14.新たな疑惑
レオナルドが執務室で書類に目を通していると、不意にドアがノックされた。
「よお!」
軽い調子で声をかけてきたのはカールだ。
「定例の打ち合わせには早いが、何か気になる動きがあったのか?」
「ああ、ちょっとね」
カールは片手を振ると、「届け物だ」と一通の封筒をヒラヒラと揺らした。
「どこからだ?」
「リリアナ妃から」
「リリアナ妃?」
受け取って開くと、見覚えのある厚紙が出てきた。年に一度だけ皇后主催で開かれる、宮廷舞踏会の招待状だ。
「今年はちゃんと参加しろよ」
「いつも参加している」
「会場の内外で警備状況を確認して回るのは『参加』とは言わない」
カールは呆れたように肩を竦める。
痛いところを突かれ、レオナルドは顔を顰める。
「そう言えば、ディーン=コスタが今年は出席できそうだよ。『参加』で返信が来た」
「そうか」
アイリスの弟であるディーンは薬だと偽って処方されていた毒を飲むのを止め、代わりに宮廷薬師のカトリーンにより処方された魔法薬を飲み始めた。
日々著しい回復を見せており、叔父のシレックが捕らえられて病人の振りをし続ける必要もなくなったことから、最近は毎日のように剣の訓練をしているという。
今度の舞踏会で無事に社交界デビューできそうだと、先日の朝訓練の際にアイリスが嬉しそうに語っていたのを思い出した。
──アイリスも参加するのだろうか?
ふとそんなことを思う。
去年の舞踏会で目撃した見事な拳の一撃が脳裏に甦り、無意識に口元が緩む。ドレス姿で男を殴って吹き飛ばす女など初めて見たので、斬新な驚きだった。
「ちなみに、アイリス=コスタも参加する」
まるでこちらの頭の中を見透かしたかのようなタイミングで、カールは補足する。眉を寄せると、目が合ったカールはニヤリと笑った。
「お前が知りたいかなと思って」
「……。エスコートはいるのか?」
「気になる?」
「まあ、部下だからな……」
「へえ? そういうことにしとこうか。弟のディーンだよ。でも、お前が何千人もいる部下の参加予定とエスコート相手を全部把握しているとは初耳だ」
からかうように笑うカールをレオナルドは忌々しげに睨み付ける。カールは通常の人間であれば縮み上がるようなレオナルドの視線を受けても、どこ吹く風ですまし顔だ。
「コスタ家と言えば、面白い知らせがあるよ。アイリス嬢の元婚約者から、貴族院に婚姻解消の申し立てがきている」
「婚姻解消の申し立て?」
「そう。まあ、十中八九、申し立てが受理されるだろうね」
カールは手元から一枚の報告書を差し出す。
「アイリス嬢に伝えるのか?」
「そのつもりだが、なぜだ?」
「婚約解消したとはいえ、それまでの何年もの間、婚約者として過ごしてきたんだろう? 相手に多少の愛着はあるのかなと思って」
眉を寄せて憮然とした表情を浮かべたレオナルドに、カールはフッと笑みを漏らす。
こちらの反応を見て面白がっていることは明らかだった。
目に見えて不機嫌になったレオナルドを見て、カールはそれ以上この話を続けるのは得策ではないと判断したようだ。話を切り替える。
「あと、気になることがあるからひとつ報告させてくれ」
「ああ。なんだ?」
「お前の部下にエイル子爵家の人間が何人かいるだろう? 最近、柄の悪いごろつきと接触しているという噂がある」
レオナルドは予想していなかった情報に、視線を鋭くした。
「エイル子爵家が? 今、皇都騎士団に三人いる。どいつだ?」
「そこまではまだ把握できていない。ただ、所持品にエイル家の家紋が入っていたという情報がある。誰なのかは、わかり次第報告する」
「家紋が? それは気になるな。頼む」
了承の意味を込めて片手を上げたカールに、レオナルドは頷き返す。
その後ろ姿を見送ったあと、レオナルドは今さっきのカールの報告を考え直した。
──エイル家がごろつきと?
エイル家はコスタ家と並び、ハイランダ帝国を代表する名門騎士家系だ。
三人の子息達は全員が皇都騎士団に入団し、長男は第一師団の師団長を、次男は第三師団の副師団長を務めている。三男のジェフリーはアイリスと同期でまだ入団一年目だ。思うところがあって、つい最近第五師団に異動させた。
──なぜ、エイル家がそんな連中と付き合っている?
考えながらトントンと机を叩く指先の音が、シンとした執務室に溶けて消えた。




