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2.皇都騎士団への入団(2)

 アイリスは咄嗟に身を翻してそれを避けた。そして、持っていた箒を剣に見立てて空いていた脇腹に思いっきり打ち付ける。

 そのままの勢いで、もうひとりの男にも回し蹴りを食らわせた。


 男達は一見すると小柄な少年にしか見えないアイリスのことを完全に舐めていたようで、その一撃は見事に顔面に命中した。ふらついた男が無様に仰向けに倒れる。


「盗んだものを返しなさい!」


 アイリスは男の前に仁王立ちする。


「わかったよ、勘弁してくれ」


 倒れた男の一人が情けない顔をしながら懐に手を入れ、立ち上がる。


 ホッとした瞬間、アイリスは体を強張らせた。

 男の手には、財布ではない光るものが握られていたのだ。


 ──刃物だわ。避けられないっ!


 そう悟ったアイリスがぎゅっと目を瞑ってその痛みを受け止めようとしたとき、異変が起きた。


「ぎゃあぁぁ」


 自分ではない悲鳴がすぐ近くから聞こえてきた。


 恐る恐る目を開けると、アイリスに剣を向けた男が地面に倒れているのが見えた。そしてその男とアイリスの間に、別の男が立ち塞がっている。


「俺の管轄地で盗みを働こうとするとは、いい度胸だな?」


 自分が言われたわけでもないのに、ぞっとするような恐怖を感じた。

 全身に鳥肌が立つような威圧感だ。


 アイリスは突然目の前に現れた男の後ろ姿を見つめた。

 短めの髪は焦げ茶色で、少し伸びたえりあしが立襟にかかっている。服の上からでも体格のよさが伺える広い背中を包む黒い上着の肩には金の装飾が施されており、身長はアイリスよりも二回り近く高い。


 そして、手には立派な剣が握られ、その刃先は血に濡れていた


 ──この人は、軍人?


 バサリと羽ばたくような大きな音が聞こえ、ハッとして空を見上げる。

 上空には、見たこともないような不思議な生き物が旋回していた。


 鳥のように飛んでいるのに、鳥ではない。

 まるでコウモリのような翼を広げた姿は優に二メートル以上はありそうに見え、二本の足には鋭い爪が生えている。そして、その体はグレーの鱗に覆われており、まるでトカゲのようだ。


「何、あれ……」


 生まれて初めて見る生き物を呆然と見上げるアイリスの前で、長身の男性は盗人を足で押さえつけたまま、地面に落ちていた小石を拾いそれを逃げようとしていたもう一人の男に投げつけた。見事に片足に命中した弾みで、逃走中の盗人が足を躓かせ前に倒れた。


「捕らえろ」


 いつの間に来たのか、周囲から騎士が数人現れて、あっという間に盗人達を捕らえていった。それを見送ると、ようやく男はアイリスのほうを振り返る。


「大丈夫か?」

「あ、ありがとう」


 こちらを向いた男性の顔を見たアイリスは、目を見開いた。


 ──この人、舞踏会で会った人だ……。


 一方の男は一瞬だけ目を見開いたように見えたが、すぐに元の表情に戻った。以前と違い、アイリスがバッサリと髪を切り男の格好をしているので、気付いていないのだろう。


「震えているくせに、無茶をする」

「あ……」


 アイリスはそこで初めて、自分が小さく震えていることに気が付いた。


 捕らえられた盗人の体は、血で真っ赤に濡れていた。アイリスを刺そうと襲いかかってきたときに、助けに入った目の前のこの男が切りつけたのだ。


 アイリスはディーンと共にずっと剣の真似事をしてきたが、本物の剣を使った実戦をしたことがない。

 初めて見る真剣での戦いに、背筋が冷たくなるのを感じた。


 ──この人が助けてくれなかったら、刺されて死んでいたかも……。


 こちらを真っ直ぐに見下ろす男は、冷ややかな眼差しでアイリスを見つめる。


「その勇敢さは素晴らしいが、勇敢さと無謀は隣り合わせだ。そして無謀はときに命取りになる。よく覚えておけ」

「ごめんなさい、放っておけなかったの。助けてくれてありがとう」


 男の言うとおりだった。だからこそ、反論ができずにアイリスは俯く。

 実戦をした経験がないくせに、大丈夫だと甘く見ていたのだ。


「いや、こちらこそ盗人の捕縛に協力してくれて助かった。礼を言おう。今後はこういうことは皇都騎士団に任せて──」


 男がそう言いかけたとき、アイリスはハッとした。


「皇都騎士団? あっ。あーーー!!」


 皇都騎士団! 今日が入団式なのだ。


 薬屋に入るときにあと一時間あると思っていたけれど、すでにぎりぎりの時間になっているはずだ。


 ──急がなきゃっ!


 こんなところで油を売っている場合ではない。アイリスはすぐに道端に放り出していた自分の荷物を纏める。


「助けていただきありがとうございます。申し訳ありませんが行かなくてはっ!」

「え? おいっ! 怪我はないか?」


 背後で、男が焦ったように叫ぶ。


「大丈夫ですっ」


 アイリスは一度だけ振り返ると、そう叫ぶ。

 ぺこりとお辞儀をすると、一目散に走り出した。


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