2.皇都騎士団への入団(3)
◇ ◇ ◇
そうしてなんとか滑り込みセーフで参加した入団式。
アイリスは先ほど寮母から渡された真新しい騎士団の制服を着て、指定された席に座った。
──さすがに皆、腕が立ちそうね。
アイリスは周囲に視線を走らせる。
皇都騎士団は数多くいる騎士の中でも最も優れた技能を持つ者だけが入団できる、エリートだ。知・体・技のいずれ一つでも欠けていてはここに入ることは許されない、まさに限られた精鋭なのだ。
新人団員は全員が全員、背が高く体格がよかった。
しなやかながら引き締まった体躯からは、既に相当の研鑽を積んでいることが予想できた。
さほど待たずに式が始まり、第三師団長を名乗る人物が開会の辞を告げる。
「ハイランダ帝国の皇都騎士団へようこそ。諸君を歓迎する。今日はまず、君達の先輩騎士と手合わせをしてもらう。その上で適性を見て正式な配置を決め、皇帝陛下からの叙任式は三日後だ」
初日から手合わせをしろとは、想像以上にこの騎士隊は厳しそうだとアイリスは気を引き締める。
皇都騎士団には第一師団から第五師団までの五つの師団がある。実戦の様子を見てその五つのうちどこに配置するかを決めるということのようだった。
ちなみに、第一師団は宮殿の中枢部を警備するので皇帝にお目にかかることもでき、特に人気が高い。
そして、第五師団は街中の警備、ならず者の捕縛などをするので新人騎士の間では外れとされていた。
全員が一旦、闘剣場へと向かう。自分の出番以外は座って静かに観戦するように指示されたので、アイリスは空いている席に腰を下ろした。
「ここ、いいか?」
「どうぞ」
アイリスは一人の男に声を掛けられて、そう答える。
「俺はカインだ」
隣にドサリと座った若い男が、にこりとアイリスに笑いかける。黒髪に黒目の大柄な男で、日に焼けて男らしく凜々しい雰囲気を纏っていた。
「はじめまして。ディーン=コスタです」
そのとき、背後の席から不機嫌そうな声がした。
「コスタ? 道理で場違いな奴がいると思ったらコネか。子供が来る場所じゃねーぞ」
ちっと舌打ちする音が聞こえて振り返ると、不機嫌そうに口元を歪めた男がいた。この国ではよく見る茶色い髪に茶色い瞳で、凡庸な顔立ちをしている。
「子供ではありません。十七歳です」
アイリスはムッとしてそう答えた。
「声まで女みたいに高いな」
小馬鹿にしたような物言いに、周囲から失笑が漏れる。確かに、アイリスは今日ここに集まった十数人の中で一番小柄だった。声も高いことは否定しない。
だって、本当は女だし。
「お前みたいなひ弱な奴が混じると、代々騎士をしている連中みんなが役立たずみたいに見られて迷惑なんだよなー」
アイリスは何も答えず、ため息交じりにそう漏らした目の前の男を観察する。今の物言いだと、この男も代々騎士家系出身なのだろう。
コスタ子爵家もそうだが、代々騎士家系の家門の者は本来なら何段階もの選抜がある入団試験が免除される。
「わたしはディーン=コスタです。あなたは?」
「俺はジェフリー=エイル。エイル子爵家の三男だ。ちなみに、兄上達も皇都騎士団で一人は第一師団長、もう一人は第三師団の副師団長をしている」
目の前の男──ジェフリーは自慢げにそう語った。
エイル家とはコスタ家同様に代々剣で身を立てている名門騎士家系だ。話には聞いたことがある。兄達の活躍を聞く限り、家名の七光りではなく実力も伴っているのだろう。
「そうですか。これからよろしくお願いします」
できるだけ目立ちたくないアイリスは当たり障りのない返事をして、前を向き直った。「なあ」っと隣に座るカインが声を掛けてくる。
「よくわかんねえんだけど、エイル家って有名なのか?」
「名門騎士家系です」
「ふうん。俺は平民出身だし、田舎者だからよくわかんねえや」
カインはそう言うと、ハハッと豪快に笑った。
◇ ◇ ◇
アイリス達の相手をしたのは去年入団したばかりの若手団員だった。ただ、流石は実地で経験を積んできただけある。一年しか変わらないにも関わらず、誰一人として敵わない。
最も接戦したと思われるカインも、惜しいところで腹に剣を受けて負けた。
「次、ディーン」
アイリスは名前を呼ばれ、緊張の面持ちで闘剣場の中央に立った。
剣は一年前までは弟のディーンの練習相手をしていたが、ディーンが体調を崩してからは自分で素振りをするだけだった。ディーンに成り代わることを決めてからは朝から晩まで訓練を積んだが、それでも限界がある。
「始め!」
試合開始の声が響き、アイリスは即座に身構える。
相手の騎士はかなりのスピードだったが、ディーンとそこまでは変わらないように感じた。だが、問題は力の差だ。打ち合いになれば女であるアイリスは圧倒的に不利なので、アイリスは剣を受け流しながら後ろに下がった。
「一回も攻撃できないうちに、もうあんなに後ろに追いやられてるぜ」
嘲笑するようにジェフリーが隣の新人騎士に言うのが聞こえたが、アイリスは無視してその太刀筋だけに集中し、目を凝らした。
──いけるっ!
一瞬の隙を見つけ剣を下ろした瞬間、相手が身を捩って僅差で避けられる。アイリスの剣は宙を斬り、代わりに腹に鋭い痛みを感じた。
「勝負あり」
見学していた幹部達が何かを囁き合う。今の剣技で配属先の審査をしているのだ。
「……ありがとうございました」
アイリスは自らの不甲斐なさに俯くと、唇を噛んだのだった。