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【書籍化】堅物閣下はわけあり男装令嬢を逃がさない!  作者: 三沢ケイ


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後日談 二人の婚約記念品

後日談を読みたいという感想を頂いたので、書いてみました。

お楽しみ頂けたら嬉しいです!

 その日、カールはレオナルドの執務室に定例の打合せをしに行った。


 国内の貴族の動きで気になることを些細な事でも報告している間、レオナルドはいつものように眉間に皺を寄せた厳しい表情をしている。

 そして、説明が終わった後もその表情はほとんど変わらない。


「お前さー、ようやく遅咲きの春が来たんだから、もっとうきうきした表情できないの?」

「何がだ?」

「ずっと『女の相手は面倒くさい』って言い続けていたお前に恋人ができたんだぞ! 二人で過ごした時間を思い返して、もっと幸せそうな表情をするべきだと思うんだけど」

「二人で過ごした時間? そういえば、毎朝アイリスに稽古をつけてやっているのだが、回し蹴りの威力が最近増している。あいつは拳だけでなく、蹴りもいい。並レベルの騎士であれば、一撃で気絶させられるはずだ」


 レオナルドは今朝の自主訓練のときのアイリスの見事な回し蹴りを思い返したのか、厳しい表情を和らげる。


「いや、そういうことじゃなくて……」


 カールは表情を引き攣らせる。

 恋人の可愛らしさを思い出した笑みと言うよりは、部下の成長を喜ぶ顔にしか見えない。


 そして、嫌な予感がした。これは、もしかして──。


「つかぬ事を聞くけど、デート──二人でお出かけは?」

「お出かけ? 先日、ワイバーンに乗って国境地帯の視察に行くのに一緒に連れて行った」

「ワイバーンは相乗り?」

「むろん、別々だ。軍においては、重傷者の輸送を除きワイバーンの相乗りなどしない」


 何を当たり前のことをと言いたげに淡々と答えるレオナルドを前に、カールは額に手を当てた。


「贈り物とかは? ドレスとか、宝石とか」

「贈っていない」

「……本気か!?」


 あり得ない。

 二十六歳にしてようやく得た可愛い恋人に、恋人らしいことを何もしていないなんて!


「そういえば、婚約するにあたり贈る記念品に、髪飾りが欲しいと言っていたな。女物の髪飾りなどわからないから、まだ選べずにいる」

「それ、俺が協力してやる!」


 こいつに任せておくと、とんでもない物を選んできそうだ。

 ここは長年の友人である自分が協力してやらなければ。


 カールは瞬時にそう判断した。


「俺がいい店をいくつかセレクトして用意させるから、その中から彼女と二人で選ぶといい」

「そうか? わかった」


 レオナルドは特に反対することもなく頷いた。


 正直、どの店に行けばいいか、本人も判断に迷っていたのだろう。

 普段は迅速、かつ大胆に決断を下して軍を率いるレオナルドだが、恋人に贈る髪飾りはそれ以上の難題だったようだ。


「任せておけ。俺がとびきりの店を厳選しておく」


 カールは胸に手を当て、力強く頷いた。



    ◇ ◇ ◇



 よく晴れた昼下がり、王宮の一室には色とりどりの髪飾りが集められていた。

 その数、ざっと数百点を超える。どれも皇后であるリリアナ妃も愛用している皇室御用達の、名だたる宝飾品店の逸品ばかりだ。


 精緻な金細工、洗練されたデザイン、惜しげもなくはめ込まれた宝石……。

 年頃の令嬢であれば、誰しもがうっとりするだろう。


「アイリス、好きなのを選ぶといい」


 レオナルドにそう言われたアイリスは、おずおずとそれらの髪飾りを覗き込む。


「すごい……」


 普段は凜々しい表情で騎士の任務を全うしているアイリスだが、宝石を見る姿は十八歳の令嬢そのものだった。薄茶色の大きな目を、キラキラと輝かせている。


 カールは部屋の端に立ち、その姿を眺めた。

 今日は騎士服ではなく、すっきりとしたデザインのドレスを着ていた。飾りが少ないそのドレスが、アイリスの元々持っている凜とした魅力をより引き立たせていた。


「なんかさ、アイリスちゃんって最近綺麗になったよな。前から整ったクールビューティーっぽい雰囲気はあったんだけど、なんというか色気が出てきたというか──」

「アイリスを気安く愛称で呼ぶな」


 ぴしゃりとレオナルドに発言を遮られた。


「え? いいだろ、別に」


 カールは怪訝な表情で隣に立つレオナルドを見やる。まさか呼び名で怒られるとは思っていなかった。


「駄目だ。それと、アイリスは昔から綺麗だ。最近ではない」

 

 レオナルドは不愉快げな表情でカールを睨み付ける。


「…………。お前、昨日の今日で完全にキャラが変わってないか?」


 誰だこいつ。

 俺の知るレオナルドはこんなことを言う男ではないはずだ。


 そんな感情を乗せたカールの眼差しに、レオナルドは眉を寄せた。


「変わっていない」


 事実、レオナルドは何も変わっていない。

 周りの男のようにお世辞を言うこともなければ、必要以上に甘く微笑むこともしない。うそ偽りない事実を告げているだけなのだ。


「あっ、そう……」


 カールは頬をひくつかせると、手を口元に当てる。


「信じられない。天変地異が起こるかも……」


 まさかこの男からこんな台詞を聞く日がくるとは、夢にも思っていなかった。

 これも、恋心がなせる技なのか。


 そのときだ。

 一人で髪飾りを眺めていたアイリスが、少し困ったようにこちらを振り返った。


「レオナルド閣下。迷っているので、一緒に選んではいただけませんか?」

「ああ、わかった」


 レオナルドはアイリスの隣に歩み寄る。

 アイリスは、レオナルドがどれを選んでくれるのかと期待に満ちた目で見守っていた。


 一方のレオナルドは、請われるがままにざっと髪飾りを眺めた。


 正直言って、どれも同じに見えた。

 細かい紋が入っており、宝石が沢山埋め込まれている。


「これはどうだ?」


 じっと考え込んでいたレオナルドは、ひとつを手に取る。


 それは、簪タイプの髪飾りだった。

 端には金細工のアイリスの花が施され、その周囲には金剛石が惜しげもなく飾られている。


 ──お、なかなかいいセレクトをしたじゃないか!


 部屋の端でハラハラしながら二人を見守っていたカールは、心の中で賞賛を贈る。「どれでもいい」などと女心を全く理解しない発言も、レオナルドならばあり得ると心配していたのだ。


 しかし、次にレオナルドが続けた言葉に「あ、やっぱりダメだった」と絶望する。


「ここの、芯の部分にある程度の長さと太さがあるのがいい。万が一にドレス姿のときに敵襲にあったら、これを髪から引き抜いて敵の喉元に突き刺せ。そうすれば、一撃で絶命するはずだ」


 婚約記念品をそんな理由で選ぶ奴がいるか!と後ろから頭を叩いてやりたい。

 カールはアイリスがどんな表情でそれを聞いたのかと、半ば恐怖に満ちた目で視線を移動させた。


 ところがだ。

 アイリスはなぜか、頬を紅潮させて感激したようにレオナルドを見上げていた。


「これ、似合いますか?」

「ああ。とても綺麗だ」


 髪にそれを飾ってみせるアイリスを見下ろし、レオナルドは大真面目な顔でこくりと頷く。


「ふふっ、ありがとうございます。これを付けていれば、いつも閣下が守ってくださっていると安心できます」


 アイリスは嬉しそうに破顔すると、「これにします」とレオナルドに髪飾りを差し出す。普段は滅多に崩れないレオナルドの表情が、その瞬間優しく緩んだ。


 ──いいのか? 本当にそれでいいのか!?


 カール的には婚約記念品を選ぶ理由が『護身の武器になるから』というのは絶対に違うような気がする。

 けれど、本人達が満足しているならそれでいいのか。


「……変なカップル」


 カールは、思わず独りごちる。

 けれど、見つめ合う二人の様子から、相思相愛で幸せそうであることは感じ取った。


「なんにせよ、おめでとう」


 恋模様は十人十色。

 心から愛せる女性と巡り合えた友人の幸運に、カールは心からの祝辞を贈ったのだった。


〈了〉


お読みいただき、ありがとうございました!

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