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【書籍化】堅物閣下はわけあり男装令嬢を逃がさない!  作者: 三沢ケイ


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16.宮廷舞踏会(2)

    ◇ ◇ ◇



 ディーンにエスコートされながら、アイリスは会場内を優雅に歩く。

 動きに合わせて真っ赤なドレスの裾は軽やかに揺れ、周囲の人々は華やかな衣装を身に纏ったアイリスの可憐な美しさにほうっと息を吐く。


 ──いないのかしら?


 探し人をすぐに見つけられずに反対側に目を向けたアイリスは、遠くに一際長身で体格のよい男性を見つけた。


 レオナルドは上質なフロックコートを身に纏ってはいるものの、特に女性をエスコートしていなかった。そのことに、ホッとしてしまう自分がいた。 


 次々と挨拶に来る貴族達を軽く受け流しながら、会場内をゆっくりと歩いている。

 きっと警備の状況を確認しているのだろうとすぐに予想がつき、アイリスはふふっと笑う。


 そのときだ。

 可憐な雰囲気の少女が、レオナルドに近付くのが見えた。

 

 アイリスは足を止め、表情を強ばらせる。

 少女は愛らしい微笑みを浮かべ、レオナルドに声をかける。何を話しているのかは聞こえないが、その頬はほんのりと紅潮していた。


「姉さん?」


 急に立ち止まったアイリスの顔を、ディーンが訝しげに覗き込む。そして、アイリスの視線の先を追った。


「もしかして、あそこにいる方が姉さんの話してくれたレオナルド副将軍?」

「ええ」


 アイリスはレオナルドを見つめたまま頷く。

 他の女性と話しているのを見るだけで、ざわざわと気持ちが落ち着かない。


 ディーンはそんなアイリスを見つめ、また遠方にいるレオナルドを見やる。レオナルドと話していた少女が少ししょんぼりした表情を浮かべて離れていったのを確認すると、アイリスの耳元に口を寄せた。


「姉さん。閣下に紹介してもらっても?」

「え? ええ、もちろんよ」


 アイリスは頷き、胸の前でぎゅっと手を握ると覚悟を決めてそちらに歩み寄った。


「レオナルド閣下」

「………。アイリスか?」


 呼ばれて振り返ったレオナルドの瞳が大きく見開かれる。

 

「紹介いたします。私の弟の、ディーンです」


 アイリスが紹介するのに合わせ、レオナルドはアイリスの隣にいたディーンへと視線を移動させる。ディーンは丁寧な所作でお辞儀をした。


「はじめまして、レオナルド閣下。ディーンです。姉から話は伺っております。私のせいで、色々とご迷惑をおかけしました。閣下には感謝してもしきれません」


 ディーンは深々と頭を下げる。


「よい。俺は任務を全うしただけだ。体調はもうすっかりよいのか?」

「はい。最近は剣を扱うこともできています」


 ディーンは歯を見せて朗らかに笑う。


 体調を戻したディーンは皇都騎士団の団員に比べるとまだ細いものの、最近はかなり筋力が付いてきた。毎日、剣の訓練をしているとアイリスも聞いているし、先ほども軽く叩こうとしたアイリスの手を難なく避けるほどに軽い身のこなしだ。


「これから、どうするのだ?」


 レオナルドが尋ねる。


「次の皇都騎士団の入団試験を受けるつもりです。姉には大変な苦労をかけましたから」

「そうか、それは楽しみだ。優秀な騎士が増えるのは大歓迎だからな」


 その答えを聞いたレオナルドは、口元に笑みを浮かべる。


「アイリスは常々、弟のほうが剣を振る技量も力も自分より上だったと言っていた」

「本当ですか? 姉は私との勝負で負けても、『今日は調子が悪かった』と言って絶対に負けを認めません」

「ディーン!」


 アイリスは慌ててディーンの言葉を遮る。

 羞恥から頬を真っ赤にしてレオナルドを見上げると、彼は楽しそうに肩を揺らして笑っていた。


「やっぱり昔から、お転婆で破天荒なんだな」


 絡み合った眼差しが思いの外優しく、胸の鼓動が跳ねた。

 アイリスはそれを抑えるように片手を胸に当てる。


「はい。でも、正義感が強く家族想いで自慢の姉です」

「そうだな」


 身内に褒められるというのはなんとも気恥ずかしいものだ。チラリとレオナルドに目を向けると、また視線が絡まり合った。

 ディーンはそんなアイリスとレオナルドの様子を見つめ、ふむと頷く。


「申し訳ないのですが、知り合いを見つけたので、声をかけてきます。閣下と姉さんはごゆっくり」

「ああ、わかった」

「はい。少しの間、姉をよろしくお願いいたします」


 ディーンは持っていたグラスを少し持ち上げ、にこりと微笑んだ。


 ディーンがその場を離れると、その場にレオナルドとアイリスが残される。


「ディーンが騎士団に入団するなら、コスタ家も安心だな」

「はい。本当に、閣下やリリアナ様、薬を調合してくださったカトリーン様には感謝しております」


 アイリスは目を伏せる。

 ディーンは今、アイリスのためにわざわざレオナルドと二人きりになる時間をくれたのだ。

 双子は以心伝心するとはよく言うが、何も話していないのにどうしてアイリスが望むことがわかるのだろう。


 視界に、幾重にも重なった華やかなドレスが映った。


 ──ちゃんと、言わないと。


 アイリスは恐る恐る、レオナルドを見上げる。


「閣下。テラスにでも行きませんか?」

「テラス? いいだろう」


 レオナルドはすぐに快諾した。


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