落とした。


「ごめんなさい、放っておけなかったの。助けてくれてありがとう」

「いや、こちらこそ盗人の捕縛に協力してくれて助かった。礼を言おう。今後はこういうことは皇都騎士団に任せて──」


 レオナルドが話し終わるか否やというタイミングで、少女が「皇都騎士団?」と呟いてレオナルドを見返す。


「あっ。あーーー!!」


 突然叫んだ少女にレオナルドは、呆気にとられた。

 何かに気付いたようで、ひどく慌てた様子だ。

 

「助けていただきありがとうございます。申し訳ありませんが、行かなくてはっ!」


 少女はぺこりと頭を下げると走り出す。


「え? おいっ! 怪我はないか?」

「大丈夫ですっ」


 少女は一度だけ振り返り、そう叫ぶ。そして、すぐにまた走りだし、二度と振り返ることはなかった。



    ◇ ◇ ◇



「──ということがあった」

「ふーん。それで、それは誰なの?」

「知らん」


 宮殿の執務室に戻ったレオナルドは、ソファーに背もたれにもたれかかったままぶっきらぼうに答える。


「なんで名前ぐらい聞いておかないんだよ! 舞踏会にいたってことは貴族令嬢だろ?」

「だとは思うが、今となってはわからんな」


 はあっと目の前の男がため息をつく。

 アッシュブラウンの髪に青い瞳という甘いマスクのこの男は、皇帝の側近である四天王の一人──国内貴族の統制を取るカールだ。


 ハイランダ帝国では六年ほど前にクーデター未遂があった。そのため、カールは常に国内貴族の動向に目を光らせ、ほんの些細な事でも軍を掌握するレオナルドに情報提供しに来るのだ。


「見た目の特徴を教えてくれれば、調べられるかもしれない」

「金に近い髪の、女だ」

「それじゃあ対象が多すぎる。もっと他に、特徴はないのか?」

「特徴?」


 レオナルドはしばらく考え込む。


「いい拳をしている」

「話にならないんだけど。お前が異性に興味を持つなんて、ウン十年に一度あるかないかの珍事なのに……」


 カールは呆れたようにため息を吐くと、ゆるゆると首を振る。


「俺はそろそろ戻るよ」

「ああ、またな」


 一通り連絡事項は伝えたとカールが立ち上がる。パタンとドアが閉まると、執務室に静寂が訪れた。


 レオナルドは頭の後ろで手を組んで天井を眺めた。


 一体あの少女は何者だろうか。

 舞踏会会場で会ったのだから、貴族の娘だ。

 あの若さであれだけの使い手でありながら、噂ひとつ聞いたことがない。


 先ほどの少女のことが気になってたまらない。

 異性に興味のないレオナルドにはこれまでなかったことだ。女性に対して〝美しい〟と感じたのも初めてだった。


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