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1.わけあり令嬢の事情(4)

    ◇ ◇ ◇



 叔父が帰った後、お皿に乗せた小さな手作りケーキとティーセットを持って、アイリスはディーンの部屋の扉をノックした。どうぞ、と弱い声がして扉を開けると、ベッドの上で半身を起こしたディーンがこちらを見つめていた。


「ディーン、加減はどう?」

「まあまあかな」


 ディーンは力なく笑う。その青白い顔を見て、アイリスは眉根を寄せた。


「お誕生日おめでとう、ディーン。今日で十七歳だわ」

「ありがとう。姉さんもおめでとう」

「今日はね、ケーキを焼いたの。ディーンの好きなチーズケーキよ。お祝いに一緒に食べましょう?」


 アイリスはトレーに乗せたケーキの皿をディーンに差し出す。ディーンは微笑んで「ありがとう」言った。


「さっき、シレック叔父さんが来ただろう?」

「ええ。何か言われた?」


 アイリスは恐る恐るディーンに聞き返す。


 先ほどシレックに縁談を持ちかけられ、断るために咄嗟に『家庭教師の職を見つけた』と言ってしまった。けれど、そんな話はない。そのことについて、ディーンが聞いたのかと思ったのだ。


「この機会に子爵位を叔父さんに譲渡してはどうかと」

「なんですって!」


 アイリスは驚きのあまり大声を上げ、慌てて口を塞ぐ。ディーンはそんなアイリスのことを見つめ、困ったように眉尻を下げた。


「僕はこの通り、寝たきりだろう? もう働いていていい歳なのに、騎士はおろか子爵としての役目も果たせない。シレック叔父さんに爵位を譲らないかと言われたんだ。そうしても、屋敷の者達を悪いようにはしないと──」

「駄目よっ!」


 アイリスは思わず大きな声で否定する。

 あの叔父に爵位を渡す? とんでもないことだ。


 ここ一年近く病に伏せっているディーンは、コスタ子爵家の財政事情について何も関わっていない。叔父が〝後見人〟という言葉を後ろ盾にコスタ子爵家を食い物にしていることを知らないのだ。


 ──だから私のことも急いで嫁に出そうとしていたのね……。


 先ほどの態度も腑に落ちる。手っ取り早く、金持ちの家の後妻にしてしまえば厄介者を追い出せるだけでなく、そこからも金をせびれるから……。


「駄目よ、ディーン。そんなことをしたら、天国のお父様とお母様も悲しむわ。ディーンはすぐに元気になるから大丈夫よ」

「でも……」

「大丈夫、姉様を信じて。私ね、先日王都に行った際に仕事を見つけたの。とてもよい給金をもらえるのよ。だからディーンが元気になるまでの間くらい、なんとでもなるのよ」


 アイリスはディーンを励ますように笑いかける。

 握った手は、女のアイリスと変わらぬ細さだった。一年にも亘る病気のせいか、十七歳になるのにその腕は細く、心もとない。


 アイリスの目に映るのは、自分と同じ緑色の瞳に琥珀色の髪の、線の細い儚げな少年だった。


「だから、もうそんな馬鹿なことを考えては駄目よ。春になれば、ディーンは元気になって騎士団に入るのだから。さあ、お誕生日のお祝いに一緒にケーキを食べましょう?」


 アイリスはディーンに笑いかける。

 それは、たった二人きりの、ささやかな祝宴だった。



    ◇ ◇ ◇


 

 部屋に戻ったアイリスは、じっと考え込んだ。

 家庭教師の職など、本当はない。けれど、どうにかしないとコスタ子爵家はあの叔父に乗っ取られてしまうだろう。


 考えても考えても名案は浮かばない。本来であれば、この春にはディーンが帝国の騎士団に入団し、あの叔父の後見人期間も終わるはずだったのだ。


「……そうだわ」


 アイリスの中にひとつの考えが浮かんだ。

 代々騎士として仕える家系の子供はハイランダ帝国の騎士団に入団するのが基本だ。ディーンもこれに従い、次の春の新入団員として入団するはずだった。


「私がディーンが元気になるまでの、繋ぎ役になれば……」


 これはとても危険な賭だ。アイリスがディーンを名乗り騎士隊に入り込み、働く。


 幸いにして、アイリスとディーンは性別が違うけれどもとてもよく似た姉弟だった。髪色や目の色だけでなく、二人はその雰囲気が似ていると言われる。

 身長に差はあるけれど、アイリスも女性としては長身なのでさほど不審がられないだろう。


 ディーンが元気になったタイミングで異動希望を出してコスタ領に戻れば、周囲の人間は全員変わるので、誰にも悟られずに入れ替わることも可能なはずだ。


「できるかしら……」


 うまくいけば、アイリスはお金を稼ぎつつ、ディーンが元気になるまでの時間稼ぎをすることができる。しかし、失敗すればコスタ子爵家は当代でその歴史に幕を下ろすことになる可能性もある。


 怖い。怖かった。

 自分の判断ひとつで全てが変わってしまう。


 けれど──。


「叔父様に爵位を譲っては、コスタ子爵家などなくなったも同然だわ」


 それは十七歳の少女には、重すぎる決断だった。


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