2.皇都騎士団への入団
あっという間に騎士団入団の日はやってきた。
帝都はコスタ子爵家がある郊外の町からは馬車で二時間かかる距離だ。町外れにある辻馬車乗り場で馬車を降りたアイリスは、地図を頼りに歩き始める。
コスタ子爵家当主として恥ずかしくないよう、服装は屋敷に残っていたディーンの服の中で上等なものを着てきた。荷物は手に抱えられる最低限度のものしか持っていない。
──この前来たときは気が付かなかったけれど、帝都って賑やかなのね。すごい人。
コスタ領ではまず見なかった人の多さに、アイリスは圧倒される。どこを見ても人が行き交い、そこかしこから威勢のよい客寄せの声が聞こえる。本当に賑やかだ。
目的の騎士寮へと向かう途中、ふと一軒の店に人が入ってゆくのが目に入った。看板に薬草の絵が彫られているところから判断すると、薬屋のようだ。
「薬屋さん……」
アイリスはその店を眺める。
さほど大きくはない二階建ての建物の一階が店舗になっているようだ。
ドアの横のガラス窓越しに、何人かお客さんがいるのが見える。こんなに繁盛しているなんて、きっとさぞかし効き目のよいお薬を売っているに違いない。
「ディーンに買って、送ってあげようかしら」
ディーンは体調を崩し始めた一年前からずっと、叔父のシレックが手配した治療薬を服用している。しかし、定められた用量を服用してもよくなる気配はなかった。むしろ、徐々に体調は悪い方向に向かっている。
アイリスは大通りに設置されている時計を見た。
──まだ一時間以上あるから平気よね?
余裕を持って来たので、集合時間まで時間もある。
──よし、そうしよう! ディーンも元気になるかも!
お金はそんなに持っていないけれど、少しの薬くらいならなんとかなるはずだ。そう決めてアイリスは店内に入る。
「いらっしゃいませ!」
入り口をあけるとチリンとベルが鳴り、それに合わせて明るい声が聞こえてきた。
カウンター越しにこちらを見つめるのは、ふわふわの金髪にピンク色の瞳という見たこともない色合いの髪と瞳をした可愛らしい女性だった。
小柄な体格がまるで小動物を思わせ幼く見えるが、落ち着いた雰囲気から判断すると実際の年齢はアイリスより上かもしれない。
「はじめてのお客さまね。今日はどうしましたか?」
「あの、私ではなくって弟なんですけれど──」
「弟さん? 風邪でもひいたの?」
「風邪ではなくて──」
アイリスは、ディーンの症状を話した。
食欲がなく、常に怠いと倦怠感を訴えること。
胃が重く、歩くとしんどさを感じること。
段々と痩せてきて、最近はベッドから起き上がることもままならなくなってきていること。
「うーん、なにかしら? ご本人を診られれば一番いいのだけど……」
「本人は田舎にいるのです」
「お医者様にはかかっているのよね? 今、何か薬は飲んでいるの?」
「はい」
「そう。なら、治療薬ではなくて補助的に体力回復を助けるものなんてどうかしら?」
薬師の女性はくるりと後ろを向くと薬瓶がたくさん並んだ棚を眺め、そのうちのひとつを棚から取る。
どうやら聞いたこともない症状だったらしく、残念ながら特効薬は買えなかった。代わりに、体力回復を助ける栄養補助剤を処方された。
「効果がなかったら言ってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
アイリスは会釈すると、その薬屋を後にする。
──親切な人だったな。いいお店を見つけられたかも。
今さっき受け取った薬入りの紙袋をぎゅっと抱きしめる。騎士寮についたら、無事に着いたという手紙を添えてこれを送ろう。
薬屋を振り返りつつ歩き出したそのとき、ドンっと誰かに体がぶつかってアイリスは体をよろめかせた。
「あ、ごめんなさいっ」
よそ見をしていて前を見ていなかった。
慌てて謝罪したアイリスは、目の前の小汚い男の不自然な動きに違和感を覚えた。
「だれか! 泥棒だ! 財布を取られた。そいつを捕まえてくれ!」
「え? 泥棒?」
向こうから誰かの叫び声が聞こえ、目の前の男が慌てて走り始める。
泥棒とは、もしかしてこの人のことだろうか。
アイリスは慌ててその男を追いかけた。足の速さには自信があるのだ。
「待ちなさいっ!」
ようやく追いついたところで、男が振り返る。
二人組のようで、少し前を走る別の男も立ち止まってこちらを向いた。
──二対一か。分が悪いわね。でも、なんとかなるわ。
アイリスは素早く周囲に視線を走らせて剣の代わりになる物を探し、近くに置いてあった箒を手に取って構えた。
男のひとりがアイリスを見下ろして「ふんっ」とせせら笑う。
「なんだ。追いかけてくる気配がしたから逃げたら、ただのガキじゃねえか。ガキは大人しく家で寝てな」
次の瞬間、男は拳を振り上げて殴りかかってきた。