3.皇都騎士団長レオナルド
ハイランダ帝国の皇都騎士団は数多い騎士の中でも腕の立つ者のみが配属されるエリート集団だ。その頂点に立つ皇都騎士団長レオナルドは、ハイランダ帝国軍の若き副将軍でもある。
二メートル近い大きな体に引き締まった筋肉の着いた恵まれた体躯、しっかりと上がった眉に猛禽類を思わせる鋭い茶色の瞳。焦げ茶色の癖のある短髪はすっきりと後ろに流し、軍人然とした風貌をしている。
皇都を守る守護神に相応しい凜々しい男で、特に皇帝から信頼の厚い他の三人の側近と供に〝ハイランダ帝国の四天王〟とも呼ばれていた。
一方で、レオナルドは軍人にありがちな無口で愛想の欠片もない男だった。
それはもう、周りがやきもきするくらいに。
「あのっ、レオナルド様。よろしければこれを」
この日、皇都騎士団の訓練の視察を終えて場所を移動しようとしていたレオナルドを、一人の令嬢が呼び止めた。
腰まである薄茶色のストレートヘアに花の髪飾りを付け、淡いピンク色の春らしいドレスを身に纏った可愛らしい少女だ。そして、その細く白い手にはハンカチーフのようなものを握っていた。
レオナルドはそちらをチラリと見ると、すぐに目を逸らした。
「いらん。訓練の邪魔だから帰れ。団員の気が散る」
冷たくあしらわれた令嬢は傷ついたように瞳を潤ませた。
ひぃっ、と周囲の部下達が青ざめる。
だが、肝心のレオナルドは既にご令嬢のほうを見向きもしないので、それにすら気付いていないだろう。
「ちょっ。閣下、よかったのですか? 今のルエイン伯爵令嬢ですよ。社交界で『桃色の睡蓮』って有名な!」
足早に立ち去るレオナルドの後ろに付いてきた側近のグレイルが焦ったようにそう補足する。ルエイン伯爵はハイランダ帝国でそれなりの地位にある、有力貴族だ。どうやらそこの娘だったらしい。
「しらん。なんだそのふざけた二つ名は? なら、お前があのハンカチをもらえばいいだろう。あんなちっぽけなもの、掠り傷ひとつで使い物にならなくなる」
「そういうことじゃないんですっ! ああ、勿体ない!」
グレイルが両手を肩の位置まで上げて身もだえる。
「そもそも、団員達のあの体たらくはなんだ? チラチラと令嬢達のほうを気にするなど、集中力が足りていない。気合いを入れ直せ。敵が色仕掛けを仕掛けてきたらどうする」
「そっちに話が飛び火しちゃうんですかっ!」
グレイルは額に手を当てるとがっくりと項垂れる。
そう、レオナルドは非常に優秀な軍人であったが、どこまでも色恋沙汰には無頓着で気の利かない朴念仁な男でもあった。
訓練場の視察をあとにしてその足で執務室に向かっていたレオナルドは、ふとその道中で足を止めた。
「いい天気だな」
回廊の開口部からは真っ青な空が見える。こういうよく晴れた日は人の出が多く、それに伴う窃盗や暴行のトラブルも増える。
「閣下、どうされたんですか?」
突然立ち止まったレオナルドに、後に続くグレイルが訝しげな視線を向ける。
「グレイル。俺は少しだけ、帝都内の警備の視察に向かう」
「え? 今からですか? 今日は今年の新入団騎士が集まる日ですよ」
「わかっている。すぐに戻る」
レオナルドはそう言うと、踵を返してワイバーン──軍用に使われる小さなドラゴンの飼育小屋へ向かう。
「ザイル。視察に付き合ってくれ」
自身の相棒であるグレーのワイバーン──ザイルの鱗に手を伸ばすと、ザイルは目を細めグルグルと喉を鳴らす。
皇都騎士隊の入団式典まではあと二時間近くある。
ぐるりと帝都の見回りをしても、十分に間に合うはずだ。
◇ ◇ ◇
そうして訪れた帝都の城下は予想通り、多くの人で溢れていた。
威勢のよい声で客寄せをする八百屋の店主。
仮装して曲芸を披露する大道芸人に、それを見ようと群がる民衆。
籠を手にパンを売り歩く娘。
レオナルドはワイバーンに乗って上空を飛びながら、眼下に広がる光景を観察する。
──何も問題ないか……。
しばらく空から見回ったが、いつもと違うところもない。特に異常はなさそうだと判断し、そろそろ戻ろうと思ったそのとき──。
「だれか! 泥棒だ! 財布を取られた。そいつを捕まえてくれ!」
遥か前方から、悲鳴のような甲高い声が聞こえた。目を懲らすと、二人の男が群衆の合間をすり抜けて走っているのが見えた。
「盗人か!」
地上で周辺の見回りをしていた帝都騎士隊の隊員も気付いたようで盗賊を追おうとしているが、人が多すぎて思うとおりに馬を進めないようだった。人混みで無理に馬を進めると善良な市民を傷つけてしまう。
「仕方がない、俺が始末しておくか。ザイル、あっちだ」
レオナルドはワイバーンを操り、盗人が逃げた方向へ飛ぶ。
そして、その先の光景に目を瞠った。
そこには、一人の少女がいた。
歳は十代後半だろうか。肩口までの長さで切られた髪は、金色に近い琥珀色の美しい色をしている。
男女どちらも着るような長ズボンと膝丈の上着姿で、手になぜか掃除用の箒を持ち、盗賊と一対二で対峙していた。